6.コナー家のパーティー
休暇を終え、ラボに戻るとまた忙しい日常が戻ってくる。
結局、あの夜、フレデリックとアンジェラがどうなったのかは聞いていない。姉妹とはいえ、いちいちプライベートなことを報告する必要はないし、さすがに結婚が決まれば連絡がくるだろうと思い、シーナからも何も聞かなかった。
「シーナ」
シーナがミーティングの準備をしているとフレデリックがやってきた。
「少し話があるんだが、時間を取れないか?」
「今からミーティングだから、そのあとなら」
「いや、出来れば」
フレデリックが言いかけたところにメンバーたちがやってくる。
「フレデリック、君の言っていた『破棄された石碑』というのは本当かもしれないぞ」
「シーナの指示通り、別の場所で見つかった石碑を解析したわ。内容が酷似していた部分もあったし、そうでない部分もあった」
「石碑に書かれるものは規律、つまり、法だ。それを刷新したってことじゃないかな」
そのままミーティングは始まり、出張後、初の定例ミーティングは多くの新たな発見と視点、そして疑問を残して解散となった。
片づけをしているとフレデリックも居残っていて、シーナは彼から話があると言われたのを思い出した。
「あぁ、ごめんなさい。話の途中だったわね、それでなにか?」
「プライベートなことだからここではちょっと。今日は週末だし、今夜、食事でもしながらどうかな?」
その言葉にシーナはピンと来た。アンジェラと付き合うことになったと伝えたいのかもしれない。
今なら部屋には誰もいないし、別にここで話をしてもらってもいいが、シーナとアンジェラが姉妹であることはラボの仲間には打ち明けておらず、彼なりに配慮してくれたのだと思う。
「いいわ」
「七時に君のフラットに迎えに行くよ、あのドレスを着てきてくれると嬉しいな」
「話をするだけならスナックバーで十分よ」
「いいから」
フレデリックはそう言って部屋を出て行ってしまった。
わざわざドレスを着て行くような立派なお店で報告するような内容だろうか、と思ったが、それ以降も仕事が詰まっていて彼と話ができないまま、退勤時間になってしまった。
シーナは家に帰って軽くシャワーを浴び、言われた通りに身支度を整えた。フラットの窓から外を眺めて彼の到着を待っていると、見たこともないような高級車を運転するフレデリックが現れた。
「シーナ、お待たせ」
「この車、どうしたの?」
「僕のだよ」
「でもこんな高級車」
「早く乗って、遅刻する」
フレデリックは助手席のドアを開けてシーナをそこに座らせ、自分は運転席に戻ると車を走らせ始めた。
「どこに行くの?」
「母の家だ」
「お母様の?」
「今夜、パーティーがあるから来いと言われていてね。君は僕のパートナーだ」
「そんな勝手な」
「こうでもしなけりゃ、君は来てくれないだろう?」
アンジェラを誘いなさいよ、と言いかけたシーナは慌てて言葉を飲み込んだ。
彼女のスケジュールは半年先まで埋まっている。つい先日、恋人同士になったばかりの彼の為に急遽、時間を作るなど無理な話だ。そんな彼に、アンジェラと行けばいい、とは言えない。そうしたいのは誰よりもフレデリック本人なのだろうから。
「お母様がこの国に住んでいらしたのね」
「正確には別荘だ、母はいくつかの国に同じような家を持っている」
「まぁ、お金持ちなのね」
「それなりに」
フレデリックのルーツが砂漠の国であることは聞いているが、あちこちに別荘を持てるほどの資産家とは知らなかった。そんな人が遺跡発掘などやっていていいのだろうか、と思うが、本物の金持ちは趣味程度に労働をすると聞くから彼もその類なのかもしれない。
彼の仕事ぶりもその成果にも問題がないのだから、彼がどういうつもりで働いていようが問うつもりはない。
シーナは流れる景色に目をやりながら、どこに連れていかれるのだろう、と考えていた。
「着いたよ」
フレデリックが車を止めたのは屋敷と表現して相応しい立派な建物の前だった。開け放たれたドアの向こうからは人々の楽し気な笑い声と、楽団の生演奏が聞こえてくる。
「あなた一体、何者なの?」
明らかに庶民とは違う雰囲気にシーナは怖気づいて逃げ出そうとしたが、それを許すフレデリックではなかった。
「僕はフレデリック・コナー。チーム・ブラントの一員さ」
「それ以外の肩書を聞いているの」
問い詰めるシーナの背後に燕尾服に身を包んだ老齢の男性が立った。
「ようこそ、ミス・ブラント。おかえりなさいませ、男爵」
「ただいま、ハリー」
フレデリックは男性に挨拶をしているが、シーナには聞き捨てならない言葉だった。
「男爵?」
「ただの称号だよ、気にしなくていい」
フレデリックは何でもないことのように言って、流れるようにシーナをエスコートし、そのまま会場へと入ってしまう。
「遅かったわね」
出迎えたのは彼と同じ髪の色をした品のいい婦人で、この女性がフレデリックの母親なのだとシーナはすぐに勘づいた。
「紹介します、彼女はシーナ・ブラント。僕の所属するチームのリーダーです」
「初めまして、ミセス・コナー。突然、お邪魔しまして申し訳ございません」
「ようこそ、シーナさん。いいのよ、どうせこの子が強引に連れてきたんでしょう?」
付き合わせて悪いわね、と言って彼女は笑った。
「あなたのお姉さんはもう着いてるわよ」
夫人の視線の先に目をやると、アンジェラを中心に人々が集まっているのが見えたが、彼女は困ったような笑顔を見せている。
「良かったら通訳をお願いできない?彼女、言葉がわからないのだけれど、わたしがずっと一緒にいるわけにはいかなくて」
そう言われてシーナは自分がアンジェラの通訳役としてここに連れてこられたのだと分かった。
それならそうと最初から言ってくれれば良かった。フレデリックはアンジェラの世話係だと知ったらシーナが断ると思ったのだろうか。
おあいにくさま、シーナはアンジェラの手助けを惜しんだりはしない。シーナにとってのアンジェラは自慢の姉であり、支えるにふさわしいだけの価値を持った女性だ。
「もちろんお任せください」
シーナはフレデリックの手を離すとまっすぐにアンジェラのほうへと歩いて行き、彼女の通訳に専念した。
シーナの通訳でアンジェラは目の前の男性からダンスの誘いを受けていたのだと理解した。
「言葉が分からないから踊れないわ」
と断りを口にするアンジェラにシーナは言った。
「踊るだけなら分からなくても平気じゃない?」
するとアンジェラは、
「シーナは本当に可愛いのね、でも覚えておきなさい。ダンスを楽しむだけの男性なんていないわ、口説かれたら困るもの。気を持たせても悪いしね。
でもフレデリックからの申し込みならお受けできるわ。彼となら会話ができるもの」
と、小さな声で言った。
そこへフレデリックがやってきた。
「こんばんは、アンジェラ。ちょっと君の妹を借りてもいいかな?」
「どこへ連れていくつもり?」
アンジェラの問いにフレデリックは笑って言った。
「そんなに怖い顔をしないでくれよ、ただダンスに誘いたいだけだ」
ふたりのやり取りをそばで聞いていたシーナが言った。
「それならふたりで踊ったらいいわ、アンジェラは言葉の分かる人がいいのよ」
シーナの提案にふたりは顔を見合わせてから、
「まぁ、そうだな。君が望むなら」
とフレデリックが言い、アンジェラも、
「そうね、シーナが言うならそうするわ」
と言った。
アンジェラがフレデリックのエスコートでホールに出ると、集まった人たちはその姿に感嘆の声を上げた。
「なんてお似合いなんでしょう」
「世界的に有名な女優のアンジェラ・ブラントなら、コナー男爵のパートナーにぴったりだな」
アンジェラがシーナの手を離れたことでコナー夫人がそばにやってきた。
「フレデリックからあなたの話をよく聞いてるわ、優秀なリーダーなんですってね」
「ありがとうございます、でもいずれ彼もそうなりますわ。今はラボに来たばかりだからわたしのチームに入ったというだけなんです」
そこで会場からわっと歓声があがる。
ダンスをしていたフレデリックがアンジェラをリフトしたのだ。ドレスの裾が美しく広がり、アンジェラはいつも以上に美しく見える。
「姉までご招待いただいていたなんて。ありがとうございます」
シーナの礼に夫人は微笑んだ。
「いいのよ、フレデリックが招待したいって言ったんだから。彼女はとても綺麗ね」
「えぇ、自慢の姉ですわ」
素晴らしいダンスを披露するふたりをシーナはコナー夫人と並んで眺めていた。
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