17:家族が増える
パウエル元男爵の乱闘事件から一週間が経った。新聞では間もなく始まるバカンスシーズンの話題が一面を飾っている。新聞から乱闘事件の記事が消えることで、父親も今回の件を次第に忘れてくれるはずだ。
そんなふうに思いながら、気持ちを前向きにしようと、明るい若草色のドレスを着て、朝食の席に着くと……。濃紺のスーツ姿の父親が、改まった様子で私の名を呼んだ。
「お父様、どうされましたか?」
メイドが焼き立ての卵料理とソーセージやハムを出し終えると、父親は主への祈りを捧げ、「いただきます」をしてから、「実は」ということで話を切り出した。
「アマリア子爵未亡人から、女親がいない子育ての問題点や注意点を教えてもらっていたんだ」
「そうなのですね」
「ティナはこれから年頃になる。その年齢の令嬢ならではの悩み、婚約者探しなど、女親に相談したいことが増えて来ると、アマリア子爵未亡人は言っていた。そして自分でよければ、ティナの相談にいつでも乗る――そう言ってくれたんだ。ティナの母親代わりで相談に乗るとね」
これにはアマリアの優しさに、ジーンとしてしまう。
「母親代わりをしてもらうぐらいなら……いっそ本当の母親になってもらえばいいのではないか。そう思ったのだが、ティナはどう思う?」
これには一瞬「!?」となるが、じわじわと理解する。
(お父様は、アマリアとの再婚を考えているのでは!?)
「……それはつまり、アマリア子爵未亡人が私の新しいお母様になるということですか?」
「そうだよ、ティナ。……父さんが亡くなった母さんを愛する気持ちは変わらない。今でも心から母さんのことを想っている。ただ、それは父さんのエゴに過ぎない。ティナには女親が必要に思える。同性だからこそ、打ち明けられる悩みもあると、アマリア子爵未亡人は言っていた」
「お父様! 私のために、無理に再婚をなさらなくても」
すると父親は「そういうわけではない!」と少し顔を赤くする。
「亡くなった母さんのことが好きなのは事実なんだ。ただ、その……アマリア子爵未亡人と話していると、心が落ち着くというか。彼女の包容力を前にすると、何とも言えない気持ちになり……」
なるほど。亡くなった母親を好きな気持ちがありながらも、アマリアに少しずつ惹かれているのでは!? それは……悪いことではないと思う。十二年間。父親は喪に服していたようなもの。
もしも私のために再婚を考えるなら、それは止めた。でも父親本人も、アマリアを好きになっているなら……。
真犯人は判明し、王都から遠い場所にいる。もう毒殺事件は起きない。だからアマリアとヴィオレットを安心して我が家に迎えられると思った。
「お父様が新しくお母様を迎えること。それは私のためだけではなく、お父様自身もそうしたいという気持ちがあるのなら。私は大歓迎です! 新しいお母様ができることは」
「ティナ……!」
父親は顔を赤くし、その姿はまだ恋を知らない少年のように見えてしまう。自分の父親ではあるが、なんとも可愛らしいと微笑むと、慌てたように父親は話し出す。
「そ、それに男親は娘につい甘くしがち。時には厳しい躾も娘に必要になるが、それをできるのは女親であるとアマリア子爵未亡人は言っていた。それは……まさにその通りだ。本当はティナが侍女と別行動をしていたこと。もっと雷を落とすべきだったと、彼女に言われ、目から鱗が落ちるだったよ。確かに大目にし過ぎた。そういった父さんが至らないところも、アマリア子爵未亡人なら、きめ細かくサポートしてくれると思ったんだ」
これは耳が痛くなる話。貴族令嬢として侍女との別行動は、本来言語道断だった。父親はティナに甘いので、キツイお叱りはなかったが……。そこはアマリアが言う通りで、男親と女親で役割分担はあると思う。
両方がキツイ親だと、子供は逃げ場がなく、疲弊するだろう。よって母親が厳しく叱ったら、父親が逃げ場になりつつ「今後は気をつけようね」となるのは、悪い流れではないと思った。
「確かにアマリア子爵未亡人が言うことは、一理あると思います。そういう点からも、私も女親ができることは、とてもいいことだと思います」
「……そうか。ティナがそう言ってくれたなら安心だ。アマリア子爵未亡人にも、このマルティウス伯爵家に、ヴィオレット共々迎えたいと話してみるよ」
「いいと思います!」
ニッコリ笑うと、父親が心配そうに尋ねる。
「ちなみにヴィオレットが妹になることは……」
「大歓迎です! 私は一人っ子でしたから、妹ができるなんて、嬉しくてならないです!」
「そうか。それなら何も問題ないな」
私が大きく頷くと、父親は安堵の表情になった。
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