26:意味深な会話
周囲には沢山のボートが出ており、そこでは恋の花が咲いていたり、咲いていなかったり。
既に一足先にボートに乗り込んでいるハンスとヴィオレットは……。ハンス側が少し沈み気味に思えるが、なんとか浮いていることに安堵する。
「ティナお嬢様、ブローチに合わせてそちらのドレスを選んだようですが」
トムの従者は力強くボートを漕ぎながら、私に声を掛ける。
「自分は以前のような明るい色合いのドレスの方がお似合いだと思います。まずティナお嬢様は社交界デビューなさりますが、まだお若いのですから。それに僕と同じブロンドに碧眼です。そして今は春で、これから夏なんですよ。俄然、明るい色の方が似合います!」
トム自身が自由奔放な独身貴族だからか。従者も物怖じしない性格のようだ。思ったことを素直に口にしていた。
「なんでそんな地味なブローチをティナお嬢様に贈ったのでしょうか。必然的に暗い色味のドレスを着るようになり、ティナお嬢様の魅力が半減してしまうのに。勿論宝石が使われ、デザインも秀逸です。ただそれは年配のマダム向けですよ。レディ向けではないかと」
この言葉には「なるほど」だった。あまり深く考えたことがなかったが……。よう客観的に見て、私は年齢より老けこんで見えるような状況にあると理解した。
ブローチは毎日着用義務があるわけではない。
(二日に一度は昔のような明るい色のドレスを着ようかしら)
まさにそんな風に考えた時だった。
「きゃーっ」という悲鳴とドボンという音が聞こえた。
何が起きたのかと、皆が一斉に声の方を見る。私も振り返ってそちらを見てギョッとすることになった。なぜならボートから池に落ちた人がいるようなのだが、それは……アマリア!
「た、大変だわ、お母様が!」
「大丈夫です。主はああ見えて泳げますし、水難事故の訓練を受けています。ボート遊びをするなら、当然だと言って」
従者の言葉にトムを見ると、履いているブーツを脱ぎ、飛び込むための準備をしていると分かった。
その様子に安堵した時。
バシャンと音がして、そのしぶきは私のところまで飛んできた。もしやもう一人、落ちた人がいるのかと思ったら、ハンスが池に飛び込んでいる!
正直、あんなゴリマッチョでは筋肉量が多く、逆に溺れるかと思った。しかしそんなことはない。ハンスは泳げる人間だった! 実はゴリマッチョで泳げるは最強で、暴れるアマリアをもろともせず、あっという間に救出してしまったのだ……!
全身ずぶ濡れでボートに戻ったアマリアを乗せると、トムは全速力で岸へ向かう。従者も急ぎ、岸へと向かってくれた。
間もなく接岸できるところまで来ると、先に岸へ着いていたトムとアマリアの会話が聞こえてくる。
「ボート小屋があるので、そこで着替えなどを調達しましょう。歩けますか?」
「パンプスは脱げてしまって」
「分かりました。では失礼して」
トムはアマリアを抱き上げ、歩き出す。
見た目は色白で色男なトムだが、ボートも漕げるし、マダムを抱えられるだけの筋肉はある。さっき従者は、トムが水難事故の訓練を受けていると言っていた。実はトム、脱いだらすごい……なのかもしれない。
「到着です。気を付けてください、ティナお嬢様」
「ええ」
ボートを降りると、トムがアマリアを抱えて向かったボート小屋へ向かう。ボート小屋はいくつかあるので、別のボート小屋から駆けて来た若い男性が「ボートに落ちた女性の知り合いですか?」と声を掛けてくれる。
「はい。私の母親です」
「! そうだったのか。今回は災難でしたね。でもすぐに助けられて良かった」
「そういえばリブ伯爵令息は……?」
そこで後ろを振り返ると、白波が、ボートが並ぶ岸の辺りに猛烈な勢いで襲い掛かる……と思ったら、なんと白波の中から現れたのは、ハンスだった!
ヴィオレットがいるボートに、ハンスが無理に乗り込もうとすると、転覆の危険がある。つまりヴィオレットの体重では足りず、ボートがひっくり返る可能性があった。そのためハンスは、岸まで泳いで戻ったようなのだ。
岸には人々が集まり、ハンスに向け拍手をしたり、タオルを渡したりしている。ひとまずそちらはそちらで大丈夫そうだ。
(あ、ヴィオレットは?)
そう思い、池の方を見る。すると近くの男性が、ヴィオレットのボートに乗り移ろうとしていた。漕ぎ手がいない状態だったが、これならそちらも大丈夫だろう。
ということで体の向きを元に戻すと、若い男性が私にタオルとワンピースなどの着替えを渡してくれる。
「池に落ちる令嬢やマダムはたまにいるんですよ。良かったらこれを使ってください」
「まあ、ご親切に、ありがとうございます!」
受け取りながら、銅貨の入った巾着を渡そうとすると、固辞される。「これに懲りず、また遊びに来てくだされば」と男前なことを言ってくれるのだ。ここは後日、御礼の品を届けさせようと、彼のボート小屋の位置を教えてもらい、母親の所へ向かうことにした。
「先程のマダムのお嬢さんかい! そっちの奥の部屋にマダムはいるよ。服を脱いでいる最中だろうから、俺たちは近づけない。よければお嬢さんがその着替えを持って行ってくれ。男性の方には既に着替えを渡してある」
フロントでそう言われ、私は従者をその場に残し、奥の部屋に向かうことにした。
部屋……と言っても、ここはボート小屋。掘っ立て小屋みたいなものだから、フロントから数歩でアマリアが着替えをしている部屋に辿り着く。見ると扉の板も薄い。近づくと中の会話が聞こえてきた。
「ねぇ、トム、下着を脱がすのを手伝ってくれない?」
これにはビックリして、扉をノックすることができない!
(まさかトムとアマリアは同じ部屋で服を脱いでいる最中なの!?)
驚くが、それも仕方ないのかもしれない。ここはボート小屋で部屋数が沢山あるわけではないのだ。
「夫人。せっかく衝立で仕切られているのに。ここを越えろとおっしゃるのですか?」
「だって。一人では脱げないのよ」
「だったらティナやヴィオレットが来るのを待てばいい」
「まあ、トム。あなた意外と真面目なの?」
この会話にはドキドキしてしまうし、このまま聞き続けたくないと思った。そこで意を決し、ノックをして声を上げる。
「タオルと着替えを届けてもらいました。扉の脇にある棚の上に置いておきます!」
それだけ言ってタオルなどを棚に置くと、私は大急ぎでその場を離れた。
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