14:もう一人の怪しい人物
毒殺犯と目論んだレッド侯爵夫人は外れだった。
だがこれは嬉しい外れ。
しかもサロンの後、レッド侯爵夫人は「七宝焼きの御礼よ」と、見事な黒真珠のネックレスとイヤリングを贈ってくれたのだ!
黒真珠はこの大陸ではとれない。貿易業をして、遠方の南の海まで船を動かすことができるレッド侯爵夫人だからこそ、手に入れられる物。大変貴重であり、とても高額である。ポンと人にプレゼントするようなものではない。よってこのプレゼントには驚き、すぐに御礼の手紙を書くことになった。
するとすぐにレッド侯爵夫人から返事が送られてきたのだ!
『七宝焼きだって黒真珠と同じよ。黒真珠以上かもしれない。だって極東の島国は鎖国をしていて、そもそも出入りができないでしょう。だから本当はこの程度では足りないぐらいだけど……。また珍しい舶来品を手に入れたら、贈るわ』
なんとも嬉しい返事だった。
これを踏まえ、私はロバーツとあの居酒屋で会うことにした。もう一つの用事と併せて。
「はい。こちらは追加報酬です」
レモンシャーベット色のデイドレスを着た私は、お金の入った巾着袋をいつもの席のテーブルにコトリと置いた。
「もしかして七宝焼きの?」
「そうです。レッド侯爵夫人からは、黒真珠のイヤリングとネックレスを御礼でいただきました。でもこれをロバーツさんに渡すわけにはいかないので……。一応、私で準備できるありったけなんですが……足りないですよね」
これを聞いたロバーツは豪快に笑い出す。
「俺としては経費のつもりだった。気にする必要はないのに」
「七宝焼きですよ⁉ なかなか手に入らないものじゃないですか!」
「まあ、そうだろうな。だがな、こう見えてお兄さん、お金持っているから」
明るいリーフグリーンのスーツの胸を、ロバーツはトンと叩く。
「……昼間から居酒屋にいるような新聞記者なのに、ですか?」
「お、痛いところをつくようになったな!」
レッド侯爵夫人のサロンへ一緒に行って以降、ロバーツとはかなり打ち解けることになった。だからこそこんな軽口を叩くこともできる。
「さて。ではこのお金は有難く受け取ろう。だが今後は気を遣うな。必要な場合は声を掛けるから、そうではない時は、お兄さんにドンと任せればいい」
「分かりました。では行きますか?」
「ああ、行くとしようか」
そう言うとロバーツはだてメガネをかける。
今回ロバーツと私で接触を試みようとしているのは、マーク・デン・パウエル男爵。父親を毒殺しそうな人物の一人だ。
そのパウエル男爵のコーヒー豆を輸入する商会は、最近自社ビルならぬ、商会の入る建物の一階に、カフェをオープンさせた。もちろん、コーヒーを販売しているカフェである。このカフェにロバーツと私は向かうことにしたのだ。
ちなみにカフェをパウエル男爵がオープンさせた理由。それは……。
私の父親の商会が売り上げをどんどん伸ばすのに反比例するように、パウエル男爵の商会の売り上げは、落ち続けていた。その起死回生で、コーヒーを手軽に飲めるカフェを開店させたのだ。そこではコーヒーを飲めるだけではない。お土産用に、コーヒー豆から必要な道具一式を買って帰ることができる。
これはなかなかいいアイデアだと思う。コーヒーが気に入れば、屋敷でも飲みたいと感じるはずだ。しかも必要な道具一式をまるっと買って帰ることが出来るのは、大変便利だと思う。
ではこのカフェ、成功しているのかというと……。非常に苦戦しているらしい。
というのも手軽に飲める……という割にはコーヒー一杯の値段が高い。さらにある意味、売れ残りの処分を兼ねているので、使われているコーヒーの風味が悪かった。その上で、お家……お屋敷でコーヒーセットを販売しているが、その一式が気軽に買って帰るボリュームではない。
前世のようなインスタントコーヒーもなければ、一杯分をセットできるドリップコーヒーパックなどもない。コーヒーミルだったり、豆を保存する容器だったり、フィルターだったり、専用ケトルだったり……。かさばる荷物のわりに、実際に飲んだコーヒーがあまり美味しくないとなれば、誰もお屋敷でコーヒーセットを買わない。
いろいろ工夫すれば流行るカフェにできるのに。
実に残念な状況になっていた。
そしてこの残念な状況を気に病んでいるパウエル男爵は、いつも十五時のティータイムになると、二階の執務室からカフェへ降りてきて、コーヒーを飲んでいる。
このタイミングに合わせ、私とロバーツは、パウエル男爵に接触してみることにしたわけだ。
ということでロバーツと一緒に十五時丁度へそのカフェに向かうと……。
お読みいただきありがとうございます!
次話は21時頃公開予定です~