21:それから一年後
季節が巡るのは早い。
(幸せな時間が流れているから、あっという間と感じるのかしら?)
気付けば父親がアマリアと再婚し、間もなく一年が経とうとしていた。
(もうすぐ私のデビュタントの日だわ!)
大陸の他の国々では、デビュタントは十一月~冬に行われることが多かった。だがこの国では春にデビュタントが行われる。それはデビュタントが王都のみでの開催ではないからだ。
東西南北の辺境伯領でも、国王陛下の代理人となった辺境伯主催で、デビュタントが行われる。つまり地方貴族はそちらへ参加すればいい。そのような形態になったのは、デビュタントを主催する国王陛下の負担を減らすためだ。
それまでは王都で毎年11月にデビュタントが行われ、そこに王都の貴族、地方貴族、その全員の令嬢が参加していた。そしてデビュタントで社交界デビューを飾る令嬢たち一人一人の挨拶を、国王陛下は受けていたのだけど……時にその時間は六時間に及んだ。
国王陛下が若いうちはそれでもなんとかなる。だが高齢になるにつれ、これはキツイ。そこで国王陛下の負担軽減のため、地方都市でのデビュタント開催となったのだ。
そんなこんなで春に行われるデビュタントに参加するため、約一年掛りで仕立てることになったドレスを家族全員で受け取りに行くことになる。父親、アマリア、ヴィオレットの四人で、ドレスを注文していたお店トワール・エレガントへ向かうことになった。
「お義姉様~、見て! このドレス、とっても素敵でしょう!? 春らしいミモザ色のドレスなのよ! 新しくお母様に買っていただいたの!」
私の部屋に飛び込んできたヴィオレットは、明るい春に相応しいドレスを着ている。一方の私はグレープ色のドレス。アマリアにプレゼントされたアメシストで出来た蝶のブローチは、濃い紫色をしている。よって今、ヴィオレットが着ているような黄色のドレスに合わせると、補色の組み合わせに近くなり、なんとも奇抜になってしまうのだ。ゆえに私が着るドレスは必然的に濃い紫に合うような、落ち着いた色合いのものが多くなっていた。
まだ若いのだし、ヴィオレットのようなパステルカラーのドレスを着たいと思うが、せっかくアマリアがプレゼントしてくれたのだ。その後のイベントでアマリアがくれるのは、チョコレートやマカロンなどの消えものばかり。手元に残るギフトはこのブローチだけなので、私は大切にしていたのだ。
「あ、お義姉様、その帽子」
「ヴィオレットもこの帽子、気に入るだろうと思ったわ。だから似たデザインの帽子をお父様に頼んで、用意してもらったわよ」
「! ありがとう、お義姉様~!」
ヴィオレットには、彼女に合わせたドレスなり宝飾品を用意しているが、とにかく姉の私とお揃いであることや、私が身に着けている物を欲しがることが多かった。それはこの家で暮らし始めた時からずっとそうだったので、私もあらかじめヴィオレットが欲しがりそうな物は手配するようにしていたのだ。
「わーい! お義姉様とお揃いの帽子だわ! ふわふわの羽根飾りと宝石も飾られていて素敵!」
姿見の前でヴィオレットは大喜び。
そのヴィオレットにシャロンは笑顔で「良かったですね、ヴィオレットお嬢様。エントラスホールで奥様と旦那様がお待ちです」と声を掛ける。「あ、そうよね。お義姉様、行きましょう!」とヴィオレットがこちらを振り返った。
「ええ、行きましょう」と私も帽子を被り、ドレッサーチェアから立ち上がる。
ヴィオレットは私に腕を絡め、歩き出す。その後ろに続くシャロンはいつも通りの無表情に戻っている。
シャロンはヴィオレットが生まれた時にはアマリアの侍女をやっていたようだ。普段は表情がないシャロンだが、ヴィオレットの前では笑顔になる。
「お、我が家の可愛い姫君二人が勢揃いだ!」
エントランスホールに到着し、父親が笑顔で両腕を広げると、迷うことなくヴィオレットが飛び込んでいく。
以前、父親とハグするのは私だけだった。だが今はヴィオレットと父親のハグが当たり前。そのハグが終わるとアマリアが「さあ、馬車に乗りましょう」となる。つまり私が父親とハグする機会はめっきり減ってしまった。
でも私は姉であり、ヴィオレットは妹なのだ。きっと前世であろうとこの世界であろうと、妹がいれば両親の関心はそちらへいくものだろうと思い、あまり気にしないことにした。
「さあ、馬車に乗りましょう」
アマリアがいつも通りに声を掛け、ヴィオレットが父親の腕に自身の腕を絡め「はーい!」と元気よく返事をした。
馬車の中で父親の隣に座ったヴィオレット。その腕を父親にずっと絡めたままだった。これには「ヴィオレットは甘えん坊だな」と父親は苦笑しつつも、そんなふうに甘えられることは嫌ではないようだ。
「ねえ、お義姉様。それにお父様もお母様も。聞いて! 私もお義姉様のデビュタントに同行してもいいかしら?」
これには「!?」とビックリすることになる。通常、デビュタントに同行するのは、母親、年上の姉、叔母である。そもそもデビュタントは、未婚かつ未成年の令嬢が社交界に初めて足を運ぶイベントなのだ。経験豊かな女性や既にデビュタントに出席したことのある女性が同行するのが、常識とされている。それなのに社交界デビューしていない妹が、ヴィオレットが同行するなんて、普通はあり得ない。
「ヴィオレット。ティナと一緒に行きたい気持ちは分かる。でもさすがにそれは」
「あら、あなた。ヴィオレットも次のデビュタントで社交界デビューになるんですのよ。予行練習になっていいのでは? それに私も同行するんです。ヴィオレットはちゃんと私のそばにいれば、問題ないかと。それにこの子、年齢より大人っぽく見えるでしょう? ちゃんとイブニングドレスを着こなせば、童顔のティナよりお姉さんに見えますわよ」
「そうよね、お母様! お義姉様は体型も私より小回りがきいているでしょう。多分、イブニングドレスを着て並んだら、私の方が姉に見えると思うわ!」
アマリアとヴィオレットが言わんとすることはよく分かる。確かに私は童顔で、スタイルはそこまで悪いと思わないが、ヴィオレットが年齢よりもいろいろ発育がいいのだ。つまり胸がとても大きいし、ヒップもきゅっと上向いて引き締まっている。それでいてウエストは細い。さらに顔立ちも、私より彫りが深く、大人びているのだ。身長も私より高いので、並んだ時にヴィオレットが姉と思われる可能性は……無きにしも非ず。
とはいえ、デビュタントに同行するのは……。
「アマリアの言うことも、ヴィオレットが言っていることも分からなくはない。だがやはりデビュタントは」
「お父様の意地悪! 私はお義姉様の晴れ舞台を近くで見たかっただけなのに! いつも一緒にダンスのレッスンを受けていて、お義姉様はとてもダンスが上手なのよ! きっとデビュタントでもお義姉様は素敵なダンスをするに違いないわ。それを見たかったし、応援したかったのに!」
これには父親と私がハッとする。
ヴィオレットは自身が来年、デビュタントが控えているものの。私の社交界デビューが近いので、ダンス教師の熱が入り、その練習が厳しくなっていた。しかしヴィオレットは文句の一つも言わず、一緒にそのレッスンに付き合ってくれていたのだ。
「お父様、ヴィオレットは私より大人びていますし、イブニングドレスを着てお化粧もしっかりしたら、見違えると思います。つまりヴィオレットであるとは分からないかと。というかそもそも私もヴィオレットも、屋敷の中にいる時間がほとんどで、外出はあまりしていません。未成年ですから。ヴィオレットのことを知っている人も少ないと思います」
「……まあ、それはそうだな」
「私も一緒に厳しいダンスのレッスンを乗り越えたヴィオレットに、晴れ舞台を見せたいです」
私の言葉に「お義姉様!」とヴィオレットが席から立ち上がりかけ、父親が慌てて制止することになる。
「分かった、分かった。では非公式で同行としよう。もし会場で名乗る必要があったら、地方領にいる親戚の名前を名乗るようにしなさい。分かったか、ヴィオレット?」
「分かりました! お父様!」
こうして本来、デビュタントに行くはずのないヴィオレットの同行が決まった。
お読みいただきありがとうございます!