10:絞り込まれた人物
私の乾杯を合図に、ビールを飲み干したロバーツは、ちゃんと話を聞いてくれた。そして私の父親に恨みを持ちそうな人物、かつ実際に手を動かしそうな人間を絞り込んでくれたのだ。
その結果、初めて会った日から三日後。あの場末の昼間からやっている居酒屋に行くと……。
きちんと揃えられたブルネットの髪。無精ひげはなく、眉の形も整っていた。明るいグラス色(草色)のセットアップを着たロバーツが、私を待ち受けている。
その姿はあまりにもパリッとしていて、私はその人物が最初ロバーツであると分からなかったぐらいだ。
「あ、ロバーツさん、ビール頼みます?」
「いや、いい。レモンソーダを注文しておいた」
(酒好きで女好きと聞いていたロバーツが、ビールではなくレモンソーダ!?)
とっても驚いたが、その理由はこの後の説明を聞いて行くと、腹落ちとなる。
「君のお父さんを目の上のたん瘤と思い、排除したいと考える人物。かつ実際に動きそうな人間は、この三人だ」
そう言うとロバーツは、ブリーフケースから数枚の書類を取り出した。
「マーク・デン・パウエル。この国で最初にコーヒー豆の取引をスタートさせ、売り始めた男爵だ。だがこの男は、自身の利益追求を優先し、とても高価格で販売をしていた。対して君のお父さんは、より多くの人がコーヒーを飲めることを優先した。適正利益で、常識的な価格で売り出すようにしたわけだ」
そこでレモンソーダが届き、乾杯をすると、ロバーツが会話を再開する。
「貴族というのは何でもかんでも金に糸目を付けないわけではない。コーヒー自体は珍しいし、その独特の味わいは嗜好品だ。しかしブランデーやワインのように、大枚を払うことにまだためらいがある。そんな貴族にとって、君のお父さんが売るコーヒーは手を伸ばしやすい価格だった。しかもきちんとした焙煎を行い、飲み方の説明書をつけることで、正しい味わい方を学ぶこともできる。パウエル男爵のコーヒー豆は、市場でのシェアを急速に減らし、彼は大きな打撃をこうむることになった」
「なるほど。まさにお父様が商売敵であり、排除したいと」
「そうだ。パウエルは裏社会ともつながりがあると言われている。やろうと思えばそちらのつてを動かし、君の父上に手を出すかもしれない」
ロバーツ男爵は怨恨と商売敵の両方の線から、父親を消したいと思っている人物であることが分かった。
「もう一人が王都でもかなり有名なレッド侯爵夫人だ。このレッドという名は、本当にこの家門のファミリーネーム。だが同時に夫人が唐辛子の貿易会社も有しており、そちらで成功を収めていることからも、まさにレッド侯爵夫人として有名だ」
確かにその名は度々、新聞に登場していた。社交界でも話題の夫人だ。
「スパイスは君のお父さんも扱っており、産地はいくつかある。そのうちの一つ、ベラクとの独占契約を巡り、レッド侯爵夫人と君の父上は競っていた。最終的にレッド侯爵夫人より好条件を提示し、君の父上がベラクとの独占契約を結んだ」
再びレモンソーダを飲み、ロバーツは話を続ける。
「これまでレッド侯爵夫人は、自身が取引を持ち掛けた産地とは、契約を必ず結ぶことが出来ていた。よってお断りされたのは、これが初めてのことだった。それはきっと屈辱的だっただろう。しかも競い負けたのは、侯爵家からすると格下の伯爵家。恥をかかされたと思っている可能性もある。実際、舞踏会でレッド侯爵夫人は君の父上のことを『伯爵家の分際で生意気な』と悔しがり、歯ぎしりをしていたとか」
「貴族は名誉のために決闘もしますからね」
「その通り。自分に恥をかかせた相手として、レッド侯爵夫人が君の父上を恨んでいる可能性は高い。それに君の父上が亡くなれば、契約は一旦、白紙撤回になる。そこでレッド侯爵夫人が動けば、ベラクは彼女のものになるだろう」
ベラクでとれる赤唐辛子は質が良いことで有名。ベラク産赤唐辛子となるだけで、価格が倍以上になるという。いわゆるブランドとして確立しているベラクを手中に収める。また名誉を汚した相手を屠るために。密かに父親を消すため、レッド侯爵夫人が毒殺を謀る可能性は……大いにありうる気がした。
「そして最後の一人がアレス・ウル・コルディア公爵だ」
お読みいただきありがとうございます!
本日もよろしくお願いいたします☆彡
次話は12時半頃公開予定です~