1:始まり
「私はお父様を殺してなどいません!」
狭い牢屋に私の声が響く。
「最後まで悪あがきをするのね。実の娘と同じように可愛がってあげたのに。本当に。恐ろしい子だわ。あの人も実の娘に殺されたなんて……絶望しながら亡くなったのでしょうね」
継母のアマリア・マルティウスは、ハンカチで目元を拭う。
「お義姉様、私、今もまだ信じられませんわ。お義姉様が実の父親を……お父様を毒殺したなんて……!」
義理の妹ヴィオレット・マルティウスは、涙目で私を見ていた。
「お願い! 二人とも信じて! 私は」
そこでゴーン、ゴーン、ゴーンと鐘の音が鳴り響く。
「よし。では刑の執行を行う。罪人を広場まで連れて行け」
「いやです! 私は広場へは行きません! これは冤罪です!」
「広場へ行きたくない。そうか。ならばここで処刑されるか?」
私を広場へ連行するためにやってきた兵士が腰に帯びている剣を抜いた。鋭い剣先を目の前に突き付けられると、恐怖で身がすくむ。死刑が確定しており、この先に待つのは死のみ、なのに。それでも剣を見て恐怖を感じ、生を渇望する。
「よし。両手を縛り、足枷をつけろ。もし暴れたら、服を脱がせてしまえ」
これからこの牢屋から広場まで、見せしめのために歩かされる。
(それを裸で……なんて!)
私は十六歳で未婚の身。この体を誰かにさらしたことなどない。
(全裸で人前に出るなんて! 伯爵令嬢として絶対にできない!)
そこでよぎる想いはただひとつ。
(どうして……どうして! 私はお父様を殺していないのに! なぜ使用人は嘘をついたの⁉ どうして私の部屋から、毒薬の入った瓶が発見されたの……⁉)
「ほら。準備はできた。お前さんの花道だ。とっとと歩け!」
兵士に追い立てられ、牢屋を出た。
裸足で湿った石造りの廊下を進み、階段を上って行く。そうやって建物から外へ出ると、一週間ぶりに見る空は、晴れ晴れとしている。
「あっ……」
幸運を運ぶと言われているツバメの姿が見えた。
でも私に舞い込むのは幸運とはかけ離れたもの。
これから私は――。
そこで息が止まるような痛みを背中に感じる。
カラン、コロンと足元を転がる石を見て、それが背中に当たったのだと気付く。
「これが実の父親を殺した、悪女だ!」
「なんて恐ろしい! 可愛い顔の下は、悪魔だったんだね」
「きゃあっ」
見せしめにされている私に向け、沿道にいる人々からいろいろな物が投げつけられる。
石、卵、靴、木の枝……それだけではない。言葉にすることが憚られる物まで投げつけられた。
「ほら、立ち止まるな。早く歩け。執行時間に遅れる。それともここで服を引き裂くか?」
(私は無実よ。親殺しの悪女などではないわ!)
胸を張りたいと思ったが無理だった。あちこちに痛みを感じ、血が流れ出ている。とても凛とすることなどできない。
足を引きずるようにして、広場に用意された死に舞台へ上がると、司祭の前で跪くことになった。そこで貰えるのは救済の言葉ではない。
「肉親を毒殺した罪はとても重いものです。残念ですがあなたの魂は、地獄の業火で焼かれ続けることになるでしょう。そこに救いはありません」
絶望的な言葉を告げられ、遂に心が折れる。
虚ろな瞳に映ったのは――。
最前列で処刑を見守る継母と義理の妹。
継母は既に私を犯人だと信じているようで、冷ややかな目で私を見ていた。妹の方は、ポロポロこぼれる落ちる涙をハンカチで押さえている。
(まだ私の無実を信じてくれているの……?)
そんな二人のそばには、とても身なりのいい美しい青年がいるが……。紺碧色の美しい瞳には憎悪が宿っていた。
(見知らぬ相手から、あんな憎しみを込められた目で見られるなんて)
「では午前十一時ちょうど。実の父親であり、伯爵であるノニス・ノヴァ・マルティウス氏を毒殺した罪で、マルティウス氏の長女であるティナ・ラニア・マルティウスの死刑を執行する」
ピーッ、ピーッ、ピーッ!
機械音に慌ててボタンを押し、音を止める。
免許の更新手続きのため、有休をとっていた。運転免許センターに行った帰り道に立ち寄ったのは、ショッピングモールのフードコートだ。
私は遅い昼食をとろうとしているところだった。そして呼び出しベルが鳴るまで、私はスマホで、断罪から始まる悪女の回帰物語を読んでいた。
冒頭を読み終わったところでベルが鳴り、私は椅子から立ち上がった。
その瞬間。
まるで船に乗っているかのように、世界が大きく揺れた感じがする。
「えっ」という声は音として発することができたのか。突然、視界が真っ暗になり、そして――。
お読みいただきありがとうございます!
完結まで執筆済。
最後まで、物語をお楽しみくださいませ☆彡
次話は12時半頃に公開予定です。
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