23:突然の
ドレスはデビュタントの五日前に屋敷へ届くことになっている。そして今日が、まさにその日だった。
「実は新規で取引を行う商会から、取引に応じてもいいが、商会主が顔を見せろと言われてしまってな。急遽だが現地へ向かう必要がある」
朝食の席で父親からこれを言われた時は「えっ」だった。
「ティナのデビュタントの日が迫っている。だからもう少し待って欲しいと思ったのだが……。ちょうど、知り合いの船がその海域に向かうことになっていて、父さんたちを乗せて行ってくれることになったんだ」
そう言うと父親はとても申し訳なさそうな顔で私を見た。
「ティナ。せっかくの晴れ舞台なのに。父さんがいなくて申し訳ない。代理はとして父さんの弟、トム叔父さんに頼むことにした。既に手紙を送り、王都に来るようお願いしている。許してもらえるか?」
私が答えようとする前にヴィオレットが口を開いた。
「それは仕方ないと思いますわ、お父様。だってお仕事なんですもの! お義姉様には私やお母様もついているのです。それにトム叔父様が来てくれるなら、安心だと思いますわ!」
するとアマリアも同意を示す。
「お仕事が優先になるのは仕方ないですわ。それに船を自前で準備するとなると、時間もかかってしまいます。せっかく乗せてくださる船があるなら、便乗するのが正解ですよ。ティナのことは私たちに任せ、あなたは安心してお仕事に邁進してください」
こうなると父親に対する返事はこれしかない。
「お父様。お母様もヴィオレットもいるので、大丈夫です。私のことはお気になさらず、仕事を優先してください」
そう答えつつも私はなんとなく感じている。
(お父様が不在になるのは、私のデビュタントのドレスに血が付つくというハプニングがあったからでは!?)
「みんな、仕事に理解を示してくれて、ありがとう。今回の交易品は砂糖だ。スパイスの取引で船出すると、半年は家を空けることになる。だが今回はそうではない。二カ月で戻れるだろう。帰りは現地でその取引先が用意した船で戻ることになる。たっぷり砂糖とお土産を積み込んで帰国するぞ! 屋敷のパティシエに思う存分砂糖菓子を作ってもらうといい」
「お父様、そうなんですね! 嬉しいわ、砂糖菓子、大好きですもの。珍しい宝石があったら、それもお願いしますわ、お父様」
「はははは。分かっているよ、ヴィオレット。お前は本物の宝石と、珍しい蝶、その両方が欲しいのだろう?」
ヴィオレットは力強く頷き、父親は「ちゃんと買ってくるから安心しなさい」と言い、アマリアと私を見た。そして「二人は何か、お土産の希望はあるか?」と尋ねる。ここはアマリアが先に答えられるよう、私は彼女を見て頷く。するとアマリアはおもむろに父親にリクエストする。
「砂糖の産地ではラム酒というお酒があると聞きましたわ! ぜひあなたと飲みたいのでお土産にしていただければ」
そう言ってアマリアがウィンクすると、父親が頬を赤らめた。
なんだか急にアマリアと父親の男女の関係を見せつけられた気がして、私は何とも言えない気持ちになる。
でも二人は夫婦なのだ。ラム酒を楽しみ、イチャイチャしても問題ない。それなのにモヤモヤするのは……。
先日もそうだが、亡き母親のことが、どんどんなかったことにされている。というか、過去のものにされているのが、寂しいからだろう。
とはいえ、こんなふうに感じるのは、仕方ないのではないか。当然の心の動きだと思う。この気持ちは一つの感情として、受け入れるしかない。ただ、いつまでも私や父親が亡くなった母親のことばかり思っていては、アマリアとヴィオレットが肩身の狭い思いをしてしまう。
「ティナどうだ? 何が欲しい?」
父親の問い掛けに慌てて答える。
「私は……お父様からはいつも欲しい時に欲しい物を与えていただいています。よって特にこれと言って欲しい物はありません。あえてリクエストするなら、お父様が無事に帰国してくださる。そしてこの屋敷へ戻ってくること。これこそが、一番のお土産です」
これは本当にそう思う。前世よりもこの世界の船旅は過酷だ。ちゃんと帰国して屋敷へ戻る。これはとても大切なことに思えた。
「ティナ……お前はなんて親思いなんだ。ありがとう。父さんはとても嬉しいよ。ちゃんと元気で二カ月後に帰ってくる。試着したティナのドレス姿は忘れない」
父親の反応を見て、ヴィオレットとアマリアが慌てた様子で反応する。
「お父様、私もお父様が無事に帰ってくるのが一番です!」
「ええ、そうですわ。私もそうよ。でもそれは言うまでもないことよね。無事で帰館するなんて、当然のことですから!」
「ははは。二人ともありがとう。ちゃんと帰って来るから、安心してくれ」
そんな会話をしたのは朝食の席のことだった。だが午後には支度を整えた父親は、港がある隣街へ向け、出発することになる。そして明朝には出航だった。
こうして予定が決まっている父親は、あっという間に支度を整えた。既にトランクは馬車に載せられている。そして昼食後、自身もエントランスホールへ向かい、私たちもその後に続いた。
「お父様、気を付けてね!」
「あなた、帰りを待っているわ」
「お父様、お体に気を付け、お仕事頑張ってください」
ヴィオレット、アマリア、私の順で父親に挨拶。
それが終わると、父親はエントランスで待機している馬車へ乗り込んだ。
「すぐに戻る。みんな、留守を頼んだよ」
「「「いってらっしゃいませ!」」」
父親は乗せた馬車は意気揚々とエントランスを出発した。
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