13:初めてだけど楽しくて刺激的!
主催者の伯爵夫人は、大勢と話すことを推奨している。しかしレッド侯爵夫人が私たちの前から動くことはない。ロバーツは私以上に極東に関する知識があるし、私は陶磁器や漆器について、前世知識を総動員して話した。これらの話にレッド侯爵夫人は夢中になり、熱心に聞き入っていた。
そして話は騎士道とサムライ道へと移り、レッド侯爵夫人とこの二つについて、比較検証することになる。
「騎士もサムライも共に戦士である点は共通項よ。名誉を重んじ、主への忠誠を誓い、勇気を持つことが求められる。さらに礼儀、崇高な精神が求められるところは騎士もサムライも同じよね」
「レッド侯爵夫人のおっしゃる通りです。サムライは禅や儒教、神道の教えに従い、心の内の修練が強く求められました。責任をとるための腹切りと呼ばれる切腹は、サムライならではです」
私の言葉にレッド侯爵夫人が強く頷く。
「そうよね。サムライの切腹は実に凄まじいものだわ。対して騎士は、主の教えの影響を色濃く受けているでしょう。時に主の代理で神聖な戦いに挑み、命を散らすことを美徳としていた」
前世で言うなら十字軍の遠征に似たことが、この世界でも過去に起きていた。
「あとは騎士と言えば、宮廷文化のcourtly love(宮廷恋愛)の理想の形として、美化されているわよね。でもサムライはどちらかというと、色恋沙汰とは無縁だわ」
「まさにその通りだと思います! 騎士のcourtly loveは……」
(こんなふうにレッド侯爵夫人と話すのは、実に楽しい!)
しかも飲み物を片手にしたいろいろな人が、私たちの周りに集まっていた。そして騎士やサムライについて、それぞれの意見を述べ始めたのだ!
初めて経験するサロンだが、活発に意見交換がなされ、とても刺激的。
「皆さん、お話は尽きないと思いますが、本日のサロンはこれにて終了です。お帰りの準備、忘れ物がないように」
伯爵夫人の声で、あっという間に時間が過ぎていたことに気が付く。
サロンは終了となってしまった。
「ああ、楽しかったわ! マルティウス伯爵令嬢のような若い方と、こんなにしゃべったのは初めてだけど……。あなただからかしら? ええ、そうよ。あなただから、なのね。とても勉強されているし、知識も豊富。実に素晴らしいわ。私が主催で、たまにサロンを屋敷で開いているの。招待状を送るから、良かったらお父様と一緒にいらっしゃいな」
レッド侯爵夫人のこの言葉には「!」と驚くことになった。
(父親の毒殺を目論むかもしれない相手から、お誘いを受けるなんて! 屋敷へ誘い、父親に毒を盛る……なんて考えているようには思えないわ。これは純粋に今日の会話が楽しかったから、また話したと誘ってくれていると思う!)
ビックリしている私に、レッド侯爵夫人が、指でクイクイと合図を送る。
顔を近づけると、レッド侯爵夫人も身を乗り出す。
「まだね、非公式にして頂戴ね。あなたのお父様の手腕は賞賛に値するわ。だからこれから一緒に、新規事業を手掛けることになったの。本当はね、あなたのお父様と私はライバルだったのよ。あなたのお父様にしてやられた時は……本当に煮え湯を飲まされたようで頭にきたわ。でもね。あたくしをそこまで怒らせた人間は、あなたのお父様が初めてなの。それだけ優秀なのよ、あなたのお父様は。敵対するのは勿体ないわ。手を組む方が正解よ」
そう言うとレッド侯爵夫人はウィンクしたのだ!
これを見た私は確信した。
レッド侯爵夫人は、女性らしく感情的な部分もある。だがその感情だけで生きているわけではなく、商売人として冷静な判断もできるのだ。私の父親を有能と認め、敵対するのではなく、手を組んで、相乗効果を生む決断をしている。
(こんな人が父親を毒殺するなんて……しない。絶対にしないだろう。もし頭に来ているなら、その場で頬をひっぱたき、それでおしまいだ。その後もチネチ何かするようなタイプではないと思うわ!)
「それではお先にね」
レッド侯爵夫人がソファから立ち上がると、取り巻きのようにマダムと紳士が駆け寄る。
彼女彼らに囲まれ、レッド侯爵夫人はサロンを後にした。
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次話は13時頃公開予定です~