旅の終わりと始まり
始まりがあれば終わりもある。これは世の理として常にあるものであり、旅においても例外ではない。旅の終わりと言ってもその終わり方はさまざまである。
宝探しの旅ではお宝を見つけたら、人探しの旅では探し人を見つけたら、魔王討伐の旅では魔王を討伐したら、目的のある旅ではその目的を達成してしまったら旅は終わりを迎えてしまう。
では、目的のない当てのない旅の終わりとは?それは死を迎えることだ。死ぬことがない俺からするとこの死は他人を指している。
そして今、俺のこの世界での旅がもうすぐ終わりを告げようとしている。愛する人の死によって。
「お父さん!お医者さんの話だと体力的にも今日が乗り切れるかどうかって・・・・」
そう言いながら部屋に入ってきたのはこの世界でできた娘と息子、エルゼとルイス。2人は既に自立しており王都で仕事をしているが母親の死が近いということで急遽実家に帰ってきたのだ。
「そうか・・・・」
彼女の死が近いことはもちろん分かっていたし、今日が峠というのも前からわかっていた。生命力それを見れば人がどのくらい生きられるかがわかる。俺が見る情報に嘘偽りは通じないが今回ばかりは嘘であるといってほしかった。でも、第三者からも現実を突きつけられてしまうとこれが現実なのだと改めて理解させられる。
「俺たちはもう母さんと話してきたからさ」
「いいのか?もしかしたらこれで最後になるかもしれないんだぞ?」
「姉さんとも話したけど最後は二人でいさせてあげようって」
「わかった。俺も行ってくるよ、エルゼ、ルイス」
そう言って、彼女の部屋がある2階へ俺は階段を上っていく。
俺は神として数えるのが嫌になるくらいの年数を生きてきた。こうも長いこと生きていると人が死ぬ瞬間には嫌というほど直面しているわけだがいまだに慣れない。特に大切な人の死には。
こうも辛い思いをするならば、もう何度も死というものに慣れたいと思った。感情というものを殺せば辛いなんて感じないだろう。でもそうしてしまったら辛いことや悲しいことはなくなるかもしれないが同時に恋することも喜ぶこともなくなってしまう。永遠を生きる俺にとってはそれこそが死ぬことと同義であると思ってるからこそこの悲しみに耐えて向き合わなくてはいけない。
正直なところ神である以上理を捻じ曲げることはできる。その人の寿命を長めたり、人の時間を止めたり、死んでから生き返らせることも俺にはできる。でも、それをしてしまっては彼女は人間ではあっても人間ではなくなってしまう。彼女には人として生き人として最後を迎えて欲しいと他ならぬ俺自身がそう望んでいるんだ。
彼女がいる部屋の目の前に着いたが、ノックをするのにためらってしまう。日に日に弱っていく彼女を見ていつか来てしまう日が今日来るそう思うとこの現実に向き合うと決めていてもどうしてもしり込みしてしまう。
「入ってきていいですよ」
彼女の一言がためらっていた俺の背中を一押ししてくれた。
「なんで俺がいるってわかったんだ?」
そう言いながら扉を開けて入る。部屋に入ると年老いた女性がベットの上で体を起こしていた。
「もう70年近く一緒にいるのよ。あなたの気配くらい分かるわ」
「それで体調はどうだ?ルミア」
「ええ、なんだか気分がいいわ」
この世界で永遠を誓い合った妻、ルミアはそう微笑んで答えた。
「体起こしてて大丈夫なのか?寝てた方がいいんじゃないか。少しでも体を休めてた方が」
てっきり寝ているのかを思ったらベットに入るものの起き上がっていたのだ。ただでさえ、ルミアの生命力はもう消えかかっているのにここで体力を使っては死がさらに近くなってしまう。
「ふふ、あなたは心配性ね。私の体については自分がよく分かってる。明日を迎えることはできないってことも」
「だったら!」
彼女の口からも告げられてしまった現実に声を荒げてしまった。
「でもね、最後くらいはレイと向き合って話したかったの。最後のわがままだと思って許して」
「・・・・そんなことを言われたら断れないな」
俺はベットの横にある椅子に腰かけた。
「時の流れは速いものね。私もすっかり年を取って、あんなに小さかったエルゼとルイスがもう家庭を持ってるんですもの。あなたは出会った時から身長から見た目まで変わってないですけど」
「神だからな。それで話せたのか?」
「ええ、寝た状態だったけど2人の顔も見れてよかったわ。さっきまでは起き上がる体力なんてなかったはずなのにあなたが来るって感じたら急に体力が回復してきたの。これも神様であるあなたのおかげかしらね」
「そうかもな」
体力の回復なんて俺はしていない。そもそもできないのだ。寿命による死期は簡単に言えば体力の最大値が減少しているようなものいくら回復したところで最大値が減っているため意味がないのだ。結局のところルミアが起き上がれているのは残り少ない体力の前借でしかない。
「窓、開けてもらっていいかしら」
「分かった」
彼女に言われた通り部屋の窓を開ける。今の季節は春で窓を開ければ温かく心地よい風が入ってくる。
「この感じ懐かしいわね。あなたと出会ったのもこの時期でしたものね」
「そうだな。丁度風が心地いい時期だった」
「本当に懐かしいわね。人生の最後だもの私たちの旅、振り返りましょ。とはいっても実際に旅をしたのは1年くらいでしたが」
「そうだな。なんだか懐かしくなってきた。時期も同じだし出会いから話すか」
♢♢♢♢
転位した後、目の前に広がっているのは真っ青のそらと広がる草原。目の前に広がる風景には草原だけが広がっており人によっては寂しく感じる人もいるかもしれないがこれはこれで風が心地よくていい。時期は春といったところか。
「ここが、俺の旅の始まりの世界か。旅の門出としては悪くない世界だな。どうやら人類も発展して存在してるみたいだから丁度いい」
早速だが、この世界についてわかったことがいくつかある。まず人間の数がある程度いることから人類が発展した世界であると分かった。次にこの世界には魔力、マナ世界によって呼び方は異なるがそれに通ずるものが大気を循環している。最後に大気にこれらの力が流れているということは魔物も存在する。魔力などがあっても魔物が存在しない世界もあることにはあるので絶対とは言えないがそんなのは例外中の例外だ。
「ひとまずは始めてくる世界だし、一周でもしてみるか」
まぁまずは人と接触してみるか。今見てみたところこのまま北に向かっていけば馬車道と思われる道がある。馬車道があるということはこの世界は魔法がある代わりに化学はそこまで発展していないようだ。
そこまで転位してしまえば一瞬でつくのは事実だがせっかくの旅で転位魔法を使うのはもったいないので徒歩でそこまで向かうことにする。
歩いている途中に何か生き物に遭遇するということもなくただただ草原が広がっており聞こえてくるのは風の音と俺の足音だけであった。
そして歩くこと1時間弱、ついに道が見えてきた。そして運がいいのか右側から馬車が向かってきている。
「おーい!」
手を振りながらそう叫ぶ。最初は気づいていなかったがこちらに近づくにつれて向こうも気が付いたみたいで手を振ってくれる。
そして徐々にスピードを落として俺の前で馬車が止まった。
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
馬車に座っている女の子がそう話しかけてきてくれた。
「ちょっと旅をしてるんだけどここら辺のことを少し教えて欲しいんだ」
「ここら辺ですか?向こうに都市リバルがありますけどそこから来たんじゃないんですか?」
彼女は今自分が来た方向を指しながらそう言う。
「ああ、実はこの草原を歩いてきたんだよ」
歩いたと言っても2〜3キロくらいだがな。
「ええーー!!どこから歩いてきたかは知らないですけどこの草原歩いてきたんですか!?」
予想外に驚かれてしまったので少し困惑している。別におかしなことを言ったつもりはないのだが。
「歩いてきたけどなんか変だった?」
「この草原かなり広いので歩こうとする人なんてまずいないですよ!あ、もしかして旅でもしてるんですか?」
たった数キロ歩いただけなので気づかなかったがこの草原そこまで広かったとはな。
「そうだね。いろいろなところを回っているんだ」
ただ規模が世界単位だけど。
「あ~それなら納得ですね」
「それで向こう側に都市があるんだね」
「はい!あ、でもこの距離だと都市に行くよりも私の村の方が近いんですよね。もしよければ私の村に来ますか?」
「いいの?」
「いいですよ。何もない村ですがそれでも良ければ」
「助かるよ。まだ今日の寝床決まってなかったから」
「そうだったんですね。それじゃ行きましょ。今馬車の中には荷物が詰め込んであるので私の横に乗ってもらっていいですか?」
「わかった」
言われた通りに彼女の横に腰掛ける。
「あ、そう言えばまだ名前聞いてなかったですね。私はルミアって言います」
「俺は・・・・レイ。よろしくルミア」
名前かここしばらく名前なんて使ってなかったな。俺の部下たちは名前で呼んでくれる人もいるが少数だ。大体は究極神そう呼ばれている。所謂個体名ってやつだ。いつからこの名称が定着したかなんて覚えていないが気が付いたらこう呼ばれるようになっていた。
「レイさんですね。こちらこそよろしくお願いします」
「レイでいいよ。年も近いだろうし」
年が近いって言ってもあくまで見た目だ。実年齢だと俺の方が圧倒的に年上だからな。
「わかった。よろしくねレイ!」
これがルミアとの出会いでありこの世界での俺のすべての始まりだった。
良ければ評価お願いします。モチベーションに大きく関わるので。