光と影(2)
「うん!? 寝惚けているか? それとも夢の中か?」
「ロバーツさん、こんばんは! 夢ではなく、現実です。ここのお店、お料理が美味しいでしょう。コルディア公爵と普通に食事をしに来ました!」
ロバーツが、たいがい机に伏して寝ている居酒屋。
そこは場末の雰囲気満点だが、料理の味は絶品だった。それを知ってからは、ちょいちょいアレスと一緒に足を運んでいる。
そしてそれはたまたまタイミングが合わなかったのだろう。
ロバーツが本気で泥酔していたり、任務中なのか、その姿がなかったり。この居酒屋でロバーツ、アレス、私とで顔を合わす機会はそうはなかった。よってロバーツはアレスと私の姿を見て、自分が寝惚けているか、夢を見ていると思ったようだ。
「……驚いたな。公爵と伯爵令嬢がこんな店で食事、だなんて」
「おい、ロバーツ、こんな店、とは失敬な!」
チャコールグレーのスーツ姿のロバーツの頭を店主がはたき、そして出来立てアツアツのアヒージョを置いて去って行く。
「このアヒージョはこのパンをつけると最高です」と、濃紺のセットアップ姿のアレスは嬉しそうにパンをちぎる。「エビがぷりぷりで最高ですよね。ロバーツさんもどうぞ」とカナリア色のドレス姿の私。「お、おう。いいのか?」とロバーツ。
なんだかんだで三人での食事がスタートしたまさにその時。
「ロバーツさん! いた! これ、社からの特別ボーナス! 今から現場に向かいますよ!」
居酒屋に飛び込んできたのは、ブラウンの髪をおさげにした眼鏡の少女。どうやらたんまりお金が入っているらしい巾着袋をゴトッと机に置くと、少女はロバーツの肩をつかむ。
「なんだよ、ナンシー、藪から棒に」
ロバーツはまさにアヒージョのマッシュルームを頬張ろうとしていたので、大変不機嫌に問い返す。だが少女は……ナンシーは動じることなく答える。
「あのレッド侯爵夫人の肝入りのデザイナーが殺害されたらしいんです」
これにはアレスと私も「!」となってしまう。
ロバーツも殺しが発生したとなると、その顔に緊張感が走る。
「ナンシー、詳しいことを教えろ!」
髪はぼさぼさ、パンくずが頬についているロバーツだが、キリッとすると実に男前。
「馬車は停めてあります。詳しい話は馬車の中で!」
ナンシーはそう言うと「おじさん、お会計!」と叫んだ。
◇
レッド侯爵夫人のキモノドレス・コレクション。
そのドレスのデザインを担当しているのが、ナツオ・アキツという中世的な男性だった。
中世的な男性……つまりは前世風で言うなら、女装好きの男性で、東方出身。妹のフユナ・アキツと共にレッド侯爵夫人に雇われ、王都に洋裁工房兼自宅を与えられ、そこで兄妹で生活をしていた。
「ナツオさんがデザインしたドレスを、裁縫が得意なフユナさんが形にしていました。レッド侯爵夫人はナツオさんがデザインしたドレスを着ているフユナさんを見初め、キモノドレス・コレクションの立ち上げを決めたそうです」
馬車の中でテキパキと事件について語るナンシー。見た目は少女のようだが、ロバーツによると御年二十八歳のアラサーだった。童顔でとても若く見えた。
ちなみにアレスと私はロバーツの計らいで、馬車に同乗することになった。ひとまず、アレスも私もレッド侯爵夫人とは顔見知りであるとロバーツも知っていたので、気を使ってくれた形だ。
「それで、殺害されたのはそのナツオ・アツキの方なのか?」
ロバーツに尋ねられ、ナンシーは「はい、そうです!」と応じ、続ける。
「今日も朝からナツオさんとフユナさんはレッド侯爵夫人のキモノドレス・コレクションの準備に追われていたそうです。なんでも来週のオペラの初演の場に、このキモノドレス・コレクションを着た有名人が登場。その翌日から店頭発売となるそうで、お店に飾るサンプル・ドレスの製作に追われていたと聞いています」
そこで私は自己申告することになる。「実はその有名人とは私です」と。
「なんと! キモノドレス・コレクションのモデルが……マルティウス伯爵令嬢だったのですね! 独占コメントをください!」
前のめりのナンシーにとりあえずコメントとして「事件に驚いている」と伝えることになる。
(それ以上はレッド侯爵夫人の意向を聞かないと、余計なことは言えないわ)
ナンシーは物足りないようだったが、ロバーツが「マルティウス伯爵令嬢に迷惑をかけるのは許さん!」とピシャリ。これにはナンシーは「はーい」と応じ、ナツオ殺害事件に話を戻す。
「洋裁工房にはお針子さんたちも来ているのですが、仕事は日没前に終わります。彼女たちが帰ろうとした時、突然、ナツオさんの様子がおかしくなったというのです」
「おかしくなった、どんなふうに?」
ロバーツに尋ねられ、ナンシーはメモ帳をめくる。
「午後の作業中、ナツオさんは『食べ過ぎた。胃がむかむかする』というようなことを言っていたそうです。そして夕方、突然、痙攣したと思ったら、『気持ち悪い』とそのまま倒れ……。倒れる際、嘔吐していたようで、吐瀉物を喉に詰まらせ……亡くなりました」
「その状況で殺害された……というからには何か証拠が出たのか? 事故の可能性もあるだろうに」
ナンシーにロバーツが疑問を提起したが、確かにその通り。その状況だけだと、事件とも事故とも考えられる。
「そこなんですが、すぐに王都警備隊が駆けつけ、事件なのか。事故なのか。捜索が始まったのですが……ナツオさんの日記が発見されました」
「日記……何が書かれていたんだ、ナンシー?」
「日記には『命を狙われている気がする。自分が命を落とすことがあれば、それは事故ではなく、事件だ。他殺を疑って欲しい』と書かれていたそうです。つまり身の危険を感じていた。そこから毒を盛られた可能性が浮上したのです」
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