光と影(1)
「マルティウス伯爵令嬢! お久しぶりね。元気にしていたかしら?」
「レッド侯爵夫人、こちらこそ、ご無沙汰しております!」
ある冬の日の昼下がり。
父親のビジネスパートナーでもあるレッド侯爵夫人に「お茶でもしましょう、マルティウス伯爵令嬢」と手紙を受け取った。
レッド侯爵夫人。
最初は父親を毒殺したかもしれない犯人の候補として出会うことになった。だが実際に会い、会話をすると、豪胆でサバサバした男前な性格。
しかも父親を商売敵と思った時期もあったが、敵対するより手を組むことを思いついたレッド侯爵夫人は、頭のいい女性でもある。そんな夫人との会話はとても楽しく、こうやって会えるのが嬉しくてならない。
「さあ、座ってちょうだい。今日はね、二人だけだから、緊張する必要はないわよ」
そう言って笑うレッド侯爵夫人は、名前を体現したかのような、見事な赤毛にルビー色のデイドレス。大粒のパールーのイヤリングとネックレスをつけ、その姿はやはり女王様の貫禄。
「これ、見てちょうだい」
「これは……!」
レッド侯爵夫人が指をパチンと鳴らし、メイドが運んできたティーセット。ガラス製のティーポットの中には琥珀色のお茶、そして菊のような花が咲いている。
(これは……工芸茶だわ!)
工芸茶は前世にもあったが、確か二十世紀に誕生したもの。それがこの世界にあるのは……。
(ふふ。小説の世界だからだわ! どこか中世風だけど、近世風でもあり、だから工芸茶も。あ、でも、もしかすると工芸茶として確立されたのは二十世紀だけど、その原型はもっと前の時代にあったのかもしれないわね)
私がそんなことを思っていると、レッド侯爵夫人はこんな話を始める。
「これはね、花茶って言うのよ。私の商会と交易している東方の茶葉専門店が最近、売り出したの。まだこの国では見かけたことがないでしょう? 紅茶の市場はすっかりサファイアティーに席巻されてしまったから……。私はこの花茶で勝負しようと思うの」
「なるほど。素敵だと思います! これは貴族令嬢が飛びつくかと!」
「ふふ。でもね、これをただ売るのではつまらないと思ったの。サファイアティーとコラボしようと思って」
「それはつまり……」
「碧いお茶の中に白い花が咲き誇る。最高じゃない?」
「最高だと思います……!」
最初はこんな感じで花茶とサファイアティーのコラボについて話していた。
用意されているセイボリーもスイーツも美味しく、花茶も美しい。話は弾み、レッド侯爵夫人はこんなことまで打ち明けてくれた。
「実はね、東方のキモノの生地を使ったドレスのコレクションを始めようと思っているのよ」
「! それはいいと思います!」
「試作品は出来ているわ」
そこでレッド侯爵夫人がパン、パンと手を叩くと、バトラーがトルソーを運んできた。そのトルソーに着せられているドレスは……。
赤のドレス生地に、金糸で模様が描かれた着物生地があしらわれ、実にゴージャス! まさにレッド侯爵夫人にピッタリな一着だ。そしてもう一つは光沢のある黒のイブニングドレスに、ピンクや赤の芍薬や牡丹が散りばめられた着物生地がアレンジされたもので、こちらは大変華やか!
「どうかしら、マルティウス伯爵令嬢?」
「とても美しいです……!」
「これをね、マルティウス伯爵令嬢に着ていただきたいの」
「つまりそれは……」
「このドレスは私。これはマルティウス伯爵令嬢。二人でこのキモノとコラボしたドレスの広告塔になるの。若いレディもマダムも楽しめるドレスとしてアピールしたいのよ。協力してくれるかしら?」
レッド侯爵夫人がヘーゼル色の瞳を輝かせて私に尋ねる。聞かれた私はビックリだが、この言葉で心は決まった。
「シーズンごとの新作のキモノドレスは全てマルティウス伯爵令嬢にプレゼントするわ。報酬も用意するから、一緒にキモノドレスを社交界で広めましょう」
前世は日本人だったのだ。キモノ生地をアレンジしたドレス、ぜひ着たいと思った。報酬よりも何よりも純粋な興味と懐かしい気持ちで応じることになる。
「はい! ぜひ協力させてください!」
◇
協力を快諾した後は、トルソーに飾られているドレスを試着して、サイズ調整だった。ウエスト周り、スカートの丈など、私に合うよう調整してもらうことになった。
「今度、オペラの新作『ポンパドール夫人』が初上演されるでしょう?」
「はい。今、王都で一番注目されているオペラです。チケットは争奪戦ですね」
「チケットはおさえてあるわ。そこにこのドレスを着て行きましょう」
この時期、舞踏会も行われているが、オペラの公演も増えている。その中で新作、しかも初上演というのはとても注目を集めるもの。そこへキモノドレスという珍しさ満点の衣装で向かえば――。
間違いなく注目を集める。
しかもあのレッド侯爵夫人なのだ。
新聞記者たちも喜んで記事にするだろう。
キモノドレスは間違いなく注目を浴びる――そう思っていたら……。
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『悪役令嬢に転生したらお父様が過保護だった件
~辺境伯のお父様は娘が心配です~』
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本作のお祝い&読者様への感謝更新を行いました!
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