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3.発掘現場への出張

フレデリックの出張の許可は下りたが、それにシーナも同行することになった。


「ついでに発掘メンバーに彼を紹介してきたらいい」


というのが所長の意見で、シーナとしてもどこまで作業が進んだかを見たい気持ちもあり、承知した。



いくつかのラボが共同で所有するプロペラ機に乗り込んだふたりは、およそ一時間ほどのフライトで目的地上空にたどり着いた。


「間もなく到着となりますのでシートベルトの確認をお願いします」


パイロットからのアナウンスに眼下に広がる森林を眺めていたフレデリックは、ベルトをし直しながらも首をかしげている。


「どこに着陸するんだ?滑走路なんて見えないけど」

「あの湖に着水するのよ」


シーナは少し離れたところに見えるそれを指さした。


出発は普通の飛行機と同じく滑走路を使っての離陸だったから気づかなかったが、これは飛行艇だったらしい。


「遺跡は人の手の入らないところにあることが多いでしょう?この国の研究者たちは、周辺の環境もその文化を育んできた土壌だと考えていて、発掘の為に手を加えるのは最小限になるように配慮しているそうよ」

「なるほど。それは是非とも見習いたい姿勢だね」


フレデリックの意見にシーナもうなずいた。自国の発掘事業にも周囲に配慮できるだけの予算をつけてほしいものだと思う。

お金のかからない一番の方法は、拠点から一直線に遺跡に向けて道路を作ってしまうことだ。その途中に貴重な生物がいる森やいわれのある土地があっても無視をする。

シーナたちの国でもさすがにそんな乱暴なやり方はしないが、臨時のヘリポートを用意するくらいは普通だ。この国のように発掘する側の人間のほうが環境に遠慮して不便を選ぶということはしない。


飛行艇は豊かな水をたたえる湖に滑るように着水し、やがてその湖畔に作られた桟橋の横に機体を止めた。



「シーナ、久しぶりだね!」


出迎えたのは遺跡発掘チームの代表を務める男性で、シーナの叔父に今回の話を持ち込んだのは他でもないこのグレアムだった。


「お久しぶりです」


飛行艇から降りたシーナは彼とハグをし、再会を喜び合った。


「発掘作業はどうですか?」


「この辺は雨が多くてね、なかなかに苦戦してるよ。石碑にもそういう記述があるんじゃないか?」

「まだそこまで行きついていないけれど、農耕について書かれたものはあったから、育てていた作物やその時期でおおよその天候を把握できるかもしれません」


ふたりで話しているところに飛行機から降りたフレデリックが来たため、シーナは彼を紹介した。


「こちらはフレデリック・コナー。ステフが育休に入ったから、代わりにメンバーに入ってもらったの」

「初めまして、フレデリックです」

「グレアムだ、よく来たね。どこでも好きなだけ見てってくれ」


ふたりの男性は握手をして初対面を終えた。







グレアムの運転する小さなトラックの荷台に乗ってシーナとフレデリックは森に入った。

うっそうと生い茂る木々の間を縫うように作られた道なき道を進んだ先で、少し開けた場所に出る。そこでは現地の人々も含めて多くの人間が地面を掘ったり、溜まった水を運び出したりしていた。

その一角に大きなテントが張られており、トラックはその横で止まった。ここがこの現場の拠点らしい。


先に降りたフレデリックの手を借りて、シーナが荷台から降りるとグレアムが言った。


「君たちが解析している石碑が見つかったのはあのあたりだ」


シーナが以前にこの遺跡を訪れた頃は、発掘区域の隅に位置していたのに、作業が進んだ今では中心といっても良い程の場所になっている。


「ずいぶん広がったんですね」

「まだまだ奥に続いていそうだ。今、コーディネーターにこのあたりに住んでいる部族と話し合いをしてもらってるよ」



この土地は国有林で勝手に発掘を進めたところで法的には問題はない。しかし周囲の環境を含めての遺跡だと考えるこの国の人たちは、その土地に住まう人々の許可なく掘り返すようなことはしない。彼らの理解を得たうえで作業を進めることにしているのだ。

幸いにもこの辺りに住む部族の人たちは非常に協力的で人員提供も、むしろ若者が現金収入を得られる良い場だと好意的に受け止めてくれている。

それでも神聖な場所だったり、逆に忌み地だったりする場合は慎重に進めなければならず、そういった交渉事はコーディネーターが一手に引き受けているのだ。



そのときスタッフのひとりがグレアムに声をかけてきた、彼の判断が必要な場面に遭遇したのだろう。


「好きに見てってくれ」


グレアムはそう言って彼と一緒に現場の奥へと歩いていった。



「じゃぁ一通りの説明をするわね」


シーナはフレデリックにそう言って、最初に遺物が発見された場所に歩いて行った。


「遺跡発見の経緯は知ってますよね?」

「石像群が大雨で露出したのが始まりだったな」


シーナはそれを肯定するように小さくうなずいてから言った。


「ここが最初の場所、ここから周辺に範囲を広げていって、水路が見つかって、ここで炉の痕跡が見つかった。その横が石碑が数多く発見された一角よ」


フレデリックはシーナの説明を黙って聞いていたが、問題の一角に差し掛かるとその周囲を見渡した。


「ここに炉があったのか?」

「そうよ。こちら向きに一基、もう一基は少し離れた、この場所ね」


シーナはその場所に歩いていき、立ってみせた。


「他には?」

「もっとずっと離れたところにあったわ。その近くでも石碑が見つかってる」


フレデリックは、少しの間をおいて、これは仮説だ、と前置きをしてから言った。


「見つかった石碑は廃棄されたものじゃないだろうか」

「廃棄?」

「そう。今までの石碑をここに処分して、新たな石碑をこの炉で作っていた、ということはないだろうか」


フレデリックの仮説にシーナは驚きに目を見開いた。しかし、納得できる部分もある。

内容がバラバラだったし、細かすぎるほど砕けている物もあった。それらは風雨にさらされていたにしては砕け方が大げさ過ぎた。

石碑に記される内容は大切な事柄だとされている。先に文字を彫り、それを焼きしめるやり方もあるし、逆に焼きしめた石板を削って文字を刻むやり方もある。どちらにしても手間暇がかかっており、それを廃棄するなど普通に考えたらありえない。

しかし、例えば全く違う考えを持ったひとが時の王として君臨したら、そんなこともないわけではない。今までの決まりをすべて廃棄させて、新しい法令を布くというのはありうることだ。


フレデリックは石碑の見つかった場所が炉の近くであることに着目したのだろう。


石を削るには金属の道具が使われるのが普通で、この炉で作られた道具を使って文字を彫っていたのだろう。当たり前だが使っていれば道具の先は段々と丸くなり、メンテナンスが必要になる。

つまり炉のそばで文字入れをするのは理にかなっているのだ。


廃棄した石碑に記されていた内容を新たな法に基づいて書き直していたとしたら、今、解析を進めているのはこの遺跡に住んでいた人々の支配者が途中で変わったことを意味しているのかもしれない。

だとしても、フレデリックが見つけたキー単語が遠く離れた土地で見つかったものと酷似していることはどう説明がつくのだろう。


「あなたの仮説は納得ができる部分もあるけど、そうでない部分もあるわね。でも面白い観点だと思う。今まで大量に発見された石碑群を優先して解析を進めてきたけれど、そうでない石碑も同時に進めていったほうがよさそうね」

「そうだね、例えば農耕について書かれた別の記述の石碑が存在するかもしれない」


それからあともふたりは様々な可能性を語りながら、発掘現場を隅々まで見て回ったのだった。



飛行艇が着水した湖の周辺には調査隊の為に建てられた臨時の小屋がいくつも用意されている。

現地の人々は家に帰るが、シーナやフレデリックのようにラボから来ているひとたちはこの小屋で寝泊まりをしている。

遺跡を訪れたふたりをメンバーは歓迎してくれた。それもそのはず、シーナとフレデリックが乗ってきた飛行艇は大量の酒やコーヒーといった嗜好品を差し入れとして一緒に運んできたのだから。


「今日は無礼講だ、みんな、楽しんでくれ」


グレアムの呼びかけに集まったひとたちは歓声をあげている。


「かーっ、やっぱりビールはうまい!」

「ラボのみんなにお礼を言っておいてね」


久しぶりのアルコールに皆、機嫌よく酔っぱらっている。


普段、ここではアルコールは禁止になっている。酒の場は常に楽しいものになるとは限らない。余計なトラブルに発展する可能性もあり、それを回避するため、禁止となっているのだ。

しかしこうやって外部からの差し入れがあったときは例外で、シーナたちと一緒に運ばれたそれが今、ふるまわれているのだ。



美男子のフレデリックはここでも大人気だった。彼の周囲には多くの女性が集まっており、一夜の夢を望んでいるのかもしれない。しかし彼のほうにはその気がないようで、女性の意味深な視線を受け止めることもなく、もっぱら、男性たちと遺跡談義に花を咲かせている。



「ねぇ、彼って恋人はいるの?」


フレデリック自身から情報を得られないと悟ったのか、女性陣はシーナに彼のことを質問してきた。しかしシーナも彼のプライベートなことは把握していない。


「さぁ、分からないわ。ラボではそういう話はしないから」


正確には、シーナ()そういう話をしない、であり、シーナでない別の誰かなら知っていたかもしれない。

今回の訪問者がシーナであったことは、彼女らにとっては運がなかった。


「すごいハンサムよねぇ。シーナは良いわね、彼とずっと一緒なんでしょ?」

「常に一緒ってわけじゃないわ。ラボでは個室が与えられているって知ってるでしょ?それぞれが黙々と仕事をしているだけよ」


この優等生な回答に面白くなさそうな顔をしている、だからシーナはさらに付け加えた。


「あなたたちだってこのプロジェクトの一員としてきちんとやっているじゃない」


自尊心をくすぐるようなことを言ってやれば彼女らはまんざらでもない顔をしている。

日々、泥と汗にまみれていても、この発掘現場に入れるだけの知識と経験を持ったメンバーなのだ。彼女らは間違いなくノーブルであり、下世話な話題だけで盛り上がるような人たちではない。

シーナの一言で彼女らの話題はフレデリックのプライベートから発掘プロジェクトへと移り、そこからは建設的な会話が広がっていった。



議論が交わされる中、シーナはさりげなく散らかった食器やコップを集めて調理場へと運んだ。片づけは明日、出勤してきた現地民の担当者がやってくれるだろうが、せめて運んでおくことくらいはしておこうと思ったのだ。


洗い場の横に食器を並べていると、トレーにいくつかのコップを乗せたフレデリックが顔をのぞかせた。


「僕も手伝うよ」

「気にしないで。わたしが勝手にやっていることだから」


シーナの断りにフレデリックは微笑みを湛えて、


「気にせずにはいられないな」


と、言った。


そのセリフにシーナは反省した。気配りのつもりで片づけをしていたシーナだったが、彼は誰かが動いていると自分もそうしなければならない、と感じてしまう人なのだろう。


「ごめんなさい、手伝いを強制しているように見えてしまったかしら?」


シーナの謝罪にフレデリックは驚いている。


「そんなことは思ってない。ただ、君がいなかったからどこに行ったのかと思って」

「ふふふ。それは失礼しました」


フレデリックの言い分にシーナは思わず笑ってしまった。

彼がこの現場に来るのは今回が初めてだから、顔見知りのシーナを探していたのだろう。成人年齢の男性になつかれるというのはなんとも妙な気分ではあったが、彼をサポートする為に同行したのだ。その役目はしっかり果たさねばならない。


「このプロジェクトにかかわっている人たちはみんな、気さくでいいひとたちばかりだから安心していいわ」


彼の杞憂を払う為にとそう言ったシーナにフレデリックは面白いものでも見つけたような顔をしている。


「ふうん、なるほどね。そう来るか」

「なにか変なことを言ったかしら?」

「いいや」


シーナはフレデリックが運んできたトレーを受け取り、流し場へと置いていると隣に彼がやってきた。

どうしても彼はシーナのそばを離れたくないらしい。もう彼に誘いをかける女性はいなくなったと思っていたが、シーナの思っている以上にしつこくせまっているひとがいるのだろうか。


「まだ困った発言をするひとがいるの?」

「いいや、君のおかげで今は討論会場になった」

「あなたも加わればいいじゃない」

「ここにいてはダメ?」


そういう彼の瞳の奥にある種の熱を感じたシーナは慌てて視線を逸らしてから言った。


「終わったわ、みんなのところに行きましょう」


フレデリックがなにか言いかけたがシーナはわざと無視してみんなの集まっているリビングへと急いだ。



もう間違えたりはしない。わたしは誰とも恋なんてしないわ。

お読みいただきありがとうございます

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