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9.サプライズ発表

すべての料理を作り終えてメーガンの家に向かうと、既にたくさんの人たちが集まっていた。それぞれが持ち寄った料理が所狭しとテーブルの上に並べられている。


テレビではすでにセレモニーが生中継されており、飲み物と食事を楽しみながら、皆がそれを見ていた。


「見て、アンジェラ・ブラントよ!」


美しく着飾ったアンジェラがテレビに映し出された。


新年祭の開催宣言はその年に最も活躍した著名人に任されると決まっている。毎年、誰が宣言をするのかと注目が集まるのだが、今年は見事、アンジェラがその役を勝ち取ったようだ。


フレデリックがここにいるのは、開催宣言に選ばれたアンジェラと新年祭を過ごせなかったからだろう。

横に座る彼にちらりと視線を向けたが悲観的な様子はなく、穏やかな表情でテレビに映るアンジェラを見つめている。恋人であり、来年には妻になる彼女の活躍を誇らしく思っているのなら、彼の未来を気遣う必要はなさそうだ。



『開催宣言という大役を仰せつかりましたアンジェラ・ブラントです、この場に立てたことを誇りに思います。

いつもわたしを支えてくれている大勢のスタッフ、家族、それに』


アンジェラは幸せと愛情に満ち溢れた表情でカメラを見据えて言葉を続けた。


『それに愛する人に、心から感謝をします。ありがとう』


アンジェラの告白を受けてひとりの男性が彼女に歩み寄り、彼女を抱きしめると口づけをし、アンジェラもそれを迷いなく受け取っている。


「なんてこと、アンジェラ・ブラントは彼と結婚するのね!」


本当になんてこと(・・・・・)だ!アンジェラはフレデリックを選んだのだと思っていたのに。


周囲も突然の発表に驚いている。


「あの男はいったい誰なんだろう?」


それにはシーナが答えた。


「彼はたぶん映画監督よ、アンジェラは数年前に彼の作品に出ているわ」


シーナは以前、彼のサインの入った台本をアンジェラからもらった。そのときのアンジェラには別段変わった様子はなく、監督のこともなにも言ってはいなかった。

その彼と結婚するなんて、シーナも驚いている。


その説明に騒いでいたひとたちは唖然となる。


「随分と詳しいんだね」


ひとりの男性が言い、それに別の女性が言った。


「シーナが彼女のファンだったなんて知らなかったわ」


ファンではない、彼女は姉だ。真実を打ち明けたほうがいいのだろうかと迷っているとさらに別の誰かが言った。


「見て。彼女、とても幸せそうだわ」


幸せをおすそ分けしたい普通の花嫁のようにアンジェラは恋人に、そしてふたりを祝福する為に集まってきた共演者やスタッフたちに笑顔を向けている。


この映像をフレデリックはどう思っているのか。とてもではないが彼のほうを見ることはできない。彼の想いを知るシーナにできるせめてものことは、ただそっとしておくことだけだった。



やがて周囲のひとたちの歓声に押されるようにアンジェラは厳かに開催宣言を口にした。


『新年祭を始めましょう、良い年になりますように』


同時にファンファーレが鳴り響き、テレビの向こうでは大きな花火が上がる。

それに合わせてメーガンの家に集まったひとたちも乾杯の声を上げ、それぞれのパートナーと友人同士の口づけをする。

失恋をしたばかりのフレデリックを気遣い、シーナは彼の頬に触れるだけの口づけをした。


「あなたにとって良い年になりますように」

「君に幸せが訪れますように」


フレデリックは穏やかな笑みでシーナがしたように頬への口づけをした。







夜通し続いたパーティーも日の出と共に解散となる。


「楽しんでもらえたかしら?」

「えぇ、とても」


メーガンはシーナとその隣に立つフレデリックのふたりを眺めて、


「良い年になりますように」


と言って笑顔を向けた。


「ありがとうございます」

「メーガンさんも」


ふたりは口々に礼を言ってメーガンの家を出た。





シーナのフラットはメーガンの家から公園をはさんで反対側だ、それを横切る為にふたりは朝もやに煙る小道を歩いた。


「アンジェラの結婚式には君も出るんだろう?」


唐突にフレデリックからそう聞かれたシーナはなんでもない顔をして言った。


「そうね、たぶん招待はしてもらえると思うから」

「僕が君のエスコート役に立候補してもいいかな?」


その発言に驚いて思わずフレデリックを見ると、彼は先ほど失恋が確定したとは思えないほど穏やかな笑顔を見せていて、もう気持ちの整理をつけたかのように見えた。

せめてもの思い出にと彼女のウェディングドレス姿を見たいのかもしれない。そう考えたシーナは彼の申し出を承知することにした。


「そうね、お願いします」









半年後、予定通り、アンジェラの結婚式が行われた。



この半年というもの、アンジェラがテレビに出ない日はなかった。


あの電撃的な婚約発表のすぐ後という絶妙のタイミングで、映画は公開の初日を迎えた。その勢いは凄まじく、興行収入の記録は今も塗り替えられ続けているらしい。

大ヒット作となった映画の主演女優であり、結婚を発表したアンジェラはまさに時の人となり、文字通りの引っ張りだこであった。

その為、シーナへの連絡はほとんどなく、それはフレデリックも彼女に会えないことを意味していた。


フレデリックは頻繁にシーナをプライベートな外出に誘ってきたが、多忙を極めているアンジェラにそれを強請ることなどできるわけもなく、断るしかなかった。


そんなある日、フレデリックはシーナの叔父に会いたいと言ってきた。そこでシーナは彼がブラント博士を紹介して欲しいと言っていたことを思い出した。


「それならちょうどいいわ、今度、この国で開催される学会に参加するとおっしゃっていたから、都合を聞いてみます」

「レストランは僕が押さえておくよ」

「ありがとう」


それから数日後、シーナとフレデリックはシーナの叔父、ブラント博士と食事を共にした。


「シーナ、元気そうだね」


ブラント博士はシーナを軽く抱きしめ、彼女の元気そうな様子を喜んだ。


「おかげさまでなんとかやってます、お母様はどうしてますか?」

「アンジェラの結婚が近いからな、なにかと忙しそうにしているよ」


それから彼はフレデリックに向き直って言った。


「コナー卿も久しぶりだね」

「その節は突然のお電話を失礼しました」


その会話にシーナは疑問を持った。

フレデリックは叔父を紹介してほしいからとこの会食を求めたはずだ。だが、ふたりはすでに面識があるようで、だとしたらシーナが橋渡しをする必要はなかったように思う。


考え込むシーナの隣で男性ふたりは謎の会話をしている。


「首尾はどうだい?」

「なかなか手こずってまして、お力添えを頂けないかとこうして場を設けました」

「そうか。だが、のんびりとした娘だ。ゆるゆると進めるしかなかろうよ」


叔父の言葉にフレデリックは声を上げて笑っている。


「ふたりとも、なんの話です?」


シーナがそう問いかけるとふたりは声を合わせて、


「いいや、なんでも」


と言い、顔を見合わせるとまた笑ったのだった。



会食を終え、シーナは叔父に別れを告げた。


「次に会えるのはアンジェラの結婚式かな?」

「そうなると思うわ」


シーナとのハグを済ませた彼はフレデリックを見た。


「結婚式には君も参加するんだろう?」

「えぇ、彼女からエスコートの許可をもらってますので」


フレデリックはシーナに向けてウィンクをしてみせた。まるでふたりだけの秘密があるような意味深な合図にシーナはさっと目をそらした。

叔父に誤解されては困るのだ。シーナとアンジェラの母親が娘たちの婚期を気にかけていることには気づいている。そしてアンジェラの結婚が決まった今、彼女はきっとシーナの結婚報告を心待ちにしているはずだ。

そんなタイミングで、シーナとフレデリックは親密な関係にあるようだ、などと叔父から聞かされたら、彼女は勘違いしてしまうかもしれない。喜ぶ母に、それは間違いだと説明するのは辛いものがある。


「そうか、では再会を楽しみにしているよ」


叔父はそう言ってタクシーに乗り込み、彼が宿泊するホテルへと帰っていった。


「僕たちも帰ろう」


レストランの駐車場に止めてあったフレデリックの車でふたりも帰路についた。




帰り道、シーナは車が走り出してすぐ、フレデリックに聞いた。


「叔父様とは以前から面識があったんじゃないんですか?随分、親しくしていたわ」


シーナの問いにフレデリックは、うーん、と言って少し考えてから口を開いた。


「きちんとお会いしたのは今夜が初めてだよ。でも僕は彼と以前に会っている、君ともね」


「え、わたし?」


突然、引き合いに出されてシーナは驚きを隠せない。そんな彼女にフレデリックは穏やかな微笑みを向けて言った。


「五年くらい前かな、君の国で展覧会があったろう?その内覧会に僕も参加していたんだ。もっともそのときの僕は男爵として参加していたから、ブラント博士や君と踏み込んだ議論はしなかった。

それでも僕は君と話をした、ちょっとした会話だけれどね」


「あのときは本当に大勢の方とお話をしたから。ごめんなさい、覚えていないわ」


「でも僕は君を覚えていた。それで君がこの国のラボのメンバーになったって聞いて、僕にもラボからの打診が来ていたからプロジェクトへの参加を決めたんだよ」


そう言って微笑んでいるフレデリックの視線に甘いものを感じて、シーナはさっと目をそらして、少し早口で言った。


「そうだったのね、知らなかったわ。あなたみたいな素敵な男性との出会いを忘れていたなんて、女性にあるまじき失敗ね」


「素敵?本当にそう思う?」


「えぇ。きっと十人の女性とすれ違ったら十人とも振り返るわ」


「それは違うな。ひょっとしたら九人は振り返ってくれるかもしれないが、本当に僕を見てほしいただひとりの女性は、決して振り向いてはくれない」


彼の言うただひとりがアンジェラのことだと瞬時に悟ったシーナは、


「ところで来週のミーティングだけれど」


と仕事の話を持ち込むことで車内の雰囲気が暗くなることを避けた。



それからあともフレデリックはなにかにつけてはシーナを外出に誘い、アンジェラとの遭遇を強請ったが、その願いが叶えられることのないままに、アンジェラの結婚式という日を迎えたのだった。

お読みいただきありがとうございます

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