08 初めての従魔は普通じゃなかった
少し前に国から正式に異世界人と認定された私、先日それが公表されました。更には保護された先が兄宅だった事もあってそのまま兄が後見人となる事も公表されたようです。なんかね、これに関してはあちこちから抗議の声が上がったらしいよ。色々と言われたみたいだけど、要約すれば『ずるい』って事らしい。
何がずるいんだって思ったら、聖女様の存在が大きいとの事。
要は、異世界人って特別な力とかスキルとかあるんじゃないかって思われているらしい。聖女様は当然のことながら治癒・治療系のエキスパートで、浄化の能力も桁違い。
誰とは公表されていないけれど、聖女様の妹も上級神官となる資格があるくらい、光属性への適性が高い事は知られているらしい。この、上級神官の資格ってかなりの狭き門らしく、その素質があるってだけでも引く手数多なんだって。
「そんな普通じゃない人たちと比べられても困るんだけど」
「わかってる。だからこそ、どこの派閥にも属さない上に政権に興味のない我が家が最適って事になるんだよ」
どうやら兄は近衛のお偉いさんではあるけれど、権力とかには興味がない性質らしい。まあ、いざとなったら家族連れて国を捨てると断言しちゃうくらいだしね、そりゃ権力に固執することなんてないでしょうよ。兄にしてみたら、面倒なだけだろうし。
「まあ、妻の兄が現役の宰相だから、多少は強引に決めてもらったってのはあるが」
「知らない家に拉致られるくらいなら、権力振りかざしてでもがんばってください」
そこは、本当に! 切実に! お願いしたい!!
だって、嫌じゃん。せっかく身内がいて保護してくれてるのに、なんで知らない人の家に行かなきゃならないの。しかも、下心アリアリなわけでしょ? 嫌に決まってるじゃん、ストレスでハゲる。
「おう、そこは任せろ」
そう言いながら、毎度のごとく、くしゃくしゃっと頭をなでられた。
どうもこの兄、あっちで別れた時私が中学生だったからその時の感覚が抜けないらしく、あの頃と同じように接してくる。別にいいんだけどさ、私もう子供じゃないんだけど?
まあ、そうは思うけど嫌じゃないしなんか安心するってのもあるので、今の所はされるがまま。……髪をぼさぼさにされるのだけはいただけないが。
「それよりにーちゃん、そろそろ真面目に仕事したいんだけど。なんかない?」
「パットとヴィクトルにそろばん教えてるだろ」
「それだけじゃん」
衣食住保養された生活しててそれだけって、さすがにオカシイでしょ。
そう言ったら、考え込まれた。
あ、そろばんはですね、兄が記憶を頼りにすでに作っていたらしいんですが、全然活用されていなかったんだよ。なんでって、兄はそろばんなんか使わなくても計算早かったから、使ったことがない。なので、なんとなくしか使い方がわからんかったらしく、教えることが出来なかったんだと。……これだからハイスペックは!!
その点、私は小学校の頃に習ってたので使い方はわかってる。兄もそのことは覚えていたらしく、二人に教えてくれと頼まれたのだ。二人とも道具を使っての計算が楽しかったようで、メキメキと腕を上げてます。
「仕事……仕事、ねぇ」
思いつくものがないらしい、兄。本気で困ってる感じだわ。
まあ、ね。今の私に何ができるかって言われたら、ほとんど何もできないんだけどさ。こっちの事情とか常識もまだまだちゃんとは理解できてないし、色々と危ないって事は何となくわかってるから、外で働くってのは絶対に無理だろう。今は、まだ。
兄の財力からしたら、私一人増えたところで影響はないに等しいんだとは思う。それでもやっぱり、ただ居座ってるってのはあまり気持ちがいいものじゃないのですよ。
「あっ。その前に、マキ。ルナの件だが」
「ルナちゃん?」
唐突にルナちゃんの事を言われて、きょとんとしてしまった。
なんか、やらなきゃいけないことあったっけ?
「従魔だって事がわかるようにする為に、認識タグをつけておいた方が良いぞ」
「認識タグ?」
何かな、それは?
「テイマーが自分が契約した獣……従魔というんだが、その従魔に付けてその個体は人の管理下にあるって事を証明する為の印だ。この認識タグが付いている従魔は正当な理由もなく傷つけたり殺したりすると厳しく罰せられる」
「へぇー! そんなのあるんだ」
「ああ。冒険者ギルドで従魔登録すれば認識タグを貰える。行くなら連れて行くぞ?」
「行きます!」
ルナちゃんの安全の為にも、さっさと登録しなければ!
あんな可愛い子、いつ誰に攫われるかわからないし、何かの間違いで襲われる可能性だってあるわけだ。少しでも危険は減らしておかないと!
「にーちゃん、今行く? すぐ行く? ルナちゃん連れて来ていい?」
「いや、いいけど……いやいや待て、ちょっと落ち着け」
すぐにでも行く気満々だったのに、止められた。
それからすぐに兄がサックさん呼んできて、ちょっと打ち合わせしてからすぐ出かける事になりました。お出かけするんで、一応クリスさんには兄から連絡入れてもらった。今日はシルヴァン様の手伝いでこっちに来れないって言ってたけど、一応ね。
私はお屋敷の裏に行ってルナちゃんを呼ぶと、すぐに来てくれた。基本、ルナちゃんには自由にしてもらってる。ご飯時と、後は気が向いた時に私の部屋で寛いだりはしてるけどね。ルナちゃん、夜行性だし。でもね、いないなーと思っても呼べばすぐに来てくれる。
「と言うわけでね、ルナちゃんに一緒に行ってほしいんだけど。どうかな?」
『いーよ』
小さな鳴き声と共に頭に響いてくる、可愛い声。軽く説明したら、承諾してもらえました。
「ありがとう。じゃあ、一緒に行こうね」
『うん』
そうお返事すると、パタパタっと飛んできて肩にちょこんと止まった。
もう、本当に可愛い! 顔がにやけそうになるのを気合で何とか平静を装いつつ兄たちと合流。どうやら馬車でいくらしく、すでにスタンバイしていた。
そして、馬車に乗ったわけですが。
なぜかルナちゃん、兄の膝の上で大人しくなでられています。というか、ルナちゃんが催促したんだけどね。馬車に乗った途端、兄の膝の上にパタパタっと飛んで着地。驚いたらしい兄の手に頭をすりすりして、なでてって。
「いや、マジで手触りが……すごいな」
なでなでしつつ、兄が感心しています。
そうだろう、ルナちゃんの触り心地は最高! ふわふわのすべすべでもふもふ!
「うわ、指が……中身何処だ? あ、ここか。すごいモフモフだな、指埋まるぞ。中身はこんな小さいのか」
そうなんだよね。見た目のモフモフからは想像つかないくらい、中身はちっちゃい。最初、興味本位で頭を後ろから指でつついてみようとしたら指が埋まって驚いたもん。
ルナちゃん、小さいって言われたのがちょっと気に障ったらしく、クリンと首をひねって兄の指をあむあむしてる。……ルナちゃん、首痛くないの? 背中に顔あるよ?
「ああ、やっぱりフクロウだな。よく回る首だわ」
最後にわしゃわしゃってなでられて満足したのか、ルナちゃんが戻ってきた。今は私の膝の上にちょこんと居座ってる。
そんな感じに過ごしていると、馬車がとまった。到着したらしい。
「旦那、先に受付行ってきますんでちょっと待っててください」
「おう、頼んだ」
一緒に来ていたザックさんが一足先にギルドへと入っていく。……なんだろう、入った途端に一瞬だけ怒号が聞こえた気がしたんだけど。若干、悲鳴みたいなのも聞こえた気がしたんだけど、気のせいかな。ドタンバタン音が聞こえてきたのも、きっと気のせいだよね?
しばらく馬車で待ってるとザックさんが戻ってきたので、今度は一緒に中へ。
入って、まず目に入ったのは数人の大柄な男性が転がっていた事。完全に意識がないようで、ピクリとも動かなかった。その男性陣へ向けられている周囲の目は、なぜか呆れているようなバカにしているような、そんな感じだった。
兄がギルドへ入った途端、ざわざわしていたのがシーンと静まり返ったのがものすごく気になってるんだけど・……あと、入り口付近で寝てた人たちは何なのかな。ザックさん何したのかな、どう見てもその周囲にいた人たちが怯えてる気がするんだけど、気のせいだろうか。
色々と気になったけど、もうひとつ追加。……なんかね、やたらと視線が痛いのはどういう事? いや、注目されているのは私じゃなくて兄なんだけどさ。なんか数人、目をキラキラさせてるおっさんとかもいるんだけど、何かなあれ。
「……にーちゃん」
「言うな」
「でも」
「わかってる。気にしたら負けだ」
兄の謎の主張に首を傾げつつも、大人しく後をついて行く。
ザックさんを先頭に受付まで行くと、前に登録の時に対応してくれた職員さんがいた。
「あら、あの時の」
「この前はありがとうございました」
「いえいえ。今日は契約した従魔の登録と聞いていますが」
「はい、この子です」
肩にのっているルナちゃんをなでる。
「あら、可愛い子ですね。鳥型だと、この辺りのリングタイプがお薦めですよ」
そう言いながら、職員さんが机の上にいくつかの見本をのせてくれた。
どれも比較的シンプル。太さとか薄さとか色に違いがある程度かな。あとは、チェーンタイプの物が何種類か。
「鎖だとどっかに引っかかりそうだしなぁ……ルナちゃん、気に入ったのある?」
肩からじっと見ているルナちゃんに聞いてみる。
ルナちゃん、トンっと机の上に降りるとひとつを咥えて渡してきた。
「これがいいの?」
『これ』
「うん、それじゃあこれにしようね」
受付のお姉さんにギルドカードと一緒に渡すと、その場で登録してくれた。
登録が終わりましたと返されたけど、これどうしたらいいんだろうか?
手に持った青銀色の輪を見ていたら、ルナちゃんが咥えて自分の足の上にポトリと落とした。すると、それがふわっと光ったかと思うと、ルナちゃんの足に嵌っていた。
「…………え?」
なんか、勝手に嵌ったんだけど!?
何が起きたのかわからなくてルナちゃんと兄の顔を交互に見ていたら、兄にでっかい溜息はかれた。
「落ち着け。この手の認識タグは、相手の大きさに合わせて自動でサイズ調整されるんだよ」
「何その便利機能!?」
自動で大きさ代わるって、そんなこと出来るの!?
ちょっと、本当に色々とこっちの方が便利じゃないかな? ミサキさんから貰ったこの物理法則ガン無視のバックもそうだけど、意味不明なものが多すぎる!
ちょっと色々とついて行けなくてとっちらかった思考でそんな事を考えていたら、ルナちゃんが目の前に歩いてきて首を傾げた。え、何その仕草。
『にあう?』
「とっても似合う!!」
似合うのは事実だけど、それ以上に仕草が可愛い!!
ルナちゃん、ぴょんっと肩に飛び乗ってモフモフな頭をすりすりしてきた。ああもう、本当に可愛い!!
そのままデレデレしながらルナちゃんと戯れていたら、兄が一通りの手続きを済ませてくれたらしい。気が付いた時には全部終わってた。にーちゃん、ごめん。
「それではマキさんの従魔として登録を完了しました。後見人としてカンタール侯爵様のお名前も頂いておりますので、そちらも含めて登録は完了しております。認識タグですが、これは契約者がいる証になりますので、基本的には外さないようにしてください。認識タグが付いている従魔への攻撃は正当な理由以外では禁止されていて、処罰の対象となります」
「正当な理由というのは?」
「そうですね……例えば犯罪行為に使われていたりした場合、襲ってきた従魔を討伐しても、それは正当防衛とみなされます」
「なるほど。要は、違法行為に加担してたりしたら、従魔を殺されても文句は言えないって事ですね」
「そうなります。もちろん、それ以外にも状況的に判断される事もあります」
「わかりました。ありがとうございます」
「いいえ。何かありましたら、いつでもどうぞ」
感じのいい受付のお姉さんにお礼を言って、さっさと帰ろうと兄を見ると。
なんか、面倒くさそうな顔してちょっと離れたところで誰かと話をしているザックさんを見てる。いや、顔には出してないんだけど、雰囲気的に面倒だなって思ってそうな感じが。
「どしたの?」
「いや……どうも、ランクアップのお誘いらしい」
「へ?」
どういうことだと思ったら、どうやらザックさんも冒険者登録しているらしい。しかもAランクだって。
でも、Aランクって事は次上がるってなると……Sランクって事?
そう思って兄に聞いたら、なんかこれまでにも定期的にお誘いはあったらしいです。ただ、ザックさんが辞退しているので毎回流れているんだとか。でもなんか、今回は今までと違ってかなり熱心に話をされているらしいよ。私にはわからないけど、兄曰くザックさんがかなりイラついているとの事。……全然、そんな感じには見えないんだけど?
「いや、だから。俺は良いですって。俺、今年でいくつだと思ってんですか」
「歳は関係ねーだろ! なんでそんなに嫌がるんだよ!」
「面倒」
「お前もそれか!」
なんか、キーキー言ってるあの人……あれ。
「ギルドマスターだよね、あの人」
確認がてら聞いたら、兄に意外そうな顔された。
「ん? なんだ、知ってるのか?」
「ミサキさんと登録に来た時に、少し話をしたよ。ミサキさんの知り合いみたいで、一緒に依頼を受けた事もあるって」
「ああ、なるほど。ミサキの知り合いだったのか」
「うん。以前はミサキさんが住んでる国にいたんだって」
「アルフェラッツで活動してたのか。……あ。もうヤバいな。止めるか」
どうやら兄、そろそろ止めた方が良さそうだと判断したらしい。
ザックさん、見た目優しそうで穏やかな感じで、とてもじゃないけど強そうには見えないんだけど、兄に言わせると、とんでもなく強いとの事。兄がそこまで言うなら、相当なんじゃないかなとは思ってる。そんな風には見えないけど。
「つーか、俺は旦那の従者でそんな暇ないんですって。ランク維持するので手一杯です。旦那を待たせているので、そろそろ失礼しますよ」
「おい!」
まだ諦めてなさそうなギルドマスターを振り切って、ザックさんが戻ってきた。兄がザックさん見てクイっと首を扉の方へ向けたのが見えていたらしい。あんな僅かな動作だけで気づいて戻ってくるって、なんかすごい。
「お待たせしました」
ザックさんの後を追おうとしたギルドマスターも、兄の姿に足を止めていた。さすがに侯爵様が相手だと無礼なことは出来ないらしい。別に兄は気にしないと思うけど、この辺りは身分制度の影響何だろうな。
「別にSランク受けてもいいぞ?」
「面倒なので御免です」
きっぱり拒否してさっさち出て行くザックさんに、兄は苦笑してた。
冒険者活動で生計を立てている者にしてみれば、Sランクは夢であり目標であるらしい。ただ、そこまでの実力者となると早々現れないようで、大半の冒険者はBランクまでが限界なんだそうだ。Aランクまで上がれるのは全体の数パーセント、そしてSランクともなると現状は一桁しかいないらしいです。それだけ、難しいそうだ。
馬車での帰路でそんな事を教えてもらいつつ、気になったことを色々と質問してたらいつの間にか到着してた。それにしてもザックさんが現役冒険者で、しかもAランクだったとは。
ああ、それから、ギルドに入った時に兄が注目を集めていた理由も教えてもらいました。
兄、今でも大陸最強って言われているだけあって、憧れを抱く人は多いんだって。もちろん冒険者の中にもそう言った人は結構いるようで、でも貴族で近衛騎士である兄に会える機会なんて、何の伝手もない人にはないに等しい。なので、思いがけずギルドで間近に見る事が出来て感激していたんだそうだ。恐らく、当面は兄がギルドに来たって話で盛り上がるだろうって。ていうか兄、欲しい素材があると自らギルド足を運んで依頼をかけることもよくあるらしく、毎回あんな感じになるそうです。
なるほど、兄は強い人とかおっさん連中にも大人気なんだなと納得してたら、納得するなって怒られた。なんでさ!
無事にルナちゃんの登録を終えて、部屋で一息つこうと思ったら兄の執務室へ連行された。色々と途中だったの忘れてたよ。
「で、仕事だったな」
うん、そうだった。仕事くれってお願いしてたんだった。
「取り敢えず、孤児院にいる年長の子供たちにそろばんを教えてくれないか?」
「孤児院? 前に行った、教会の?」
「そう」
なんでかと思って理由を聞いてみた。
この国でも身分差というのは大きいらしいが、それでも最近は平民でも能力次第ではかなり上を目指せるようになりつつあるらしい。ただ、その為にはやはり学力が必要で、特に読み書きと計算が出来ない事には話にならない。
そこで、元々あの孤児院を支援していたグランジェ家が中心となり、孤児院の子供たちにも学べる環境を整えようと色々と動いている最中らしい。現状でも読み書きと簡単な計算は教えているらしいけど、そろばんで暗算が強くなったら、就職先の選択肢が広がる可能性があるそうです。四則演算が出来るのと出来ないのとでは、待遇が全然違うらしい。
取り敢えず、私が年長の子たちを中心に使い方を教えて勉強方法とかも一緒に指導すれば、その子たちが下の子たちに教えられるようになるし、新しく保護された子たちにも教えられるからって。
「そろばんはこちらで手配するんで、頼めるか」
「大丈夫だけど、人数ってどのくらいいるの?」
「十三歳を筆頭に、十一人」
「一番下は?」
「二歳だったはず」
二歳の子にそろばんって、玩具にしかならないよね?
なんか、音の出る玩具みたいな感じになりそうだなと思いつつも、年齢でいくつかのグループに分けて教えた方が良さそうだなと考える。
その辺りの事も兄と相談しつつ、来週からしばらくは孤児院でそろばんを教える為に通うことが決定しました。
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ちょっとずつではあるけれど、自分にもできることが増えてきた事でお屋敷以外の人との関わりも増えてきて、知り合いも増えてきた。週に一度のペースで孤児院に通うようになり、そこで知り合った人の数人と今は手紙のやり取りをするようになっている。もうちょっと慣れてきたら、手紙の相手に会いに行ったり、街の見物にも行ってみたいなと考えてます。クリスさんと一緒なら兄も許可してくれそうだしね。
そんなことを考えつつも、今日は孤児院でそろばんを教えるときに使う問題を作っていたら、兄に呼ばれました。エルさんが様子を見に来てくれたらしい。
エルさんとは兄が持つ通信の魔道具で時々話したりはしていたんだけど、実際に会うのは一ヵ月ぶりくらいかな。
「ああ、元気そうだね。少しはこちらに馴染めてきたかな。肩の力が抜けてきたみたいだねぇ」
にっこりと、柔らかな笑顔で気遣ってくれる優しさが心に染みます。
兄が言ってたんだけど、エルさん、今でも私が戻れる方法を個人的に探ってくれているらしい。私自身、今はもう戻りたいとか考えてはいないんだけど、それでも帰れないのと自分の意志で帰らないのとでは違うでしょうって言われました。確かに、そこの違いは大きいかも。
ただ、エルさんの知識や技術をもってしても相当に難しいらしく、期待しないで待っていてとも言われてます。そうですね、気長に待ちますよ。
で、今日は私の属性とか適正関係が判明したのを聞いて、会いに来てくれたんだって。
「闇以外の適正有ったらしいね。なんだろう、ミサキたちもそうだけど転移者って魔法全般に適正高いのかな」
「その可能性はあるが、対象者が三人では何とも言えんだろ」
「まあ、そうなんだけどねぇ」
兄から私に関する詳しい鑑定結果を聞きつつ、エルさんが呟いている。その辺りを判断するにはその対象となる人がすくなすぎるんだろうけど。ミサキさん姉妹に加えて私の闇以外の属性ありとなると、その可能性も考えてしまうんだろうね。
「取り敢えずその話は良いか。それよりも、マキ。契約獣以外とも普通に会話できるらしいね」
「え? あ、はい。なんか、言ってることわかるんですよ」
「で、新しく契約した子って?」
「裏庭にいると思いますよ。呼んできましょうか?」
「ああ、いいよ。こちらから出向こう」
どうやら、私が契約した子に興味津々な様子のエルさん。聞いたら、動物全般、大好きなんだそうです。なので、みんなで裏庭へ移動。
外に出てルナちゃんを呼ぶと、すぐに来てくれました。
パタパタと飛んでいつも通りに私の肩に止まると、もふもふな頭ですりすりしてきます。
「エルさん、ルナちゃんです」
肩のルナちゃんを撫でながら紹介すると。
なぜかエルさん、ルナちゃん見た瞬間から首を傾げていたので、どうしたのかなと思ったんだけど。
その理由を聞いて、驚愕したよ。
「これ、フクロウじゃないよ?」
そう言われ、こっちが首を傾げる。兄も首を傾げてる。
え、どこからどう見てもフクロウにしか見えないけど?
「えっと……違うんですか? フクロウにしか見えないんですけど」
「見た目はね」
「?」
どういう事だろう?
肩にのってるルナちゃんをモフモフしながらエルさんを見ていると、ふむ、と頷いた。
「ん~……どう説明したらいいかな。それね、ある意味省エネモード」
「は?」
省エネモード???
なんだそれはどういう事だと、肩で寛いでいるルナちゃんを見る。
もっふもふな頭をすりすりしてくるから、ちょっとくすぐったい。
「おい、エル。フクロウじゃないなら、なんだってんだ?」
「うん? ああ、ストラスだよ、これ」
「はあっ!?」
それを聞いても、私はただのフクロウさんじゃなかったんだなぁ、くらいにしか思ってなかったんだけど、兄はかなり驚いていた。え、なんでにーちゃん、そんなに驚いてるの?
「ストラスって……マジか! 嘘だろ!?」
にーちゃん、驚き過ぎじゃない?
この時点ではそう思ってたんだけど、エルさんの話を聞いたら兄がこんな反応するのはある意味当然だったよ。
「ストラスって言うのはね、山岳地帯に生息している大型の猛禽類系魔鳥。原寸大だと大人三人くらいなら乗せて飛べるくらいのサイズ」
「は?」
大人三人が乗れる大きさ?
思わずルナちゃんを見る。
私の肩で大人しくしてますが、大人三人? え、もしかして、ここから急激に成長するとか? ご飯どうしたらいいの?
「めっずらしいねぇ、極端に生息数が少ない魔鳥だから、お目にかかる機会なんて滅多にないんだけど。まさか、こんなところで従魔になっているとはねぇ」
「………………」
おかしそうに笑ってるエルさん。兄は驚きを隠せない様子でルナちゃんを凝視してるし、私も肩で寛いているルナちゃんを見たけど……大人、三人???
「……ルナちゃん、もしかして、おっきくなれたりするの?」
『うん』
基本的にルナちゃんは、あまり長くしゃべることはない。いつもこんな感じで質問すれば答えてくれるけど、答えは単語が多い感じだ。そして、ルナちゃんは私の質問を肯定しましたよ。
という事は、だ。
「自由に大きさ変えられるんだ?」
『うん』
「へ、へぇー、すごいね。そんなことできるんだ」
別にエルさんの言葉を疑うわけじゃないけど、本人(本鳥?)から聞くと、余計にそうなんだって思える。可愛いフクロウさんだと思ってたのにまさか魔鳥だなんて!
ちょっと、動揺が隠せなくて挙動不審になっていたはずなんだけど、私がすごいと言ったのが嬉しかったらしいルナちゃん。私の肩からパタパタと飛んでちょっと離れて地面に降り立つと、その体が一気に膨らんだ。
「うわ……」
目の前には、巨大なフクロウ。
あまりの大きさに……不思議と恐怖は全く感じてないかな。ルナちゃんだってわかっているからだろうけど。
そう、大きいんだよ。とんでもなく。
なんかね、それを見た瞬間にどうしても欲望を抑えきれず、思わずフラフラと近づいて胸部分に抱き着いてしまった。もふって埋まったよ、自分が。なにこのもっふもふ!!
「ちょっと小柄だねぇ」
抱き着いてもふもふを堪能していたら、エルさんの声が。どうやら、今のこのサイズでもまだ小さいらしい。
「見つけた時に、親離れしたばかりだって言ってました」
「そうなんだ。じゃあ、まだもうちょっと大きくなるかなぁ。そうだね……大人になるのに、まだあと二、三年はかかるんじゃないかな」
どうやら、まだまだ子供らしいです。
こういった魔獣たちの親離れって、人間で言えば十歳くらいで迎えるものなんだそうです。そんな小さいうちから独り立ちするのかって驚いたんだけど、自力で狩りが出来るようになれば、それが親離れをする合図になるんだって。
それはそうと、先ほどから兄がしゃがみこんで頭を抱えているんですが、どうしたのかな。
「諦めるんだね、ルシアン。きっとマキの周囲はこれからもこんな事ばかりだよ」
「他人事みたいに言うな!!」
にやにやしてるエルさんに、兄が半泣きで切れ気味です。
そんな様子を見ていたらしいルナちゃん、おっきなまま二人に近づくと、もふっと兄に頭突き。……ええと、兄の頭が完全に埋まってるんですが。何がしたかったのかな、ルナちゃん?
エルさん、それを見て噴き出して大笑いしてるし、兄は兄で困惑した顔でルナちゃんの嘴辺りを撫でている。
「あ~……うん、お前がいてくれればマキは安全だろうしな。これからも頼むな?」
まだ困惑を隠せない様子だけど兄がそう言うと、ルナちゃん、いつものサイズに戻ってパタパタ飛んだ。そのまま兄の肩に止まって、兄の髪をあむあむしてる。さっきから何をしているのかな、ルナちゃんや。
「頭の良い子でよかったね。ルナ、私も時々顔を出すから、覚えておいてね」
エルさんがそう話しかけると、今度はパタパタっとエルさんの肩に。ルナちゃん、エルさんにホーホー言ってるんだけど、エルさんには伝わってないよね。
「エルさん、ルナちゃんがわかったって言ってます」
「あ、ホント。ありがとう、よろしくねー」
なでなでしてもらって、ルナちゃん嬉しそう。なんか、エルさんには最初から全く警戒している様子がなかったけど、なぜなんだろうか。ルナちゃん、結構警戒心強いんだけどな。お屋敷の人たちも、大半は近づけさせないし。
そんなことを考えてたら、ルナちゃんが戻ってきました。お口に赤い羽根っぽいものをくわえてるんだけど、それどこで拾ってきたのかな?
『神獣の加護だよ』
ん? シンジュウノカゴ?
何のことだとルナちゃんを見ると。
『もらった!』
何やら嬉しそうなんだけど、何の事だかわからない!
恐らくドヤ顔しているだろうルナちゃん、くわえてた羽をパクっと食べて……ええっ、ちょっと大丈夫なの、そんなの食べて。
妙なものを食べてしまったことも心配だけど、そもそもシンジュウノカゴとは何ぞやとルナちゃんに聞くも、ルナちゃんの説明ではよくわからない。わからないけど、知らないままにしておくのはちょっと怖い気がして、何とか聞き出そうと頑張っていたら、察したらしいエルさんが助け舟を出してくれた。
「ルナ、加護をくれた神獣は?」
エルさんが聞くと、
『フェニックス』
ルナちゃんが答えてくれた、その名前は。
「は? フェニックス? フェニックスって、ゲームとかに出て来る幻獣の? 不死鳥の事だよね? え、何の冗談?」
「いやいや、マキ。この世界、幻獣とか神獣と呼ばれる存在、ちゃんと確認されているから。人の目に触れることはまずないが」
「へ? いるの!?」
「いるぞ。そこに呼び出せる規格外もいるしな」
「はい?」
兄が指さした先にいるのは、エルさん。
は? いや、どういう事?
いや、異世界転移なんてものを体験している時点で、何が起きてもおかしくはないって思ってはいたよ。いたけどさ、それでもあまりにも予想外の事が起こると思考回路がショートするじゃない。
「ああ、召喚魔法は一般的ではないからねぇ」
「一般的どころかお前以外使えねーだろ」
「ん? アレックスとイザークは良い感じに使えるようになってきてるよ?」
「まだ極秘事項だろう、それは! 対外的にはお前以外に術者はいない事になってんだぞ!」
「まあ、建前ではねぇ」
なんか、あまり聞いてはいけない内容がゆるーく語られているような気がしてならないんですが。
やや焦ってる感がある兄に対して、エルさんは本当にマイペースと言うか……いや、なんかこれ、私はどういう反応するのが正しいの?
「まあ、取り敢えず。ルナにはフェニックスが絡んだみたいだし、これで私も手を貸しやすくはなるよ」
そう言ってにっこり笑うエルさんだけど……そこに、なんかとんでもなく不穏なモノを感じるのは気のせいだろうか。
私のそんな懸念は兄も同様だったようだ。なぜか眉間に皺を寄せてる。
「お前のテリトリーに引き込んだって事か」
「人聞きの悪い。ルナの件は私の関知するところではないし、口出しできるものでもない。神獣が気にいった相手に加護を贈るのは珍しい事ではないし、今回はたまたまあの子の波長にルナが合ったってだけの話だろう。まあ、あの子たちが私にくっついて来た結果でもあるので、私の所為と言えばその通りではあるが」
口調が変わり、すっと弧を描くように細くなったエルさんの目は、最初に会った時のようなあのゾクッとするもので。
「おい、エル。魔力漏れてんぞ、マキが怖がるから抑えろ」
「おっと。失礼」
ふっと、体が軽くなる。
気づけば兄に肩を抱かれて体を支えられていた。自分でも気づかないうちに震えていたらしい。にーちゃん、ありがとう。もう大丈夫だから。
それにしても……エルさん、ギャップが激しすぎる。この、穏やかな感じが一瞬であんなになるなんて。たぶん、あちらが騎士としてのエルさんの姿なんだろうなとは思えたけど、正直言えばかなり怖い。
今のエルさんは怖くもなんともないし、頼りになるお姉さんって感じだけど、さっきのは本気で怖かった。自覚しないまま、本能でそう感じていたというか。兄の声で我に返って、自分が震えていたのに気づいたくらいだったし。
「ごめんごめん、今日は魔力制御の魔道具、つけてないんだ。ちょっと油断するとダメだね」
苦笑しながらエルさんが謝ってくれたけど。
魔力って、漏れるものなの?
そんな話聞いたことないよって思ってたら、兄が教えてくれた。
どうやらエルさんは魔力量が本当に規格外と言われるほどだそうで、全種族一の絶大な魔力を誇る魔族をも凌駕するほどなんだそうです。これには特殊な事情があって、その影響でって事らしいんだけど……普通の人間がそんな魔力を持って生まれると体に悪影響が出るらしく、だいたいは大人になる事は出来ないそうです。運よく生き残った人は大半が魔導師として大成しているようで、賢者とかそんな呼称がついて歴史に名を残しているそうですよ。
「コイツは現在確認できている唯一の召喚士として名を馳せているんだが、そもそも、召喚魔法自体が数百年前に完全にその技術と理論を失ったとされている魔法なんだよ。復活させようと研究していた魔導士はいたらしいが、誰もなし得なかった。そこに、コイツがポンと現れたんで、そりゃもう当時は大騒ぎだった」
「今でも騒がしいけどねぇ」
兄の解説に、エルさんがぽそっと付け足す。
「一騎当千どころの話じゃねーからな」
「それが分かっていて私やその周囲に手を出すなら、それ相応の覚悟は必要になるって考えには至らないものなのかな?」
「少しでもその可能性を考えられる頭があったら、最初から手は出さねーだろ」
「そうなんだけどさぁ」
なにやらエルさんが不満そうです。
そもそも召喚士という存在はエルさんが現れるまでは伝承でしか伝わっておらず、文献によっては一人で国を攻め滅ぼす事すら可能だと記されているらしい。ただまあ、現状ではそれは誇張であり、実際にはそこまでではないだろうけれど、それでも強力な戦力となるのは間違いないっていうのが一般的な認識なんだそうです。
しかし兄曰く、エルさんがその気になれば、冗談抜きで国を滅ぼすのも不可能ではないと。それだけ召喚士という存在は強力な存在を従えることが出来るのだそうで。だからこそ、色々と画策して何とか自陣に、もしくは支配下に置きたいと考える人たちはいくらでもいるらしい。
ただ同時に、下手にそんな召喚士の怒りを買うようなことをすれば自分の身が危ないって、普通は考えるはずなんだけど、そういった可能性を考えずに仕掛けてくるおバカさんがいるそうです。頭おかしいだろと、兄が呆れてます。
あ、ちなみにですね、さっきの魔力が漏れてって話ですが、どうやら魔力量にあまりにも差がありすぎると、それだけで恐怖を感じることがあるんだそうです。エルさんの場合、その魔力量がハンパないので普段はそれを抑える魔道具を身に着けているんだそうですよ。じゃないと、周囲の人を無駄に怖がらせてしまうそうです。
「意識して抑え込む事も出来るんだけど、ちょっと油断しただけでもさっきみたいになるからねぇ」
そう言って、苦笑してます。
「魔道具どうしたんだよ?」
「アレックスのが限界来ちゃってねぇ。取り敢えず、私のを持たせてる」
「ああ、そう言う事……」
兄が納得している。
どうやらエルさんの息子であるアレックス君もかなりの魔力を保有しているようで、魔道具を着けていないと周囲に影響が出てしまうんだそうです。
『おなかすいた!』
ルナちゃんに髪を引っ張られました。お腹すいたらしい。
「ああ、ごめんね。そろそろおやつの時間だね」
「ん? おなかすいたって?」
「はい。いつもこのくらいに、おやつ代わりのお肉をあげてるので」
ちゃんとした食事は、ルナちゃん自分で狩りをしてるのですよ。ただ、私からもほしいらしくて、みんなのおやつの時間位にルナちゃんもおやつ食べてます。肉だけど。
という事で、本日はこれで解散という事に。
なんか、聞いたらいけないような情報もたくさんあったような気もするけど、思いかげずにルナちゃんの正体が判明したので兄が頭を抱える事態になってますが、諸々の対応は私に出来ることはないので兄にぶん投げて終了です。
ていうか、にーちゃん、ごめん。