12:まさに女王
向かったカフェは、赤と白のストライプのひさしが目印となっており、既に多くの令嬢令息が入口で列を作っていた。中には裕福そうな平民もいて、大変な賑わい。
「マルティウス伯爵家のご令嬢と従者の方ですね。どうぞ、お入りください」
受付は難なくパスできた。
ロバーツと共に中に入り、まずは一階席を確認する。
しかしそこにレッド侯爵夫人の姿はない。
「二階席……三階席まであるな。ただ三階席は個室だ。さすがにそこにはいないだろう。二階席にいると見た」
ロバーツのこの分析は正解。二階席に到着すると、ここにレッド侯爵夫人がいるに違いないと思えた。なぜなら一階席は広々として、裕福な平民の方の姿が多かった。それも今回の参加が初めてという人が多かったのだと思う。近くの席の人と自己紹介している人が多かったのだ。
ところが二階席は違う。目に見える人々の装い。それは間違いなく貴族のものだ。二階はサロンの常連貴族、中でも高位貴族が集中していた。
「あの中央のソファに座るのがレッド侯爵夫人だ。その左に座るのが、デルマン侯爵夫人、右隣がリース子爵。さらに左斜めの一人掛けソファに座るのが……」
ロバーツの説明にしみじみ思う。
錚々たるマダムと紳士に囲まれて座るレッド侯爵夫人は、さながら女王だ。
見事な赤毛にヘーゼル色の瞳で、大粒のルビーのイヤリングとネックレスをつけて、貫禄は十分。これは近寄るのは……無理だと思えた。
「大丈夫。俺に任せろ」
そう言うとロバーツは端の方の二人掛けソファに私を案内すると、ポケットから何かを取り出し、テーブルに置いた。それはペンダントだったが……。
「これは……七宝焼き?」
「おや。ご存知で。その通り! さすが極東文化には詳しいな。これは極東で作られている宝飾品で、我々がエナメルと呼んでいるものだ。大陸の国々では、技法により、ギヨシェ、クロワゾネ、プリカジュールと呼ばれている。七宝焼きは、極東でエナメルが独自文化で発展したもの。純銀線や純金線で描かれる柄が実に繊細で、手間暇がかかっている。レッド侯爵夫人は絶対に興味を持つだろう。極東の文化と宝飾品へとしての興味。その二つを満たすはずだ」
見るとロバーツの手には、七宝焼きのブローチがある。
どうやらブローチでレッド侯爵夫人の気を引き、ペンダントもあると、私の席まで誘導するつもりのようだ。
「ではちょっと行ってくる」とウィンクをすると、ロバーツは怖気づくことなく、レッド侯爵夫人の方へと向かう。私は体の向きを元に戻し、テーブルに残された七宝焼きを眺めた。
扇を広げたような形で、暁色の素地に純銀線で描かれているのは、桃色と白色の桜の花。金箔もあしらわれ、実に華やかだ。レッド侯爵夫人の“レッド”にちなんだ一品だと伝わってくる。
ハンカチを取り出し、その上にペンダントを置くと。
「……マルティウス伯爵のところのお嬢さんね。こんにちは」
声に慌ててソファから立ち上がり、頭を下げる。
「レッド侯爵夫人、初めまして。ティナ・ラニア・マルティウスです」
「来年だったかしら? 社交界デビューは。まだデビュタント前なのに、サロンへ足を運ぶなんて、勉強熱心ね。さすがマルティウス伯爵のところのお嬢さん、と言ったところかしら?」
ザクロのような深みのある赤いドレスを着たレッド侯爵夫人はそう言いながら、私の対面のソファに「座らせていただくわね」と言いながら、腰を下ろす。そうしながらペンダントに目を留め、その瞳を輝かせる。
「まあ。紅葉を表現したブローチも素敵だったけれど。これも素晴らしいわ! 極東の国の扇子に、可愛らしい花があしらわれているじゃない!」
そこからはもうロバーツと私で七宝焼きのことから始まり、極東の美術品、デザイン、さらには着物やテキスタイルについても話すことになる。
そこに給仕の男性が来ると、レッド侯爵夫人は貴腐ワインを頼み、私とロバーツは紅茶を注文。飲み物が出てきたタイミングで、主催者である伯爵夫人が登場し、挨拶を行った。
「初めての参加の方も多いと思います。ぜひ、一階と二階を行ったり来たりして、今回のテーマについて沢山の方と話してみてくださいね」
この挨拶と共にサロンがスタートした。
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