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悪女転生~父親殺しの毒殺犯にはなりません~  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中
【事件簿】数話で完結する短編集

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光と影(5)

 オペラの初演、その会場には沢山の貴族に加え、新聞や雑誌の記者も大勢訪れている。


 劇場のエントランスホールに向け、階段には赤絨毯が敷かれ、この日はなんと王太子とその婚約者も来場。国中の注目が集まる中、私はレッド侯爵夫人のキモノドレスを着て、アレスにエスコートされ、まさにレッドカーペットを歩いた。


 こんなにも大勢に注目されるのは……。


 もし父親殺しの毒殺犯として処刑される悪女になっていたら、今とは真逆の憎悪のこもった目で、同じぐらい注目されていたかもしれない。


(そう思うと人生の命運は紙一重に思えてしまう。一歩間違えていたら、私は……)


 そんな気持ちになってしまうのは、ある真実に私が気がついてしまったからだ。


 キモノドレス・コレクション。


 レッド侯爵夫人の肝入りで、オペラの新作上演に合わせ、社交界にお披露目される。


 そのデザイナーとしてこれから注目を集めるはずだったナツオ・アツキ。彼は志半ばで何者かに毒を盛られ、若くして命を落とすことになる。


 そう思われていたが、真相は……他殺などではなかったのだ。


 事件が起きたその日、ナツオはシチューを作った。

 レッド侯爵夫人から差し入れがあると聞いていたはずだが、それを忘れていたのだ。


 貴族が作るシチューと言えば、牛シチューが定番であるが、鹿肉や羊肉のシチューも好んで作られた。その一方で、平民が作るシチューは安い肉や切れ端肉で作るようなものが多い。そしてナツオは東方出身であり、作るシチューは西洋風のものとは一味違うものだった。


 ナツオが作るシチュー。シチューという言い方をしているが、前世で言うならフォーと呼ばれる麺のスープに近いものだった。牛骨や鶏骨をグツグツと煮込み、しっかりと出汁をとる。そこへシナモン、スターアニス、クローブなどスパイスで香りづけをしたスープだ。


 本来、シナモン、スターアニス、クローブなどのスパイスは高級品であり、貴族の食卓で楽しまれるもの。いくらナツオがレッド侯爵夫人の肝いりでデザイナーをしていても、そう手に入れられるスパイスではない。だがナツオは東方出身であり、数少ない異邦人のコミュニティの中で顔が利いた。つまり通常では入手が難しく高額なスパイスも、お手軽価格で手に入れることができたのだ。それもあり、ナツオはスパイス香るシチューを作ったのだが……。


 スターアニスにそっくりな植物がある。それはシキミと言われ、その実は乾燥するとスターアニスによく似ていた。本物と一緒に混ざってしまえば、見分けは……つきにくい。香りに違いはあるが、スターアニスの甘い香りの方が優勢。一緒に保管していたら、匂いでの識別はまず難しい。しかもこのシキミ。スターアニスと違い、食用利用は厳禁だった。なぜならシキミは……毒を持つからだ。


 根、茎、葉、花……つまりは全体に有毒成分が含まれており、誤って摂取すると大変な事態が起きる。


 その症状としては胃痛、下痢、嘔吐。意識障害、痙攣、そして最悪の場合は……死に至ってしまう。解毒剤はなく、対処療法で治すしかない。


 今回、ナツオは痙攣を起こし、気分の悪さを訴え、意識を失い、嘔吐して吐瀉物を喉に詰まらせ死亡している。これは間違いなく、シキミが原因のはず。


 そう、ロバーツが厨房で見つけたスターアニス……それはスターアニスではなく、シキミだった。王立アカデミーの研究所で確認し、スターアニスではない、と判定された。ではそれが何であるか……研究所では判明しない。なぜならシキミはこの国で自生していないからだ。


 ただ、司法解剖されたナツオの胃袋からは、スターアニスではないが、似た物が発見されている。喉に詰まった吐瀉物にも含まれていた。ナツオは、スターアニスだと思ったシキミをシチューに投入しただけではなく、しっかり食べていたのだ。


 毒があると言っても、シキミの毒は即効性があるわけではない。じわじわとナツオの体を蝕み、昼食から数時間経ってから、牙を剥いた。気分の悪さから始まり、胃痛と嘔吐、痙攣が起き、意識も朦朧とし、最後は吐瀉物が喉に詰まったことによる窒息死。


 つまりナツオの死は他殺ではなく、不幸な事故だった。


 確かに急な成功を妬む者。レッド侯爵夫人の肝いりということで、その死を願う者はいたかもしれない。そういった輩の悪意をナツオは感じていたのかもしれなかった。でも誰も手出しはしていない。


 ナツオはいつか誰かに殺される……と日記に綴っていたため、他殺が濃厚と思ってしまったが……そうではなかったわけだ。


 もしスターアニスとシキミ、産地をきっちり管理していれば、混入することはなかったはず。だがそもそもの見分けがつきにくく、乾燥した状態では大変そっくり。特にこの大陸では、シキミを見たことがある人間は少ないと思う。


(私は前世でたまたまシキミを見たことがあり、毒があることも聞いていた。今回確認した際、香りはほとんどわからない状態だった。でも袋果の先端が尖っていることから、スターアニスとは違うと、ピンと来ることが出来たのだ)


 管理も厳密ではなく、シキミを知らない人間も多い中、起きてしまった事故。もしこの事故が起きなければナツオは今日、キモノドレス・コレクションのデザイナーとしてその名が広く記憶されただろうに……。


(運命の分かれ道はどこにあったのか。今となってはわからない。人生の命運はやっぱり紙一重だわ……)


 ◇


 オペラ『ポンパドール夫人』の初演が無事、始まった。


 王太子とその婚約者も劇場を訪れ、そこでキモノドレスを披露したレッド侯爵夫人とマルティウス伯爵令嬢は間違いなく、注目を集めた。取材に来ていた記者の半分はそのままオペラを観劇し、残りは社に戻って行く。歩きながら記者たちは「王太子とその婚約者も目玉記事だけど、キモノドレス・コレクションも注目だぞ」と話している。それを聞いた私は……笑いが止まらない。


 キモノドレスは間違いなく、この国で大流行する。……この国だけではなく、隣国でも、この大陸全体で人気となるはずよ。そしてその人気と共に人々の記憶に残るのはナツオ・アツキではない。フユナ・アツキの名だ。


 これまでずっと。兄の影で生きてきた。私が何か上手くやることが出来ると、その手柄はすべて兄のものになってしまう。キモノドレスもそうだった。


『フユナ。お前がデザインしたとわかれば、足を引っ張る奴が現れる。嫌な思いをするのはフユナだ。これをデザインしたのは俺、ということにすれば、お前は気持ちよく生きていける。わかったな?』


 尤もらしいことを言い、これまで私からいろいろな物を奪った兄にはウンザリしていた。


 兄が光で、私は影。そんな力関係が両親を亡くしてからずっと続いていた。


 そんなある日、転機が訪れる。


 顔見知りの貿易商から「格安でスターアニスが手に入ったから、半値で売るよ。どうだ?」と話が持ち込まれた時点で、私はその包みの中にスターアニスだけではなく、シキミが混ざっていることに気づいた。でも何も言わなかった。シキミに気づかない兄は「貰うよ」と支払いをすませていた。


 それに私がついた嘘は一つだけ。「今日はレッド侯爵夫人、パンしか届けられないかもしれないと言っていたわ。お兄様、いつものシチューを作っては?」と提案しただけだ。この言葉を受け、兄はシチューを作り、自らの手でスターアニスと共にシキミを加えた。そしてそのシチューを一人だけ食べ、天に召された――。


 両親を早くに亡くし、兄と二人だけ。二人三脚で生きてきたと信じる人たちは、この不幸な出来事に同情してくれたが……。


 私には安堵しかなかった。もうこれで夜、ベッドに入ってから怯えないで済む。兄の欲望の捌け口にされることもない。


 煌びやかな明かりに包まれたオペラ座に背を向け、私は家路を急いだ。


お読みいただき、ありがとうございます!

そして新年あけまして、おめでとうございます!

2026年もよろしくお願いいたします☆彡

そして本年が読者様にとって読書の実りある一年になりますように~

さて。

事件簿シリーズ「光と影」はこれにて終幕。

ダークなのですが、秘められた事実を思うとこの結末は……。

また思いついたら更新します~

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