25:容姿<身分 OR 身分<容姿 ?
朝食の席でトムが意気揚々とした提案。それは――。
「ボート遊びをしよう!」
独身貴族を満喫するトムであり、色白の優男かと思いきや。
マダムや令嬢が喜ぶボートを力強く漕ぐ腕力は兼ね備えているようで、伯爵邸に来ると、意外とアウトドアの遊びを提案するのだ。
アマリアとヴィオレットはどちらかと言うと、アウトドアは苦手な様子。私は乗馬も嗜むが、ヴィオレットは「乗馬の練習は必要なし」とアマリアに言われ、厩舎に近づくこともない。
そんな二人だから、「ボート遊び!?」と一瞬同時に眉をひそめるが、「ノー」とは言わなかった。その代わりなのか。立襟長袖のレースのドレスを着て、帽子に日傘の完全防備で、ボートに乗るための準備を整えた。前世もこの世界も。日焼けは女性の天敵だった。
「ティナ。あなたもデビュタントが近いのだから、そんな半袖ではなく、レースのロンググローブを着用なさい。日傘も忘れずに!」
アマリアに注意され、ロンググローブと日傘を手に屋敷を出発することになった。
向かったのは、宮殿近くにある王立公園だ。都心の中心部とは思えない敷地は緑に溢れ、人工池や植物園、王立博物館もある。春爛漫なこの季節、美しい花も咲き誇り、気候も過ごしやすい。王立公園には平日の昼間から、沢山の人出でにぎわっていた。
「こんにちは、マダム。僕はリブ伯爵家の嫡男でハンスと申します。良かったらそちらの令嬢をボート遊びにお誘いしたいのですが」
「伯爵家」「嫡男」にアマリアの瞳がシャキーンと輝いたように思う。
「リブ伯爵令息、お誘い、ありがとうございます。ヴィオレット、せっかくのお誘いです。ボートに乗せてもらいなさい」
アマリアに命じられたヴィオレットは「えっ」と露骨に嫌そうな顔をしている。その理由は……ハンスの容姿がヴィオレットの好みの真逆だからだろう。
ハンスは一体この世界でどんな筋トレをしたのかと思うほど、ムキムキマッチョだった。腕も太腿も丸太みたいなのだ。左右の腕、それぞれで、一人ずつ令嬢を持ち上げることができそうに見える。
「お義姉様……」
ヴィオレットは私に代わって欲しいという目で見るのだけど……。
私はヴィオレットより小柄だった。もしハンスとボートに乗ったら、体重のバランスがとれない気がする。ハンスとシーソーに乗ったら、永遠に私は地面に足が届かないように。ボートでは私が座る部分が池から浮き上がりそうだった。その点、ヴィオレットは私の倍で巨乳なので、そこでハンスともバランスがとれるように思えたのだ。そこで申し訳ないが、私では無理だと言おうとしたら、アマリアが「早く行きなさい、ヴィオレット!」とピシャリ。
そこはもう、自身の娘をよりよい相手に嫁がせたいと願う、この世界の典型的なマダムだった。アマリアはこの瞬間、容赦がない。ヴィオレットは瞳を潤ませ、私をじっと見ながらも、ハンスにエスコートされ、ボートに向かった。
「では、ティナ。ボートに乗ろうか」
トムが当然というように私に手を差し出した瞬間。アマリアの燃えるような視線を感じる。思わず動きを止めるとトムが気付き、アマリアの方を見た。するとアマリアは扇子で口元を隠し「おほほほ」という顔をしている。
「夫人は、僕の従者と乗るといい。彼はボートが得意だからね」
トムの従者は金髪碧眼のなかなかのイケメンだった。しかも年齢も若い。もしヴィオレットだったら喜んでこの従者とボートに乗っただろう。
だがしかし。
アマリアの瞳が「ティナ。お断りしなさい。トムに私をのせるように言って」と訴えている気がする。
おそらくアマリアは、容姿も良ければいいが、それよりも身分を重視するように思えた。従者なんかとボートには乗りたくない――なのだろう。
独身であれば、周囲にいるそれなりの身分の男性から、ヴィオレットのように声が掛ったかもしれない。だがアマリアは結婚指輪をつけているのだ。誰も彼女に声を掛けることはない。そうなると、同行している従者かトムのボートに乗るしかないが、そのトムは私を乗せると言っている。
一方の私はトムと乗ろうが、従者と乗ろうが、どちらでも構わなかった。
「トム叔父様。お母様は積もる話もあるようです。よかったら、先にお母様とボートへ乗ってください」
ボート遊びは一人でやって来て、リラックスするために乗るなら、一度の乗船で終了となる。だが貴族は社交目的でボートに乗ることが多い。さっきのヴィオレットのように、令息が令嬢を誘い、ボートに乗る場合。相手を変え、何度かボート遊びを楽しむことになる。
せっかくやって来たのだ。
トム自身、私と最初にボートに乗るが、順番でヴィオレットやアマリアとも乗るつもりでいると思う。ただ、その意図にアマリアは気付いていない。普段、ボート遊びをしないなら、気が付かなくても当然だった。
ということでまずはアマリアとボートに乗り、その後に私と乗ろうと、トムへやんわり伝えたのだ。
「そうか。分かったよ。では夫人、どうぞ」
トムはすぐに私の意図に気が付き、スマートに対応してくれる。私はトムの従者と共にボートへ乗り込んだ。
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