11:真犯人を見極める
ロバーツが最後の一人として挙げたアレス・ウル・コルディア公爵。
彼は若き公爵として、実は有名人だった。
「現在十七歳だが公爵であり、学業と領地運営、商会経営をしている凄腕公爵。この若さで公爵をしているんだ。甘い蜜を吸おうと群がられることが多い。そんな有象無象の相手をするのに辟易したようで、必要のない人間関係は築かず、性格もとてもクールだと言われている。社交界で氷の公爵と言われているのが、彼のことだ」
氷の公爵の話は、社交活動をしていない私でも、聞いたことがあった。何しろ十六歳で公爵になっている。その美しい容姿も相俟って、新聞でも大々的に報じられていた。だが本人は、自身が新聞に無駄に露出されることを嫌っている。絵であろうとその姿を掲載することを拒み、通常の舞踏会にもハーフマスクの仮面をつけ、参加することもあるのだとか。
「君の父上と直接的に競ったわけではない。ちなみにスパイス諸島と言われるモロッカ諸島のことは、知っているか?」
「はい。父親の会話に何度か登場したことがあります。モロッカ諸島には、オランジェ王国が巨大貿易会社を置いていますよね。その地域を実質支配している」
「ご名答。乗り入れる船、国も厳しく制限されている。我が国で航行を許されているのは、現在君の父上の商会のみだ」
これには「そうだったのですね」と初耳になる。そこまでは父親は私に話していなかった。さらに父親の事業について、あまり私も詮索していないこともある。
「なぜ君の父上の商会が選ばれたのか。数年前、国主導でいくつかの貿易を営む商会をリスト化して、オランジェ王国に提出している。その交易計画書を見た上で、君の父上の商会が選ばれた結果だ。とはいえ、その選抜基準は不明。そして実は提出された交易計画書は、ほぼどこも一緒の内容だった。一説では、オランジェ王国の巨大貿易会社の幹部たちが、酒席でやったゲーム。それでどこの商会を許すか決めた……と言われているぐらいだ」
「ということは、お父様が偶然選ばれた可能性が高いだけ……とも言えるのですね?」
「そうなる。だからリストに入っていた商会はどこも『まあ、仕方ない』だった。だがコルディア公爵は、どうもモロッカ諸島にこだわりがあるようだ。非公式にオランジェ王国のその巨大貿易会社に連絡をとり、自分の商会を選んでもらえないか、再交渉をしていたのだとか」
だが一度決定したことなのだ。相当な理由もなければ変更になどならない。しかも国対国の交渉で決まったこと。それを国としてではなく、一人の公爵として、しかも非公式に動き、オランジェ王国の貿易会社が対応するかというと……。対応するわけがなかった。ゆえにコルディア公爵の希望は通ることはない。
「非公式の交渉がとのようなものだったかは、分からない。だがもし君の父上に訃報があった場合。それを理由にオランジェ王国の貿易会社が、モロッカ諸島に乗り入れる船について、再度取り決めを要求する可能性もあるわけだ。その際、非公式の交渉が意味を成す可能性は……無きにしも非ず」
商売敵というより、公爵の強い執着が根底にあるならば、父親を毒殺する可能性は大いに高まる気がする。よってコルディア公爵の名をロバーツが挙げる理由には納得できてしまう。
(でも十七歳でそんな殺意を抱くなんて……)
順風満帆な人生を棒に振るような行動をするかもしれないコルディア公爵には驚きしかない。
「以上が俺の方で調べた結果だ。それで朗報というか。探りを入れるチャンスがある」
「それはどういうことですか?」
「レッド侯爵夫人が足を運ぶサロン。それが今日、この後ある。定期開催とは別の、新しい出会いを増やすためのオープンスタイルのサロンだ。ここから少し離れた、貴族御用達のお店が並ぶエリアの一角にあるカフェ。そこを貸しきりにして行われる」
そんな情報までロバーツが掴んでいることにビックリ。
「カフェの入口で身分を示すことになっている。だがよほどでなければ入れてもらえるはずだ。マルティウス伯爵令嬢の肩書なら、まず問題なく入れるだろう。俺は君の従者として中に入り、二人が会話できるよう画策する。そこで一度実際にレッド侯爵夫人と話し、その人となりを確認してみるといい。まだレッド侯爵夫人には会ったことすらないだろう? 君はまだ社交界デビュー自体していないのだから」
「なるほど! 分かりました」
これでロバーツがパリッとした装いで身だしなみを整えていた理由も腹落ちだ。だがしかし。
「私はまだ社交界デビューもしていません。……レッド侯爵夫人と何を話せば……」
「サロンのテーマは『見聞したことのある異国文化、気になる海外の国』だ。伯爵令嬢なら異国の文化についての本も、一冊ぐらいは読んだことがあるのでは?」
そう言われて記憶を探ると、父親の書斎には沢山の海外について書かれた本があった。父親は船旅が多いのだ。当然といえば当然。そして私も子供の頃から、その本をパラパラめくっていた。
とはいえ、しっかり読み込んでいたわけではない。ならば……。
「ドロレルの宮廷文化。極東の島国の陶磁器や漆器、着物やそのテキスタイル、騎士道に並ぶサムライ文化のことなどはどうでしょう……?」
ドロレルはここからは少し離れた国で、宗教の違いもあり、独自の文化が発展している国だった。ハーレムがある国であり、このドロレルの画集や旅行記は比較的最近読んだので、まだ記憶に新しい。
「ドロレルと極東の島国か。面白い選択だ。それはきっと喜ばれるだろう。身分は隠せない。マルティウス伯爵令嬢であると分かった上で、どんな風に相手が接するか。見極めるといいだろう」
「分かりました。やってみます」
毒殺したいほど憎い相手の娘なら、何かしらのリアクションがあるはずだ。その態度でレッド侯爵夫人が将来、父親を毒殺するのか。真犯人なのか……きっと分かる気がした。
「では行ってみるか、そのカフェへ」
「はい!」
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