24:ハンサムな叔父
父親が出発した翌日のティータイムの時間。訪問者がやってきた。
トム・マルティウス。
父親の弟であり、今回、私のデビュタントに同行することになった叔父だ! トムは港のある街の、隣の街に住んでいた。
「やあ、ティナ、伯爵夫人、ヴィオレット!」
トムは父親と同じプラチナブロンドで薄い水色の瞳をしている。だが父親のように日焼けはしていない。色白でスラリとしたハンサムだ。先代マルティウス伯爵から引き継いだ遺産もあり、働くには困らない身分だった。そうなると女性からもモテる! つまり父親より若いトムは、いまだ独身貴族を謳歌していた。
「トム叔父様、こんにちは!」
ヴィオレットはハンサムなトムを気に入っており、ご機嫌で迎える。
「トム! わざわざ来てくださり、ありがとうございます。ティナのために、遠路はるばる来ていただいて申し訳ないわ」
前世とは違い、遠慮しない文化なのだけど。アマリアは謙遜している。それに対してトムは――。
「何をおっしゃる! ティナは私からすると、自分の子供のようなもの。子供……だと思っていたら、もうデビュタントだ。すっかり大人になって、綺麗になったな、ティナ!」
「ありがとうございます、トム叔父様!」
私もしっかりお辞儀をしたところで、時間はティータイム。喫茶室へ案内し、四人でお茶をすることになった。
「再婚したと思ったら、もう一年近く経つのか。すっかり馴染んだようだね」
トムは出されたハイビスカスティーを口に運び、アマリアを見た。
「ええ、そうですわね。時が経つのはあっという間ですわ」
「こんなトロピカルな紅茶がノニスの屋敷で飲めるとは思わなかった。アイツは交易のため、あちこちの国を渡り歩いているが、自身のことになると割と保守的だからな。カーテンも絨毯も。これまで伝統的な色を使っていた。それに使用人も長年勤めている年配の人間が多かった。それが今は……まるで異国に来たようだ」
喫茶室は特にアマリアが力を入れており、絨毯は明るいオレンジ、カーテンは眩しいほどのイエロー。花ではなく、観葉植物を置いている。ビビットカラーに溢れ、貴族の屋敷の一室というより、前世で言うならアフリカや南米のような雰囲気だ。そこに拍車をかけているのが、国籍もバラバラの若い使用人たちだろう。
古参の使用人たちは不思議とこの一年の間に屋敷から消えて行った。
退職理由は、結婚だったり、親族の看病だったり。自身が病気……という者もいた。その入れ替えにより、アマリアの采配で異国出身の使用人が続々採用されたのだ。今となってはヘッドバトラーをのぞき、ほぼすべての使用人がこの国ではない出身地・出身国の人々になっていた。
新しい使用人の中には、まだこの国の言葉に慣れていない者もいる。よってとにかく指示を出されたら、言われた通りに従う。さらに移民でありながら、由緒正しい伯爵家の使用人に採用してくれたアマリアには、絶対的な忠誠を誓っているように思える。そのこともあり、屋敷の中は勿論、庭なども含め、すべてアマリアの采配通りになっていた。
「貿易業をしているのですから。使用人の出身地にこだわる必要はないですわよね。それにみんな、これまでの半分の賃金でも喜んで働いてくれるのですから!」
最初アマリアは、前世で言うところの、ダイバーシティ&インクルージョンの先駆けをしていると思った。だがそうではないようだ。安い人件費が目的だった。それはそれで考え方としては理解できる。では浮いた人件費はどうなっているのかというと……それはアマリアとヴィオレットが着飾るのに使われているようなのだ。
前世の感覚だと、着飾るために浪費をして……となるが、この世界はそうではない。
なぜなら社交界において、マダムや令嬢が美しく着飾ることは当たり前であり、彼女たちの装いこそが、「ステータスシンボル」とされているのだ。服装や宝飾品を一目見て、その家門の地位や裕福さが分かる。それこそが重視されていた。
ようするに最先端の流行を取り入れたり、高級品を身に着けたりするために、多額のお金を使うこと。それすなわち美徳とすら考えられているわけだ。
しかもアマリアは人件費を浮かせ、それを宝飾品の購入に充てているのだ。通常の貴族のマダムはそんなことはしない。夫が稼いだお金を当たり前のように使うだけ。それを思えばアマリアは賢妻とさえ思われるのだから……。
「変わったと言えばティナ。君は……驚いたよ。以前は明るい色合いのドレスを好んで着ていたと思ったけど、今日の濃紺のドレス。こんな暗い……いや深みのある落ち着いた色のドレスも着るんだね」
トムがまじまじと私を見る。
「実はお母様にプレゼントいただいたこの蝶のブローチ。濃い深みのあるアメシストなんです。これにあわせてドレスを選ぶと、自然と落ち着いた色合いになっているのかもしれません」
「トム。ティナは社交界デビューして、大人のレディの仲間入りをするんですのよ。この子みたいにふわふわした衣装ですと、子供っぽいでしょう?」
「まあ、お母様、ひどいわ! 『ヴィオレットはいつまでも子供らしくて可愛いね』ってお父様は言ってくださるのに!」
ヴィオレットが頬を膨らませ、そこで笑いが起きる。ぷんぷんという表情をしているが、ヴィオレットも本気で怒っているわけではない。
ひとしきり皆で笑った後、しみじみ思う。
ここ一年で本当に屋敷の景色が変わった。窓の外から見える花壇も、これまでとは全然違っている。
亡くなった母親は淡い色合いの花が好きだったようだ。これまで今頃の季節は、柔らかい色合いの花々で、花壇は優しく彩られていた。でも今年は室内同様のビビットカラーの花、チューリップやパンジーの濃い色の花で埋め尽くされている。
「何はともあれ。デビュタントの件は叔父さんに任せて欲しい。と言ってもデビュタントまであと数日ある。せっかくだから、昔みたいに遊ぼうか、ティナ」
そう言ってウィンクするトムは、父親より三歳年下。しかしそうとは思えないほど、若々しく見える。そしてその行動力は有言実行なのだ。そこは父親とそっくり!
屋敷の客間に滞在することになったトムは、翌日の朝食の席で早速提案する。
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