2:目覚め
スマホのアラーム音で目覚めるのではなく、自然に目がすーっと開いた。
目覚めてすぐ目に飛び込んできたのは……天井ではなく、美しい布だ。女神が描かれ、薔薇の花びらが舞っている。それはさながら名画『ヴィーナスの誕生』を思わせる。
これはいわゆるタペストリーのようなものに思えるけど……。
その次に知覚したのは、自分が横たわるベッドの寝心地の良さ。ワンルームマンションにある、一万円で購入したパイプベッドのマットレスとは、明らかに質感が違う。
これは目が覚めてしまったが、起きるのがもったいない。まだまだ寝ていたいと思ってしまう。
そこで寝返りを打ち、いろいろな違和感に気が付く。
まず自分の手が見えたのだけど、「これは自分の手?」と疑いたくなる。なぜならその肌は透明感があり、ミルク色。見るからにすべすべしていそうなのだ。さらに、「これは私の髪?」と思われるものが見えた。それは輝くようなブロンドの髪で、大変艶やかである。サラサラで枝毛なんて無縁に思えた。
それだけではない。
横を向いた瞬間に、たぷんとした胸元。私のバストは、限りなくBカップに近いであり、寝返りを打った際に、ここまで揺れることなどない。しかも着ているのは、白の胸元の大きく開いたネグリジェである。初夏になると、寝間着は使い古しのTシャツとスパッツで、ネグリジェなんてお上品なものを着て寝ることはなかった。
自分自身の様子と装いもおかしいが、寝ているベッドも普通ではないことに気が付く。
(これは天蓋付きベッドでは!? それに壁の模様が、とても可愛らしい小花模様ではないですか!)
ワンルームマンションの、のっぺりとした白い壁とは大違い。そしてベッド脇に置かれているサイドテーブルにはスタンドライトではなく、なんというかアンティークに感じるランプが置かれているのだ。しかもゴールドの装飾があしらわれた高級な感じのものである。
寝心地がいいし、起き上がるのが億劫に感じられてしまう。だがどう考えても何かおかしいので、起き上がることにした。しかし上半身を起こし、これまで以上にビックリすることになる。
だって暖炉が見えたのだ! 高級そうなソファセットも見えている。さらにレースのカーテン越しに見える、庭らしき景色。そこには海外の庭園にありそうな、トピアリーが見えているのだ。そして壁のあちこちに飾られているのは、額縁からして高級そうな絵画だった。もう美術館にいるみたい。極めつけは、天井に吊るされているゴージャスなシャンデリア!
(どこかのお城にでもいるの、私!? さっきまで私、ショッピングモールのフードコートにいたはずなのに! そういえばあの時、突然くらっと来て……)
なぜこんな場所にいるのか。それを考えようとしたら、扉をノックする音が聞こえる。
(だ、誰か来る!)
「お嬢様。ティナお嬢様、おはようございます。お目覚めになっていますか?」
(お嬢様!? ティナお嬢様!?)
もう目をパチクリさせることになる。
(そうか。ここはティナという名の女性の部屋なんだ。なんでそんなところに私はいるのだろう!? というか図々しくも彼女のベッドで寝ていたなんて!)
慌ててベッドから降りようとして、床からの高さに驚く。
さらに床……ふかふかの絨毯とそこに置かれた美しい刺繍があしらわれたスリッパにもビックリしてしまう。ワンルームマンションの部屋にスリッパなんてなかった。しかもスリッパすら、大変高級そうに思える。
でもそれはそうだろう。何しろお嬢様の部屋なのだ。そうなるとこのスリッパはティナお嬢様のものだから、私が履くわけにはいかない。
(ともかくベッドから降りよう!)
そこでふかふかの絨毯の上に足を下ろし、その感触に感動していると、カチャリと扉が開く。
「ティナお嬢様、おはようございます! 起こしてしまいましたか?」
茶色の髪に焦げ茶色の瞳で、鼻の辺りにはそばかすがある。着ているのはグレーのワンピース。でもよく見るワンピースと違い、スカートの部分に膨らみがあり、ベルタイプになっている。さらに手に陶器で出来た大きな水差しを持っている。
(なんというかその姿は西洋画で見たことがある。お屋敷の使用人……侍女!?)
それよりも何よりも。今、私の方を見て、ティナお嬢様と言った。
(もしや振り返ると背後に、ティナお嬢様がいるの!?)
それはちょっとホラーだと思い、後ろを振り返る。
だがそこには壁があり、楕円形の鏡が飾られていた。その鏡に映るのは――。
ブロンドに碧眼、ビスクドールのような肌。ローズ色の唇に頬、小顔で手足は細く、とても愛らしい。白いネグリジェを着た、スタイル抜群のこの女性は……。
(これがティナお嬢様では!?)
ハッとして、侍女らしき女性の方を見る。そしてもう一度、鏡を確認。
(鏡に私が映っていない……!)
黒髪は肩までの長さで、中肉中背のザ・日本人の姿はどこにも見当たらない。
(もしかして私、あのフードコートでクラッと来て、死亡したの!? 私、今、幽霊で実体がないの!?)
「ティナお嬢様」
「ひぃ~!」
すぐ近くまで侍女と思われる女性が来ていて、驚きで悲鳴を上げてしまう。
「どうされたのですか、ティナお嬢様!? スリッパもはかずに」
そう言うと彼女は私の足元に、あの高そうなスリッパを差し出してくれた。
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次話は20時頃公開予定です~