22:大丈夫。大丈夫よ
デビュタントに同行できるとなったヴィオレットは、もうご機嫌。オーダーメイドしたお店トワール・エレガントに到着してからも、ずっと鼻歌を口ずさんでいた。
「ティナお嬢様、ようこそお越しくださいました。もう完成も同然ですが、最後の微調整をしましょう。今日は実際に着用いただき、サイズを確認しましょう」
店主であるトワール夫人に案内され、私は試着室で約一年前にオーダーしたドレスに着替えることになった。
「まあ、少し、胸がキツイかしら?」
「そうですね……食べ過ぎてしまったみたいで」
「あら、そんなことないですわよ! ウエストは逆に余裕があるのですから。体が女性らしく成長した証です」
そんな会話をしながら、どこを詰めて、どこを緩くするかを調整し、最終的に試着は完了した。
「さあ、マルティウス伯爵、伯爵夫人、ヴィオレットお嬢様、ご覧になってください」
トワール夫人の言葉に、皆が私を見る。
「「「おおお!」」」
お父様、アマリア、ヴィオレットの声が揃った。
「ティナ、よく似合っているよ」と父親は感動を通り越して、涙目になっている。その様子はなんだか花嫁になった娘を見ているようだ。
「ティナ! いいドレスを選んだわね。ヴィオレットのドレスの参考にさせてもらうわ」
そう、そうなのだ。
今日はヴィオレットの来年のデビュタントのためのドレスのオーダーをすることも来店目的になっていた。
「お義姉様、とっても素敵~!」
感極まった様子のヴィオレットが私に抱きついた瞬間。
「痛っ」
「お義姉様⁉」
「まあ、大変!」
仮止めに使っていた待ち針が、ヴィオレットが抱きついた瞬間に刺さってしまったのだ。
「まあ! ドレスに血が滲んでしまったわ」
「血は落ちないのよね……」
店員が暗い表情になるが、店主であるトワール夫人が声を上げる。
「レースやフリルを追加して、目隠ししましょう。大丈夫ですよ」
「そうしてください」と私が答えると「ではもう脱ぎましょうか」となる。
「お義姉様、ごめんなさい……!」
「大丈夫よ、ヴィオレット。気にしないで。それより。自分のドレス選び、ちゃんとしないと。一日がかりなんだから」
口ではそう言っているが、内心、私はすごく動揺している。特に迷信を信じるわけではないが、デビュタントのドレスの白さには、大きな意味があった。
白いドレスに一切の汚れやシワが見られないことで、未来の幸せや良縁がもたらされるとこの世界では信じられていたのだ。もしデビュタントの前に、ドレスが汚れたり、損傷したりすることがあったら……それは不運の前兆と考えられた。
不幸な未来、良縁に恵まれない、はたまた純潔が危ぶまれる事態が起きるのでは……そんなふうに考えられていたのだ。ゆえにドレスに血がついてしまったことは不安でならない。
とはいえ、ヴィオレットに悪気があったわけではなかった。今も彼女は号泣状態で、両親に宥められている。そこを責めるなんて……そんなことはできない。
それに悪いことが起きるかどうか、それは本人の心の持ちようとも言う。
トワール夫人は、咄嗟の出来事に暗い表情になることなく、笑顔で対処方法を口にしてくれた。きっと過去にも同じようなハプニングに遭遇して、乗り越えてきたのだろう。それに女性は月のものだってある。運悪くデビュタント当日の朝に月のものが来てしまう人だっているのだ。その点を言えば、私は来月まで月のものはない。
(うん。大丈夫。大丈夫よ、迷信なんだから!)
そう自分に言い聞かせ、ドレスはすぐに脱いで、着てきたグレープ色のデイドレスへ着替えた。その後は、泣き続けるヴィオレットを慰めながら、彼女のデビュタントのドレスのオーダーを手伝った。
「お母様~、疲れた~、お腹空いた~!」
号泣していたヴィオレットだったが、なんとか自身のデビュタントのドレスの注文を終えた。でもそれは私の時と同じ……泣いている時間がロスタイムとなり、私の時よりさらに遅い時間で終えることになった。
そうなると当然、お腹はペコペコ。お店では紅茶やスイーツを出してくれたが、それではとても足りない。ということでレストランへ行くことになったが……。
「じゃあ、オリエンタル料理のお店へ行きましょうか。お父様と出会うことになったお店よ」
「うん、それがいい! お父様、いいわよね?」
アマリアの提案にヴィオレットが同意を示し、そして父親は私を見る。この流れで「別のお店がいい」とは言えない。
父親と私にとって、オリエンタル料理のお店は、産みの親である母親ロゼとの思い出のお店。アマリアと父親の出会いのお店になってしまうのは……でも仕方ない。そこで私はこくりと頷く。父親は私の反応に安堵した表情となり、御者へ向け、声を掛ける。
「おい、オリエンタル料理の店へ向かってくれ」
父親の指示で、馬車はお店へ向け移動を開始する。
亡くなった母親と父親と私の三人で行った思い出のお店が、アマリアとヴィオレット、そして父親と私が出会うことになったお店へと上書きされていく。この事実になんともいえない気持ちがわきあがる。
アマリアとヴィオレットのことが嫌いなわけではなかった。ただ、亡くなった母親の思い出が失われていくように感じ、なんだか寂しい気持ちになっていた。
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