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06 クスキス訪問


 一か月経ちました。

 色々と申請やら登録やらが必要でお城へ連れて行かれたり、手軽に使える身分証が欲しくて冒険者ギルドに登録しに行ったりと何かと忙しかったのもひと段落。この年でただ飯ぐらいはちょっとないよなぁと思い、そろそろ真面目にお仕事しないとなーと兄に相談してみた。

 取り敢えず何でもいいから何か私でも出来そうな仕事をくれと言ったのですが、兄からは、まずはこの世界に慣れろ常識を学べ話はそれからだと厳命されてしまった。

 いや、わかってはいるんだよ? あっちで生まれ育った私の感覚とこっちでの常識との乖離が激しすぎて、使用人さんたちと話してた時にドン引きされたこともあるくらいだし。特に安全面。

 確かに、こっちの常識とか知らない事もあって、危機意識が薄いのはさすがに自覚しましたよ。情勢とかも知識ゼロだし、そもそも今いるこの国の事さえよく知らない。さすがにこのままじゃマズいなと自分でも思ったので、皆様には手の空いた時に色々とご協力いただいております。

 レティちゃんからは魔法を習い、兄宅の使用人の皆様からは庶民的な様々な事や物価とかを教えてもらいつつ、クリスさんからは一般的な知識を学んでいます。クリスさんの講義にはたまにパトリック君やヴィクトル君が乱入するんだけど、お子様二人にさえ、それ違うとかオカシイとか指摘されまくる私。居たたまれない。

「仕方ない事なのでは? 坊ちゃんたちは七歳とはいえこちらで生まれ育っているのですから。比べてマキさんはこちらへ来て、やっと一か月です。年単位で蓄積してきた経験を一か月で上回れるわけがありません」

 お子様二人に突っ込まれまくってふてくされていたら、苦笑交じりのクリスさんにそう言われました。

 まあ、確かにそれはあるとは思うんですよ。私も。しかし、それを差し引いてもあのお子様二人はとっても優秀。育ってる環境の所為もあるんだろうけど、どうしても七歳とは思えない。

 さっきだって、君たち本当に七歳かって突っ込んだら、パトリック君にもうすぐ八歳だよって言われた。違うんだよ、そういう事が言いたいんじゃないんだよ。……でもそうか、お誕生日近いんだ。後で兄にでも確認を入れておかねば。

「なんでしょうね……下手に言葉が通じるから、余計にこう……妙な安心感みたいなのがあるんですよ。これが、言葉が通じないってなったら、かなり焦ってたんじゃないかとは思うんですけど」

 そうなんだよねぇ。これは、ホントに大きいと思うんだ。

 会話は問題ない。と言うか、こうして何気なく会話していても、クリスさんの言葉と口の動きに違和感は感じないから、恐らく日本語と同じだとは思うんだ。文字は違うけど。形はアルファベットに近いんだけど、アルファベットでもない全く見た事のない文字。

 更に言うと、この世界。なんと、言語は世界共通らしくて、どこへ行っても言葉が通じないって事はまずないらしい。まあ、独自文化を継承する小さな集落とか、鎖国状態の種族などは独自の言語を使っているらしいけど、それは本当に極稀な事らしい。

 そして、言葉が通じるからこその安心感ってのは、クリスさんも同意らしいです。

「そうですね。意思疎通が出来なければ不安に苛まれるでしょうが、その心配がなくなった時点で不安は軽減されるかもしれません」

 軽減どころか、安心しきって兄の前で涙腺崩壊したからね。

「しかし窓の時も不思議に思いましたが、マキさんは不測の事態に直面しても冷静さを失いませんよね。なにかそういった訓練でもしていたのですか?」

「いやいやいや! そんな訳ないじゃないですか、窓の時だってわけわからな過ぎていい加減、夢だと思ってましたからね!」

 あれは、本当に驚くとかそんなレベルじゃなかった。本当に意味がわからなすぎたが為に、一周回って逆に冷静になったという方が正しい。

 窓もね、窓だけならまだ良かったんだよ。自宅から見えないはずの景色が映ってるだけだったし。まさか、向こうからも私が見えていて、尚且つ向こうから接触してくる存在がいるなんて思わないじゃない。しかも、普通に窓をコンコン叩いて接触を図ってきたのがお子様だったし。子供の好奇心怖いなと思ったよ。

「そうなのですか? その割には坊ちゃんたちとも会話が弾んでいたように見えましたが」

「あれは、ある意味現実逃避です……」

 認めたくない現実と言うか、頭がおかしくなったんじゃないだろうかって不安を押し隠す為に、見て見ないふりをしていたというか。まあ、途中からそんな誤魔化しも効かなくなって、クリスさんが加わった頃には開き直ってたような気はしないでもない。自分でも。

「ていうか、それを言うならクリスさんもですよね? 出たり消えたりする窓なんて何をどう考えても怪しすぎるでしょ。それなのに、普通にしてましたよね?」

「坊ちゃんたちが窓を超えようとするなら止めましたが。会話しているだけでしたら危険はないと言うのが、我々護衛達の認識でした」


 護衛達?


 なぜか複数形。

 私が気付いた範囲だと、お子様二人とパトリック君以外は姿見えなかったけど?

「私を含め六人の護衛が周囲にいましたよ」

「うそっ!?」


 全然気づかなかったんですけど!?


「近づきすぎない距離で、死角に入るように配置していました。貴女が窓から身を乗り出すことはありませんでしたし、傍に私がいれば危険は防げると判断していましたので。それに、坊ちゃんたちはエルヴィラ様特製の魔道具を常に身に着けていますから、そこまで心配もしておりませんでした」

「ええー……」


 なんか、緩くない?


「そもそも、貴女を見て何かできるとは思いませんよ。私が傍にいたのも不測の事態に備えてであって、貴女自身を警戒していたわけではありませんので」

「どこから来るんですか、その自信」

「これでも人を見る目はあるつもりですよ」

 にっこりと、そんな事を言ってるけど。

 優秀な護衛さんであるクリスさんが、そんな勘みたいなものに頼るものだろうか? ちょっとかなり疑問に思うんですけど。

 なんかねぇ、クリスさんも特殊スキルがあるんじゃないかと疑ってるんだけど、それらしい様子は見せてくれない。まあ、私にバレるくらいだったら、とっくに周知されてるよね。でも、そんな話は聞いたことがない。

「話が逸れましたね。生まれ育った環境の違い、すぐにはその差を埋めるのは難しいでしょう。旦那様もそれがわかっているからこそ、まずはこちらの環境に慣れるようにと仰ったのだと思いますよ」

「それはわかってるんですが……それでもですね、こう、一応は社会人として自活していたので、ただ養われているって状態は落ち着かないんですよ」

「真面目ですね」


 苦笑された。なんでよ。


「慌てずとも、まだひと月です。仕事をするにしてもこちらの一般常識を身に着けてからにしないと、トラブルの元になります。それに、近日中にクルキスへ行くことになりますから、そちらの準備もしませんと」

「クルキス?」


 なにそれ聞いてない。


 適性が分かった時に、クルキスへ行かないとみたいなことは確かに言われたけどさ。なんか、もう行くこと決定しているみたいな言い方だったけど、私は何も聞いていませんが。

「そうです。旦那様のスケジュール次第だったのですが、三日後の予定がなくなったのでそのタイミングで行くそうです。私も同行しますので、今のうちにクルキス神聖国についても少しお話をしておきましょうか」

 脱線していた授業が再開されました。


 クルキス神聖国。

 この世界で最大派閥の宗教でもある女神信仰の総本山で、教皇が国の代表を務める国だそうです。聞いた感じだと女神信仰以外の宗教って、その地域に根差した精霊信仰とかそんなのが大半で、対抗馬となるような組織はないとの事。それに、女神信仰とは言っても他にもたくさんの神様がいるらしくて、女神様はその神々のまとめ役というか一段上の神様と考えられているようで、信仰対象が分かりやすいように唯一偶像化されているんだそうです。なので、他の神様を信仰していたとしても、それが女神信仰内で神と認められている存在だったら、女神信仰の信者として扱われるらしい。

 国家としては不可侵不干渉を謳っていて、何があろうと他国に介入する事はないそうです。ただ、優秀な治療師を大勢抱えている事もあり、他国から治療師の派遣要請があれば基本的には応じるそうです。戦争や内戦真っ最中の国からの要請には応じないみたいだけど。


 しかし、女神信仰という名の神様沢山ってのは、なんとなく日本と同じような感じがするな。

「例えば、商売を司る神や技術を司る神、自然そのものや豊穣を司る神と、様々です。職人なら技術を司る神、農業を生業としていれば豊穣を司る神、漁師などの船乗りは海を司る神を信仰すると言った感じに、職業や生活環境で信仰対象が異なることも珍しくありませんし、個人が複数の神を信仰している事もあります」

「なるほど。じゃあ、基本的には誰がどんな神様を信仰していようと自由って事ですね?」

「そうですね。ただ、信仰対象が女神信仰に属さない神だとクルキス神聖国へ入国する際には少々面倒にはなりますが、入国自体を拒否されることはありませんし、それを咎められることもありません。その辺りは個人の自由です」

「あ、他の宗教に対しても寛容なんですね」

「寛容というよりは、気にしていないと言った方が正しいかもしれませんね。ただ、稀に自身の信じる神を崇拝するあまり、他の髪を排除しようとする方もいますので、そういった人物を警戒しての事です」

 ああ、確かに、自分の信じる者以外を排除しようとする人種はいるよねぇ……元の世界にもいたよ、そう言う人。

 しかしクルキス、女神さま以外を信仰していても気にしないって。それ、宗教界においては絶対的な王者だからこその余裕って事だよね、女神信仰が。この世界では。

 まあ、宗教絡みで戦争に発展なんて珍しくもなかった事を考えると、他に争うような勢力の宗教が存在しないって言うのはある意味平和だろうなとは思う。他の宗教を締め出すようなこともないみたいだから、それなら宗教間の争いとかも起こりにくいだろうし。

「このクルキス神聖国ですが、治療師の保護をしている国家としても有名です。マキさんもその対象となりますので近日中の訪問を予定しているわけですが、基本的には治療師と認定を受けた段階で市民権を発行され、その後はクルキスが自国の保護対象者として認定します」

「奴隷化防止でしたっけ?」

「主には、そうです。治療師を雇う場合は世界協定があり、これに基づいて雇用契約を結ぶのであれば問題はありません。ですが、絶対数の少ない治療師はどうしてもよからぬことを企む連中の切り札の一つにされがちなのです」

「生存権、握れますもんね」

「その通りです。ですので、クルキスでの登録は自分を守る意味でもしておいた方が無難です。登録されている治療師に何かあれば、すぐにクルキスが動きます。あの国は色々と独自のルートを持っていると言われていて、かの国の逆鱗に触れた組織のいくつかは文字通り消滅しています」

「消滅?」


 壊滅ではなくて?


 いや、どっちだったとしても怖い事には変わりないけど、壊滅と消滅とじゃ、だいぶ違うよ。

「状況的には消滅が近いのですよ。信じられないでしょうけれど」

「いやいやいや! 消滅って、だって消えてなくなるって事ですよ!?」

「疑う気持ちはわかりますが、事実です。この十年で、私が把握しているだけでも二つの商会と三つの犯罪組織が消滅しています。今では過去にこんな組織があったと人々の記憶に残ってるだけでしょうね」

 それも、覚えている人間がいなくなった時点で完全に消滅しますよと続けたクリスさんに、背筋が寒くなるどころではなかったよ!

 この時点で私の中では、クルキス神聖国は完全にヤバイ国認定されました。そんな国を私は近々訪問するわけですが、行っても大丈夫なのかしら、本当に。不安しかないんだけど。

 その後もクルキス神聖国についてのお話を聞かされ、最終的には怖い国だけど味方になってくれれば心強い国と認識を改めました。なんかね、よくよく聞いたら孤児院や救護院の運営とか、慈善事業にかなり力を入れてるお国柄でもあるらしいって事もわかったので。


 こんな感じで、事前に情報を詰め込めるだけ詰め込んだおかげで頭がパンクしそうになりつつ、本日は終了となりました。



 **********



 クリスさんからお出かけ情報を聞いた三日後。本日、初めて国外へ出ることになりました。

 それというのもですね、レティちゃんの指導のおかげでなんとか初歩の回復魔法を使えるようになり、中級もそこそこ成功率が上がってきたので、クルキス神聖国へ行って認定? だかしてもらうそうです。

 真面に行くと片道十日以上の道のりだそうですが、今回は裏技で行くことになりました。


 そう、転移門ですよ転移門! 初体験!


 ただ今その転移門がある場所へ、馬車で移動中です。兄は、お城に拠って行かなければならないらしく、先に行って手続きをしておいてくれるそうです。

 道順としては、ここからまずグラフィアスという国へ飛んで、そこからクルキス神聖国へと移動になるそうです。

 どうやら転移門の設置が出来る国ってグラフィアスしかないらしく、基本的にどこの国の転移門もグラフィアスへと繋がっているんだそうですよ。で、この転移門は国が管理しているので、使用する場合には事前の申請とか色々と面倒な手続きが必要らしいんだけど、今回は割と緊急性が高い案件での使用申請だったので、あっさり許可が下りたそう。……誰でも自由に使えるものではないのね。ちょっと意外。

「制限は当然だと思いますよ。移動手段としてはこれに勝るものはないでしょうが、管理するだけでも優秀な魔導師が複数人必要とされていますし、使用する魔石も高純度のものを必要とするので資金も必要です。故に、身分証は必須ですし、使用料金も決して安くはありません」

 自由に使えない事を意外だとクリスさんに言ったら、そう返された。

 確かに、維持管理にそれなりの資金が必要となれば、使用料金を徴収するのは当たり前かもしれないなぁとは思う。管理する人員も魔導師じゃないといけないみたいだし、そうすると人件費もバカにならないのかな?

「クリスさん、魔導師ってやっぱり雇うとお金かかるんです?」

「そうですね。転移門は国の管理ですし、その管理者に選ばれるには国のお抱え魔導師となる必要があります。魔導師となれる才能を持つ者もそう多いわけではありませんので、採用されれば下っ端でもそれなりに高給取りではありますね」

「へぇー」

 高給取りだって。

 まあ、魔導師になるのって簡単ではないみたいだしね。そもそも、才能がものを言うって時点で、なれる人間が限られてるって事でもあるんだろうし。

 あれ? でも、この世界の人ってみんな魔法使えるんだよね? 魔力も訓練次第である程度までは増やせるって言ってなかったっけ?

「魔導師って何か特別な資格とか必要なんですか?」

「資格等は必要ありませんが、基準となるものはあります。それが一定以上の魔力量と制御能力です」

「魔力量はわかるんですけど、制御?」

「魔法を使う上では必須ですよ。貴女のようにその辺りを理解しないままで、ほぼ完璧な制御が出来る人間など、そう居るものではありません。貴女は例外中の例外です」


 ……なんだろう。なんか、やたらと例外の部分を強調された気がするんだけど。


「通常は七歳前後で自分の適性を調べてもらってから、まずは魔力の制御を学びます。この制御が未熟なまま魔法を使うと、魔力暴走を起こす恐れがあるのです。魔力暴走は時に死に直結する事もありますので、ある程度のレベルまでの修練は必要です」

「えっ」


 まさか、そんな怖い事だったの!?


 適性が判明してからレティちゃんに魔法教えてもらってたけど、そんな怖い事態になりかねないなんて今初めて知ったよ! ちょっと、今更ながら怖くなってきた。

「まあ、その辺りも魔力量に関係してきますので、一般的な少し魔法が使える程度でしたら少し具合が悪くなる程度です。マキさんが魔力暴走させたら周りを巻き込んでの大惨事になりかねませんが」


 前半でホッとしたのに、後半で爆弾落とすって。


 クリスさん、ちょっと意地悪? 思わずジト目を向けてしまったよ。

「貴女の場合はミサキ様が、かなり早い段階で魔力制御の訓練の必要がない事に気づいていた事もあり、敢えてその辺りのお話はしなかったのです」

 こちらの視線など気にも留めずに、説明を続けるクリスさん。


 しかし、魔力制御の訓練が必要なかったって、どういう事? そもそも、なんでミサキさんが気付いたの?


 考えてみたけど、よくわからない。そんなの、見ただけでわかるもんなのだろうか?

「一応、言っておきますが、見ただけでわかる者などいませんよ。ミサキ様はマキさんの様子を見た上で過去の事例と比較して気づいたそうです。詳しくは教えて頂けませんでしたが、特徴的なある事で判別可能だと仰っていました」

「そうなんですか……」

 取り敢えず、自分はその心配はないんだろうってのはわかった。色々と腑に落ちない点はあるけれど。


 しかし、特徴的な、ある事ってなんだろうか? 今度、ミサキさんに会ったら聞いてみようかな。


「ああ、そろそろ着きますね」

「あれ、もう?」

 おしゃべりに夢中になっていたら、到着が早かった。

 馬車で移動する事、三十分くらいかしら。

 街から出て少し行ったところに、そこそこの大きさの建物。入り口には重そうな鎧で全身を包んでいる騎士らしき人が槍を持って立っている。

 そして、その入り口付近に見慣れた姿が。

「あ、いた」

「少しお待たせしてしまったようですね」

 馬車が進み、誘導された場所へ停止する。

 すかさずクリスさんが先に降り、手を差し伸べてくれた。……こういう扱い、本当に慣れてないので未だに戸惑うんだけど、クリスさんは本当に自然にやってるし、こっちだと普通の事らしいのでいい加減慣れなければとは思うんだ。慣れないけどさ。

 何とか馬車を降りて、兄に近づく。

「お待たせいたしました」

「いや、俺も少し前に来たところだ。……ん? 何をそんなにそわそわしてんだ?」

 兄の視線がこっちに来た。


 いや、だって! 転移門って、要するにワープだよね!? あっちにもなかった移動手段だよ!


 転移門を使うって聞いた時もワクワクしてたんだけど、目の前まで来たらワクワクが復活した! 早く見てみたい!

「……わかった。わかったから少し落ち着け」

 兄に呆れ気味に頭をポンポンされた。こちらの考えていることが駄々洩れらしい。

 その後、兄を先頭に建物の中へ入ると、ローブっていうのかな? 漫画とかゲームで見た魔導師の定番みたいな恰好をした人に案内されて、部屋に入ると。

「わぁっ!」


 もう、すごいとしか言いようがない!


 広い部屋の床には円形の魔法陣みたいなのが書いてあるというか、光ってる。なんかこう、不規則に瞬いている感じで、本当に不思議。

「ほら、マキ」

 見惚れてたら呼ばれた。

 後ろで苦笑してるクリスさんにも促されて、兄の後に続いて魔法陣の上に立つ。

 一瞬、光が強くなったような気がして、ふわっと浮遊感みたいなのが、一瞬だけど感じたような気がしたけど、それだけだった。

「何してんだ、行くぞ」

 再び兄に呼ばれて、慌ててついて行く。


 え? いや、まだ何も起きてないけど?


 兄、私、クリスさんの順で部屋を出たんだけど、出た瞬間に驚いた。

「……は?」

 全然、景色が違った。

 だって、さっきは建物の中に入ってから長い廊下を通って、魔法陣が書かれている部屋に入ったのに。

 扉をくぐったら、外だった。しかも、まったく様子が変わっている。だって、街から少し離れた場所にあったとはいえ、街は普通に見えていたし辺りは草原のような感じで開けた場所だった。

 でもここは、周囲を背の高い木々が囲んでいる感じ。森の中って感じだ。

「え? は?」

 あまりの違いに一人でパニクっていたら、

「ここがグラフィアス、エルヴィラ様が暮らしている国です」

 クリスさんに、そう解説されてやっと理解した。

 さっきの浮遊感みたいなの、気のせいでも何でもなかったらしい。本当に、あの一瞬で別の場所に来ていたんだと理解したら、なんかもうすごい気分が高揚してきた。

「待て待て、落ち着け。まだ移動するんだから、もう少し大人しくしてろ」

 察したらしい兄に宥められたよ。

 そうだった、ここからクルキス神聖国へ移動するんだった。

 すたすたと歩いてくる兄に遅れないようについて行く。どうやらこの辺りには各国への転移門がいくつも設置されてるようで、森の中の一本道沿いに同じような建物が点在している感じなんだけど、この建物の数だけ繋がっている場所があるって事だよね?

 なんかよくわからないけど、それでもなんかすごいなぁと内心感心してたら、背中がゾクッとなった。

「? なんか、寒い?」

 興奮してて気づかなかったけど、ちょっと空気がひんやりしている気がする。

「グラフィアスは我が国の遥か北にある大陸、国土の大半が高山地帯にある国です。王都は比較的に低地にありますが、それでも我が国と比べればかなり標高が高い位置にあるんです。この国は冬が厳しい分、夏でも過ごしやすく避暑地としても有名な国なのですよ」

「へぇー、避暑地なんですね」

 確かに、春のこの時期でも、この空気にひんやり具合はかなり涼しい。今の季節でこの寒さなら、夏も過ごしやすいってのはわかる気がする。

「旦那様も毎年のように夏場の厳しい時期には奥様と共にこちらに滞在しています」

「そうなんですね。ああ、エレーヌさん、暑いのは苦手って言ってたかも」

 そんな会話をしつつ兄の後について行くと、出てきた建物からはかなり場所に到着。

 入り口で兄が何やら書類を見せて、中へと入っていく。

 慌ててその後について行くと、また同じような部屋。

 兄に続いて魔法陣の上に立ち、魔法陣が一瞬強く光った気がしたと同時にふわりと浮遊感。

 移動を開始した兄について部屋を出ると、またもや目の前には全く違う風景。

 前方には白亜の……神殿かな、もの凄い存在のある建物。

「あれがクルキス神聖国の中心、聖都クルキスだ」

「国の名前と聖都の名前、同じなんだ」

「ああ。元々、クルキス神聖国はあの神殿の中心とした地方都市のひとつでしかなかったんだが、国からの干渉は最低限な自治区扱いだった。世界最大勢力の女神信仰の聖地でもあったから、国としても干渉できなかったってのもある。で、当時クルキスを領土内に収めていた国がある時後継者争いで内戦が勃発、潰し合った結果、お互いに被害甚大すぎでて国として成り立たなくなりって消滅。その時にクルキスは今後はどの国にも属さない事を宣言、まあ、実質独立を宣言した形だ。聖地が解放されるとあって、周辺各国からはあっさり承認されて今に至る」

 兄が歩きながら解説してくれた。

 ちなみにクルキスが独立して今年で百五十年だそうです。

 兄の話をふんふんと聞きつつ進むと、そこには一台の馬車が待っていた。

「カンタール侯爵、お待ちしておりました。クルキスへようこそ」

 馬車の前には、小柄で優しそうなお爺ちゃん。神父さんみたいな服を着てる。

「これは……ロレル枢機卿。まさか、貴方が出迎えてくださるとは。態々、申し訳ない」

「ほっほ、将来有望な治療師の卵を見つけたとなれば、黙ってはおれませなんだ。さあ、移動しましょうか」

 促され、みんなで馬車に乗り込む。

 道中、よくよく聞いてびっくり。枢機卿ってのは、教会の階級だと、上から二番目なんだそうです。え、それって、もの凄く偉いって事だよね? そんな偉い人が迎えに来てくれたの?

 兄たちの会話にびっくりしていると、兄は私が異世界人で自分が保護したことまで話し始めたよ。どうやら兄はこのお爺ちゃんの事は信頼しているらしい。

「ほうほう、では、カンタール侯爵が後見人という事ですな」

「基本的には私が。ただ、マリウス殿下も後見人の一人として名乗りを上げてくださいました」

「ふむ、それなら権力関係の心配はなさそうじゃの」

「はい。あとはこちらで登録を済ませれば、手出しできる者はほぼいなくなります」

「なるほどの。では、わしも後見人の一人に名を連ねておこうかの」

「お願いできますか」

「聖女様の同郷人とあっては、黙っていることは出来んでな」

 聖女様って言葉に、そう言えばと思い出した。

 ミサキさんのお姉さん、聖女様らしいんだけど、確かクルキスにいるって言ってたな、と。

 もしかしたら、ミサキさんのお姉さんにも会えるのかなとちょっと期待しつつ、目的地に着くまで兄とお爺ちゃんの会話に耳を傾けていた。


 到着したのは、さっき遠くに見えていた神殿のすぐ隣にある建物。ここでは色々な手続きを行っているんだそうです。

 お爺ちゃんの案内で中に入ると、すでに準備しておいてくれたようで、手続きはサクッと終わってしまった。

 手続きをしてくれたお姉さんが最後に、

「これでマキさんはクルキス神聖国公認の治療師として登録されました。今後、マキさんはクルキスの一員としてご自由に活動してくださっても大丈夫です。ただし、定期的に現状の確認等で連絡を取らせていただきますので、所在地の変更や長期の不在となる場合は出来る限り事前にお知らせくださいね。こちらはクルキスが認めた治療師である証となります。肌身離さずお持ちください」

 そう言って、二センチくらいの長方形の金属みたいな水色の板を渡された。表面になんか色々と彫ってあるけど、何が掘ってあるのかはさっぱりわからない。片側に穴が開いてるから、紐でも通して首から下げておけばいいかな。

 貰った板をしげしげと眺めていたら、お爺ちゃんに呼ばれた。

 今度はお爺ちゃんの知り合いの家に行くそうです。

 そのまま四人で移動して、今度は出発した建物からほど近い所にあるお屋敷へと案内されたんだけど……兄宅より全然大きいんだけど!?

 え、何事と思いつつドギマギしながらついて行くと、通されたのは応接室……なのかな? なんか、色々と豪華すぎて目がチカチカするんですが。

 兄とお爺ちゃんは普通に雑談してて、クリスさんもわかったような顔して静かに私の斜め後ろで立ってて、私だけが落ち着かない感じでなんか納得いかない。

 やがて、部屋に入ってきたのはご夫婦・…かな? 

 三十代後半くらいだろうか、なんかとても上品な感じのご夫婦って感じなんだけど……奥さんの方が黒髪黒目で、なんかちょっと知り合いに似ているような気がするんだけど気のせいじゃないよね、これ。

 にこやかに挨拶を交わす兄を見つつ、どうしたものかと考えていると。

「マキ、こちらはクルキスの聖騎士団の団長、シルヴェスター公爵だ」


 にーちゃん、そんなあっさり紹介して良い人じゃないんじゃ!?

 ちょっと待ってよ、公爵って事は、王族以外では一番身分が上の人って事だよね!? なんでそんな人と知り合いなの!?


 あまりの事態に、軽くパニックです。

「あ、あの、マキと言います」

 何とかそう挨拶するのがやっとだった。


 笑ってんじゃないよにーちゃん、いきなりこんな偉い人の前に連れて来るとかどういうことさ!?


「ふふ、そんな固くならないでいいわよ。初めまして、マキさん。私はシオリって言うの。ミサキの姉よ」

「へ?」


 ミサキさんのお姉さん?

 ミサキさんのお姉さんって事は…………もしかしなくてもやっぱり聖女様!!


「そうそう、ミサキ経由でカレーのルーを貰ったの! 久しぶりに食べたけど、本当に美味しかったわ、主人も子供たちも気に入ったみたいでまた食べたいって」

「カレー」

 いきなり聖女様が目の前に現れてちょっとパニックになりかけたんだけど、カレーですとんと落ち着いた。

 でも、カレー。ここでもカレー、大人気らしい。ていうか聖女様、子供いるんだ。

 そう言えば、と、ミサキさんから貰った物理法則ガン無視な鞄を持ってきていた事を思い出して、中を漁る。車の荷台で勝手に復活する荷物、そのうち復活しなくなるかもしれないなと思って、せっせとこの鞄に移してるんだよね。コメだけでもすでに五十袋くらい入ってるはずなんだけど、どんだけ入るんだろうか、この鞄。

 そんな事を考えつつ、鞄からあるモノを取り出した。

「えっと……これ、良かったら皆さんで。お子さんも飲めると思うので」

 そう言いながら出したのは、パトリック君たちが大好きなココア。お子さんいるなら喜ばれるかなと思って出してみたんだけど。

「あら、ミルクココア! 嬉しい、私これ、子供のころ大好きだったのよ!」

 なんか、聖女様本人にもの凄く喜ばれた。

 そんなに好きだったのならと、追加でもう四袋ほど渡してみたら、飛び上がって喜んでたよ。ついでに抱き着かれました。

 旦那さんな公爵様もそれを微笑ましそうに見ているし、なんだろう。なんか聖女様、可愛いかも。

 ついでなので、先ほど話に出てきたカレー、他にもレトルト類を、一緒に鞄に入れておいた紙袋に詰めてこっそり渡してみた。なくなったらミサキさん経由で依頼してくれれば用意しておきますと伝えながら。また、抱き着かれました。


 その後は仲良くお茶を頂きつつ、色々と話をしましたよ。

 話の流れで、私が兄の前世の妹だって話したら驚いていたけど、同時にだから似ているのねって言われて思わず兄を顔を見合わせた。似てるかな?

 聖女様曰く、外見的なモノではなくて、魂の輝きとかそんな感じのモノが似てるんだって。聖女様ってそんなのもわかるんだね。

 ご夫婦からは何かあったら遠慮なく頼っていいからねと、とても有難いお言葉を頂いて帰路につきました。

 なんかもう、色々と驚くことが多すぎて転移門ではしゃいでたのが一瞬で終わってた事に、自室に戻ってしばらくしてから気付いた。晩御飯食べてお風呂も入って後は寝るだけって時になって、思い出したんだよ! あれだけドキドキわくわくしてたのに、今の今まで転移門のこと忘れてたなんて!

 ええ、帰りも転移門で帰ってきたけど、なんか普通に通ってきただけだった。本当に、普通に。

 行きは転移門の建物から出るたびに景色が変わっていた事に驚いていたのに、帰りは何も気にせずに普通に帰ってきてしまった。もっとこう、転移門の仕組みとか色々と聞こうと思ってたのに!


 まあ、またクルキスへは行かないといけないみたいだし、今後も使う機会はあるだろう。残念だけど、今回はここまで。次回に期待しよう。




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