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03 不可思議な出来事は継続中


 そうそう、私の車。

 翌日にとんでもないことが判明しました。

 なんとこっち来た時に車に積んであった荷物、昨日、兄たちに手伝ってもらって一度全部下したはずなのに、朝見たら同じ光景が広がっていた。……いや、自分でも何言ってるのかわかんないんだけど、同じなんだよ! こっち来た時と、同じ状態になってたの! 意味わかんなくない、なんで前日に下ろしたはずの荷物と同じものがまた車に積まれてるのさ!?


 パニック起こした私が、兄の執務室に駆け込んだのは仕方ないと思う。


「ににににーちゃん、にーちゃん!!」

 教えてもらってた兄の執務室に駆け込んだら、兄が驚いた顔でこっちに寄って来た。

「どうした、そんなに慌てて」

「く、くるま!」

「車?」

「くるま、う、う、うしろ……!」

 ちゃんと説明したいんだけど、なんか言葉が出てこなかった。

 見かねたのか、兄の傍にいた優しそうな雰囲気の男性が兄に言ってくれたんだ。

「旦那、見に行った方が早いですよ。これは整理しておきますから」

「ああ、すまん。頼む」

 そのまま兄の腕を引っ張って、車の所まで連れて行って。

 後ろ開けて中を確認させたら、兄も固まってた。

「……は? え、ナニコレ」

 兄は車の中の箱を確認。

「え? 昨日、下ろしたよな? また積んだのか?」

 聞かれて、首を横にぶんぶん振る。積んでないし、そもそも結構使ったし、エルさんたちにも持って帰ってもらったし。また積んだとして、同じ状態になるわけがない。

 すると兄、近くにいた使用人にキッチンへ行ってこれと同じものがあるか確認してくるように言いつけて……その人が戻って来て、ありましたと言ったもんだから、どういうことだと言う話になって。

 改めて中を確認したけど、内容は昨日と変わらず。手を付ける前の状態。

 全部下ろしたはずの箱に入っていたレトルト食品やお菓子、米袋まで元からここにありましたと言わんばかりに、どーんと鎮座していた。冷凍庫の中のお肉やアイスも復活してた!

 思わず無言で兄と見つめあっちゃったよ。

「にーちゃん、これなに」

「いや、俺に聞かれても」

「なんで、復活してんの? なんかした? なんかしたでしょ?」

「いやいや、何もしてないから」

「じゃあ、なんで元に戻ってんの!?」

「知らん! つーか、俺が聞きたいわ!」

 こんな感じで車の前で騒いでたら、どんどん人が集まって来て。

 さっき、兄の執務室にいた人まで来てしまった。

「なにやってんですか、旦那。素が出すぎです。いくら自宅だからと言って気を抜きすぎですよ、どこで誰が見ているかわらないんですから」

「あ、すまん」

「ここの使用人は旦那の奇行には慣れていますけど、出入りの業者は知らないんですから、気をつけてください」

「はい、ごめんなんさ…………ん? いやちょっと待て、奇行ってなんだよ!」

「ああ失礼しました、今に始まった事じゃないですね、旦那にとっては普通か」

「おいっ!」


 あれ、なんかこの人、優しそうな感じなのに毒舌キャラ……?


 外見の優しそうな雰囲気からは想像もつかないくらい、兄に対して辛辣というか扱いが雑な気がする。何言われても、ものっ凄く軽くあしらってるんだもん。

 そんなことを考えてたら、目が合ってしまった。にこっと微笑んだ顔は優しそうなんだけどなぁ。

「別に雑に扱っているつもりはありませんよ。こんなのでも一応、俺の主なので」

「それが雑だっつってんだよ!」

 指さしつつ、こんなのって……兄が食ってかかってるけど、やっぱり軽くあしらってるし。うん、私から見ても主に対する態度ではないと思うのよ。でも、不思議と違和感がないし、やり取りが馴染んでいると言うか……自然な感じ? なんだろう、これは。

 というか、そもそもなんだけど。

「私、声に出してましたか?」

「いいえ? ただ、やはり旦那の妹さんだなとは思いました」

 疑問をぶつけたら、あっさり否定されてしまった。

 でも、どういう意味だろうか、それは。

「あー、マキ。紹介してなかったな。こいつは俺の従者兼護衛のザックだ。幼馴染なんだよ」

「えっ!?」

 幼馴染という言葉に反応してしまった。

 だって、幼馴染って事は兄と同じ年くらいなわけでしょ? どう見てもそんな歳には見えないんだけど!?

「ちょっと、どーいうこと!? にーちゃんもだけどオカシイでしょこの世界の人、なんでみんなして年齢不詳なの!?」

「いや、そんなこと言われても」

「ザックさん、エレーヌさんと同じくらいにしか見えないよ!?」

「奥様、俺と旦那と同じ年ですよ」

「そうだった!!」

「待て待て待て、落ち着けマキ」


 にーちゃんにはわかんないよ、年齢不詳な美形軍団に囲まれるこの居たたまれなさ! 


 その後も暴走する思考をどうにか落ち着け、取り敢えずどこかにすっ飛ばしてた車の荷物問題の事を思い出した。というか、ザックさんに言われて思い出した私と兄。完全にダメ兄妹です。

「取り合えず、今日はそのままにして明日の朝、確認しましょう。荷物が残っていたら、また運び出して翌日に確認する。これを何度か繰り返せば、法則はわかるんじゃないんですか?」

 ついでにそう提案されて、それを実行することになった。

 取り合えず、車のカギは私が持ってることに。……運転したいならいつでも鍵渡すよと言ったら、なんかやたらと嬉しそうな顔してたけど……うん、車というか乗り物全般好きだったもんね。あと、アウトドア。私がこの車を買ったのだって、明らかに兄の影響だし。


 そして、翌日。


 気になりすぎて、朝一で様子を見に来ました。

「戻ってる……」

 うん、戻ってた。

 実はあの後、やっぱり一部だけ下ろしておいてみようかって事になって、一番使うだろう米袋だけ下ろしておいたんだ。で、今見たら米袋がどーんと居座ってる。

「…………」

 なんだろう、これ。本当に、どうなってるんだろう。

 よく聞く、異世界転移の特典ってヤツなのかな? いや、食べるのに困らないのは嬉しいけど、でもどっから湧いて出てるの、これ?

「あ~……やっぱりこうなるのか」

 その声に振り向けば、兄とザックさん。いつの間に来ていたんだろうか。

 でも、何よりもこの衝撃を何とか二人に伝えたい。

「湧いた」

「うん、言いたいことはわかるけど、湧いたわけじゃないからな?」

 米袋を指さしつつ言ったら、溜息交じりに頭をなでられた。

「ザック、何か変わったことは?」

「部下に見張らせておいたんですが、夜明けと同時に一瞬、コレが全体的に鈍く光ったそうです」

「それだけか?」

「それだけですね」

「ん~……」

 兄が首を傾げている。

 どうやらザックさんの部下が一晩中見張っててくれたらしい。お礼言わないと。

 でも、鈍く光ったって、なんでだろう? 日の出だったら、太陽の光で光ったように見えたとか言えたのかもしれないけど、夜明けだもんね……光る要素はないよね。

「まあ、取り敢えず今日はもう一度、全部下ろしてみるか」

「ですね。これで明日も復活してたら、確定でしょう」

「だな」

 何が確定なのかはわからないけど、今日は全部下ろすらしい。

 兄が使用人を集めようとしたところで、止めた。

「にーちゃん、わざわざここで下ろさなくても、これで裏の入り口近くまで持っていけば良くない?」

「あ、そうか」

 私も兄も、なぜか車を動かそうって発想がなかった。本当に、なんでだろう。

 とにかく、兄とザックさんを車に乗せて、自分は運転席に乗り込む。エンジン、かかるかちょっと心配だったけど、問題なくかかった。良かった。

「おっ、MTか。いいな」

「うん。これ買うなら、絶対にMT欲しかったんだ」

「うん、わかるわかる」

 助手席でうきうきした様子とに兄とは対照的に、ザックさんは申し訳なかったけど、荷物と一緒に後ろに乗ってもらった。バックミラー越しに見たら、興味深そうに車内を観察している。

「動かしますよー」

 声を掛けてから、発進。

 一応、敷地内なので低速で動かしたんだけど、兄は目を輝かせてた。ザックさんは、やっぱり興味深そうに観察してたけど。

 大した距離じゃないのであっという間に到着。

 邪魔にならない位置に車を止めて、エンジンは念の為に切っておく。

「いや、随分と滑らかに動くんですね……荷台でも信じられないくらい乗り心地が良いです」

「そうだろう、そうだろう! これが普通だったんだよ!」

「納得です。これ知ってたら馬車を改良したくなりますね」

「そうなんだよ」

 どうやらザックさんには乗り心地が信じられないレベルのモノだった様だ。馬車の乗り心地がどんなもんなのかわからないから何とも言えないけど、車みたいに衝撃を吸収するとかはなさそうだもんね。長時間乗ってたら、お尻痛くなりそう。

「痛いなんてもんじゃないです。これに慣れているなら馬車での移動は苦痛でしかないと思いますよ」

 いきなりザックさんに言われてびっくりした。


 え? 声に出してないよね、私?


「ザック……俺と同じ扱いするな。驚いてんだろーが」

 兄が呆れ気味にザックさんを嗜めている。

「ああ、申し訳ないです。今までで一番、旦那に近いものを感じるんで、つい」

 全然、申し訳なくなさそうに見えるのは気のせいかな。あと、兄に近いものを感じるって、どういう意味だろう。

「あの……ザックさん、兄の心でも読めるんですか?」

「まさか」

 まさかなとは思いつつも確認したら、あっさり否定された。

 そりゃそうだよね。……そうだと思いたいわ。

「マキ、真面にとらなくていいからな。コイツは昔っから俺の思考回路を覗き見る能力か何かがあるに違いないんだ」

「そんなわけあるはずがないでしょう。何をバカなことを言ってんすか」

「だったら、なんでわかるんだよ!」

「旦那がわかりやすいからです」

 キッパリはっきり、言い切ったよ。

 えええ、わかりやすいとか、そんな問題なのかな? なんか違う気がする。

「違わないです。兄妹揃って、本当にわかりやすい」

 断言された。思わず兄と顔を見合わせちゃったよ。そんにわかりやすいのかな。なんか、納得いかない。

「納得いかないって顔されてますねぇ」

「……ザックさん、やっぱりなんか特別なスキルかなんかもってません?」

「残念ながら。俺がわかるのって、旦那だけだったんです」

「そうなんですか……?」

 ちょっと待って、だけだったって言ったね? 過去形?

 という事は、だ。

「そこに、私も加わったと」

「そのようですね」

 マジか。

 え、という事は、私って兄と思考回路同じって事? 

「旦那からマキ様の事を聞いた時には、この人ついに頭がおかしくなったかと思ったんですが、マキ様を見て納得しました。外見こそ似てはいませんけど、中身はそっくりです」

「ザック、さらっと俺を貶すの止めてくれないかな」

「貶してないですよ、事実に基づいた感想を述べたまでです」

「そういうやつだよ、お前はっ!」

 どうやら兄は、ザックさんには口では勝てないらしい。まあ、二人を見ていると主従というよりはもっと気安い関係みたいだから、案外このやり取りを楽しんでいるのかもしれない。なんか、楽しそうだもん。

 そんな、心許せる存在がいる兄がちょっとだけうらやましいって思ってしまった。私だってあっちに友人知人沢山いたけど、こんな風に接することができる人は、家族以外にはいなかったな。

 うらやましいけど、それよりも先に訂正してもらわねがならないことが。

「あの、ザックさん」

「なんでしょうか」

「様は止めてください。なんか、むず痒くなるので」

 そうお願いしたら、きょとんとされたよ。なんで?

「いえ……旦那の妹さんをそれは」

「本当にお願いします、慣れてないんですよ日常的に様つけて呼ばれるとか人に細々と世話されるとか! 妹って言ってもこの世界では血が繋がっているわけじゃないし、なんかいろいろ感覚違いすぎて頭くらくらすると言うか、私は純粋にド庶民なんで! にーちゃんはにーちゃんだけどっ、せめてさん付けでお願いします!」

 途中から自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。なってきたけど、勢いで押してやる! 普通にお願いしてもザックさんを説得できる自信ないし、逆に言いくるめられそうなんだもん!

 そんな事を考えつつ怒涛の勢いでまくし立てたら、二人してぽかんとしてた。うわぁ、美形中年のぽかん顔、絵になるわぁ。

「……旦那」

「なんだ」

「間違いなく、旦那の妹ですね」

「納得のされ方が腑に落ちないが、間違いなく俺の妹だ」

「そうみたいですね。……了解しました。では、マキさんと呼ばせていただきます」

「はい、お願いしますっ」

 勝った!

「別に勝負をしていたつもりはないんですが」

 苦笑交じりに言われてしまったよ。完全に考えてる事、バレてる。

 その後、車の中から復活(?)した荷物をおろして元の場所に戻そうとしたら、兄が運転したいと言うので運転させてみた。最初、何度かエンストさせてたけどすぐに感覚は戻ったらしい。無駄に広い敷地内とはいえ、結構なスピード出して突っ走り始めた時はどうしようかと思ったよ。案の定、ザックさんに速度出しすぎだって怒られていたけど。

 ただ、ザックさんも車は気に入ったらしい。兄に、魔道具を駆使して似たようなものを作れないのかと聞いていた。聞かれた兄も眉間に皺寄せつつ考え込んでいたから、もしかしたらもしかするかもしれない。


 こんな感じで、朝一番で車を確認、その後お子様たちに算数教えたりして過ごすこと一週間。

 この世界での生活にも慣れて来ました。規則正しい生活を送っているせいか、体調も今までにないくらい快調。キノセイかもしれないけど、お肌の調子も良い気がする。

 それにしても私、自分でも思っていた以上に順応性があったようで、すでにここでの生活は特に違和感もなく過ごしています。……おかしいよね、魔法とか存在しない世界で暮らしてたんだよ、私。なんで、こんなにも普通に魔道具使ったり魔法見ても驚かないでいられるんだろうか。

「まあ、散々アニメとかゲームで見てはいたけどさぁ」

 ある意味、見慣れていると言えば見慣れてはいたよ。でもさ、画面の中の世界と実際に見るのとでは、やっぱり違うじゃない。色々な現象が、画面の中じゃなくて実際に目の前で起きるんだよ? なんでそんなに違和感を感じてないの、私。

「昔っから細かいこと気にしないだろ、お前」

 朝食の後、日課となっている兄とのお話タイムがあるので執務室にいたんだけど、そこで兄がひと段落するのを待ちつつぶちぶち言ってたら聞こえていたらしい。突っ込まれた。

「どーいう意味よ!」

「基本的に、考えるより動こう、だろうが。小さい時から」

 そう言われると、反論できない。

 考えるより先に動く子供だったのは事実。血相変えた両親や兄に追いかけまわされることも割とよくあった。人が多い場所では特に、兄が手を繋いで放さなかったな、そう言えば。自分でも落ち着きのない子だったなと思う。

「まあ、こちらの環境に順応できているなら何よりだ。体調はどうだ? 何か困ってることはないか?」

 ひと段落したらしい兄が正面に座りながら聞いてきた。

 兄は毎朝、こうやって確認してくれている。一応、人知を超える経験をしたのだから、後天的に何かしら影響が出るかもしれないって事で、取り敢えず二週間は経過観察するそうです。その間は出来るだけリラックスして過ごせとも言われました。

 これ、実は経験者からの忠告でこうなりました。それが初日にたまたま居合わせたお二人のうちの一人、ミサキさんだ。

 彼女がこっちへ来た時、お姉さん共々しばらく体調が整わなかったのだそうです。まあ、それに関しては色々と別の要因もあったらしいんだけど、とにかくしばらくは様子を見ておくようにと、兄はかなり念押しされてた。

「体調は問題なし。困ってることも特にはないよ。みんな、良くしてくれるし」

「そうか。何かあれば、遠慮なく言ってくれ」

「うん。そうする。そうだ、今日もキッチン借りていい?」

「別に構わんが」

 何をする気だって目で見てくるよ。

 実はこっち来た翌日にカレーを作ってから、キッチンへは毎日通っている。なんかね、カレーってこっちにはなかったらしいんだわ。そんなもの作ったから、他にも何か万人受けしそうな料理はないかって聞かれて……まあ、ここの料理人さんたちは兄の影響もあって変わった料理には慣れてるっぽかったから、色々と知ってる料理を作って見せてる。調味料とかの関係で作れない料理も多そうだなって思ってたんだけど、そうでもなかった。こっち、味噌あったんだよ! というか、醬油もあったしみりんらしきものもあった! 当然、日本酒っぽいのも! あれはちょっとと言うかかなり意外だった。普通に、驚いたよ。

「あと、ジャガイモと玉ねぎ大量に使いたいんだけど、いい?」

「その辺りは厨房を任せてる者に確認してくれ。まあ、イモとかならすぐに追加発注できるだろうから問題ないだろうが。……何作るんだ?」

「肉じゃが」

「大量に!!」

 間髪入れずに兄から要望が来た。

 うん、そう言うと思ったよ。

「たくさん作って、ついでだから肉じゃがコロッケも作ろうかと」

「俺、明日王宮に行かなけりゃならんから、そのコロッケで弁当作って」

「あ、じゃあ、コロッケバーガーみたいにする? レタスっぽい葉野菜あったし」

「それいいな」

 ふむ、それじゃあ、少し多めに作って持たせよう。

「ああ、ついでだから唐揚げも作ろうかな」

 コロッケ作るんだし、もう一品くらい揚げ物作ってもいいかもしれない。

「そういや、この前カレー作ってくれただろ」

「うん、作ったね」

「あれな、シルヴァンとこの騎士たちが食いたいって騒いでる」

「はい?」


 なぜに?


「クリスたちが帰ったら、腹の空く匂いさせて戻ってきたって大騒ぎされたらしいくてな。クリスたち、残ってたチキンカツにカレー掛けたの持って帰ったんだろ?」

「うん、残してもアレだし、こっちのみんなの分は別にとってあったから、持って帰ってもらった」

 というか、中途半端に残しておくと翌朝に喧嘩になりそうな気がするって料理人さんたちが言ってたんで、まかない用としてその日のうちに消費する分以外は持って帰ってもらったんだ。

「で、全部、飢えた同僚たちに食われたそうだ」

「ああ……」

「足りないって大騒ぎしてたらしい」


 それは、申し訳なかった。


 そんなに量なかったし、大勢で分けたのなら一人一口も食べられなかったんじゃないの? ていうかあれ、クリスさんたちの朝ごはんにしてもらおうと思って持って帰ってもらったんだけどな。

 ただ、これでカレーはここでも万人受けするらしい事はわかった。だったら、あちらの家の料理人さんたちにも作り方を教えて、つでにルーも届けてあげればいいか。

「えーと……近いうちに作りに行っていい?」

「おう、そうしてやってくれ。じゃないと、俺にまで苦情が来そうだ」

「はは……」


 食欲旺盛な騎士たちの胃袋刺激しちゃったんだから、仕方ないか。


 取り合えず、今日は肉じゃがと肉じゃがコロッケを大量に作るので、明日以降で行ってもいい日を調整してもらう事になった。その辺りは、兄に任せた。



 **********



 さて。

 取り合えず、あと数日は大人しくしていないといけないとはいえ、何もしないと言うのは居心地悪い。とはいえ、私にできる事なんて本当に限られているし、掃除とかは使用人の人たちの仕事だから私が手を出すわけにもいかず。

 そんなわけで、新しいレシピを提供すると言う名目でちょくちょく厨房へお邪魔している私です。

「お邪魔しまーす」

「あ、来たね」

 出迎えてくれたのは、ここの料理長のビルさん。優しい雰囲気のおじいちゃんって感じで、最初から優しく接してくれたこともあって、すっかり仲良くなってしまった。この人も最初は私の事を様つけて呼んでたんだけど、何とかお願いしまくってたら【マキちゃん】に落ち着いた。これは完全にパトリック君の所為。

 あの子、時間が出来ると顔を見に来てくれるんだけど、私がここにいる事が多いもんで、ここへ来ては【まきちゃん、まきちゃん】って呼んでくれるもんだからさ。様つけが嫌ならマキちゃんでいいかってなってしまったんだよ。おかげで厨房の人たちにはマキちゃんで定着しました。別にいいんだけどさ。

「昨日、言われていた通りに材料の準備出来てるよ」

「わ、ありがとうございます! じゃあ、今日はこれで肉じゃがを作ります」

 そう言って、皆さんに手伝ってもらいつつざっと手順を説明してから調理開始。

 イモの皮をむいたり適当な大きさに切ってもらったりと、楽しくおしゃべりしつつサクサクと進め、気づけばこれまた大鍋二つに大量の肉じゃが完成。

 お鍋一つ分は、今日の夕飯の分。

 もう一つは、肉じゃがコロッケにする為、今は冷ましているところ。

 ちょっと量が量なので冷めるまでには時間が掛かりそうという事もあり、コロッケ揚げるついでもあるので、唐揚げだけじゃなくオニオンリングも作ってみることにした。玉ねぎ、大量にあったし、聞いたら使ってもいいって言ってもらえたので。こっちも軽く説明したら皆さん理解してくれたので、お任せした。


 兄の影響だろうけど、変わった料理を作り慣れているらしいここの料理人さんたち、私の大雑把な説明でもきちんと理解してくれるので助かる。


 そろそろ、もう一つの肉じゃがも良い感じに熱が取れて来たので、こちらも手伝ってもらいつつコロッケ化していく。

 ついでに明日の兄の弁当も作ってしまおうとパンを用意してたら、皆さん興味津々な様子で見てくるので、また軽ーく説明。お試しに小さめに作ってもらってコロッケとレタスもどきを挟んだパンをいくつか作り、それを何等分かして皆さんに試食してもらったら好評だった。

 その日の夕食に出した肉じゃが、兄からは大絶賛、エレーヌさんとパトリック君からもこれ好きって言ってもらえたので大満足だった。


 翌日、早起きして厨房の皆さんに手伝ってもらいつつ作った弁当を、朝一で兄に渡したよ。大きなバスケットの中に、コロッケバーガーを大量に入れてあげた。どうせシルヴァン様やレティちゃんも一緒に食べるだろうし、他にも同席するかもしれないと思ってね。唐揚げとかは、また別のバスケットに詰めて渡したので、かなりの大量になってしまったけど。

「おお、さすがマキ。わかってるな」

 そう言って、ご機嫌な様子で出勤していった。ゲームで見慣れた近衛騎士の制服着て。


 ちょっとにーちゃん、それもっとじっくり見たかった! マジでカッコいいんだけど!!


 イケメンに大変身を遂げている兄が着ると、様になってるしカッコ良さが増す。しかも、制服着てると心なしキリっと見える。じっくり観察したかったのに。

「ぼくも、大きくなったら、このえきしになるんだ!」

 お父さんを見送ったパトリック君、将来の目標を教えてくれました。

「そっか。近衛騎士の制服って、なんか特別感があるものね」

「うん!」

 にっこにこなパトリック君、可愛いなぁ。

 そして、その隣では同じくにこにこしている年齢不詳過ぎるエレーヌさん。……いや、年齢知ってるよ? 知ってるけど、まだちょっと信じられないと言うか納得できないと言うか。だって、どこからどう見でも三十代前半くらいにしか見えないんだもん。兄も前髪下ろしているとちょっと幼いと言うか、かなり若くなるけど、エレーヌさんはその比じゃない。

「エレーヌさん、やっぱりエルフとか長寿な種族の血が入ってたりしないですかね?」

 すでに何度この質問をしている事だろう。自分でもいい加減しつこいと思うんだけど、どうしてもそう思えるんだよ。

「そう言った話は聞いたことがないわねぇ」

 毎回毎回、同じことを聞かれても嫌な顔一つせずにちょこっと首を傾げて答えてくださるそのお姿も、大変にお美しいです。

 兄が一目惚れして口説き落としたって言ってたけどさ、この美貌じゃかなり競争率激しかったんじゃないだろうか。兄を選んでくれてありがとう!

「母上はね、姉上といっしょにいると、姉妹にまちがえられるんだよ」

「ああ、うん。わかるわ、それ。よく似てるしね」

 パトリック君からの暴露に、エレーヌさん、うふふって笑ってる。

 レティちゃんとエレーヌさん、本当に良く似ているんだよ。まあ、親子だから当たり前かもしれないけど、奥さん大好きな兄が娘を溺愛した理由がよくわかる。ゲームだとそれが原因で我儘放題に育って……みたいなことが設定資料に書いてあったなと、ふと思い出した。

「そうだわ。マキは今日、グランジェに夕食を作りに行くのよね?」

「その予定です。この間のカレー。向こうで話題になっちゃったみたいで」

 あの後、兄が早々に予定を確認してくれたらしく、早速今夜の夕飯ように作りに行くことが決定しました。催促すごかったんだって。私がクリスさんに残ったのを持ち帰らせたのがそもそもの原因だけど、あの匂いは食欲そそるもんね。

「あちらの騎士たちの分も作る事になったので、ちょっと早めにあちらにお邪魔するつもりです」

 どうやらグランジェ家って、この家よりも抱えてる騎士の人数が多いらしい。なので、夕飯時に間に合わせることを考えると早めに行かないと間に合わないんじゃないかと思うんだ。

「まきちゃん、カレーつくるの?」

「うん? うん、そうだよ。ヴィクトル君のお家の騎士さんたちが、食べてみたいんだって」

 私がそう答えると、パトリック君、お母さんのドレスを掴んだ。

「母上、今日はぼくたちがあっち、行こう?」

「あら……パット、行きたいの?」

「うん。だって、この前は、姉上たちが、こっち来たでしょ? だから、今日はぼくたちが行くの!」

「そうねぇ。それじゃあ、お父さまとシルヴァンに聞いてみないとね」

「うん!」

 お、これはカレー祭り第二弾になりそう。

 それなら、今回は揚げ物も何種類か作ろうかな。前回は急だったからチキンカツしか作れなかったけど。

 そんな話をしつつ、朝のお見送りから各自の予定に戻り、私はこっちで下準備してから行くことになったので、厨房のおじいちゃんに相談に乗ってもらって、あれこれ考えることにした。



 **********



 午後になり、準備万端でグランジェ家へ初訪問!

 あの、グランジェ家! ちょっと、ドキドキわくわくしてます。

「マキ様、こちらです」

 迎えに来てくれたクリスさんに案内してもらい、グランジェ家の厨房へ向かっております。……そうなんだよ。迎えに来てくれたんだよ、クリスさんが。態々。

 厨房でおじいちゃんたちと談笑してたらいきなり来たんで、びっくりした。どうしたんですかって聞いたら、迎えに来ましたって。爽やかな笑顔で言われて、一瞬、固まってしまったよ。

 で、そのまま準備終わるまで待っててくれて、荷物とか全部持ってくれてお隣へ移動して。

 この二つのお屋敷、庭が繋がってるんだよね。なんか、騎士たちの訓練は基本的には合同でやってるらしくて。一応、雇用主はそれぞれの家の当主だけど、同僚みたいな感じなんだそうです。

「あ、それで、仲間みたいな感じなんですね」

 制服違うのに、和気あいあいしているなって最初の時に思ってはいたんだ。

「はい。元々、カンタール家の騎士はグランジェ所属で、志願して旦那様について行った者たちばかりですから」

「へぇー!」

「あちらへは熟練の手練れを中心に精鋭が多く移動しました。ですので、少ない人数でも問題なく職務をこなせているんですよ」

「なるほど……って、じゃあ、こちらは?」

 そんな、実力者が多く移動しちゃって、こっちは大丈夫なの?

「グランジェの騎士団は、元々層が厚いんです。欠員が出ても募集するまでもなく売り込んでくる者が多いので、その辺りは苦労しません。それに、いざとなれば領地の騎士団から人員の補充は出来ますので、問題はありませんよ」

「売り込み……え? 貴族のお抱え騎士って、そんなに人気の職業なんですか?」

「家によります。グランジェは騎士の名門としてこの国では有名ですし、カンタールを継いだ旦那様は、今でも大陸最強と謳われる騎士です。旦那様に憧れを抱く者は多いですし、両家のどちらかで働きたいと願う騎士志望者は少なくないんですよ」


 そんな事になってるんだ。にーちゃん、さすがだわ。


 どうやら一部からの尊敬を集めているらしい兄をちょっと意外に思いつつも楽しく話を聞いていたら厨房へ到着。

 クリスさんが厨房の皆さんに紹介してくれたので、私からも簡単に自己紹介させてもらった。あちら同様、こちらでも歓迎してもらえて、ほっとしたよ。

 その後、仕事に戻るといってクリスさんは何処かへ。

 私は厨房の皆さんにカレーの作り方を教えつつ、一緒に楽しくお料理してた。予想はしてたけど、ここの厨房も本当に使いやすいし、当たり前のように味噌とかもあった。完全に、兄の影響だそうです。そりゃそうだろうな。


 あちら同様、楽しく料理を作って一通りを作り終えた時に、兄たちがやって来たようでクリスさんが呼びに来てくれた。後は料理人たちに任せて、一緒に食卓に着けって事らしいのだが。

 なんだろうか、クリスさんの様子がちょっとオカシイ。

「どうしたんですか?」

 何か言い淀んでいる感じだったので、こちらから尋ねてみると。

「いえ、それが……予定外のお客様がいらしていまして」

「予定外?」

「宰相閣下です」

「は?」


 さいしょう? さいしょうって、宰相?

 え? ちょっと待って。どう言う事!? なんで国家の重鎮が人様の家に来てるの!?


「宰相閣下は、元はグランジェ家の嫡男だったのです。それが、婚約した方が公爵家の跡取りのご令嬢で、あちらへ婿養子として行くことになりまして」

 あ、私が知らないと思って説明してくれている。

「元々、旦那様とはお仕事の面でも密に連絡を取り合っていましたので、交流は割と頻繁だったんです。それが、今日のランチで旦那様が持っていった物を口にしたらしく……」

 その先は、言われなくてもわかる。

「……お気に召してしまったわけですか」

「そのようです。その時に奥様から連絡があり、今日の事を聞いて……という流れのようです」

 なんか、関係のないクリスさんが申し訳なさそうな顔してるけど、気にしないでください。私が自分で自分の首絞めただけだわ、これ。ていうか、にーちゃん止めてよ!!

 まあ、今更だ。来てしまってるのに追い返せるはずもない。

 覚悟を決めて食堂へ向かえば、そこにはすでに皆さま勢ぞろい。

「ああ、すまんな、マキ」


 そのすまんは、何に対してのすまんなのかな、にーちゃん。


 思わずジト目を向けたら、苦笑してる。

 気を取り直し、兄の隣にいる男性に視線を送った。

「初めまして、マキ・エダです。マキとお呼びください」

「フィリベール・ヴェルディエだ。大体の事はルシアンから聞いている。何かあれば協力は惜しまないので、遠慮なく言ってくれ」

「は、はい。ありがとうございます……」

 悪い人じゃないんだろうけど、なんか威圧感ハンパない。なんかこう、本当に偉い人が持ってる独特の空気と言うか……大企業の社長とか、そんなイメージが近いんだろうか。とにかく、無理に笑顔を作ってるせいで顔が引きつりそうだよ、にーちゃん助けて!

 私の心の叫びは、正しく兄に伝わったらしい。良かった。

「義兄上、本当に食べて行かなくてよろしいのですか?」

「うむ。実は今日中に決済を済ませなくてはならない書類がまだ山積みでな」

「何してんだよさっさと戻れ!」

「いいではないか、少しくらい息抜きしても! お前の妹を一目見たいと言う私の好奇心が爆発したんだから仕方ないだろう! 挨拶くらいさせろ!」

「仕事が立て込んでるときにする事じゃねーだろ!? 宰相としての仕事を最優先しろっつーの!」

 あれ、なんか口喧嘩始まったぞ。なんだこれ。


 なんか、宰相様って聞いてたからもうちょっと堅苦しいのを想像してたんだけど……いやちょっと待って、この人、私が妹だって知ってるの?


 何がどうなってるのかさっぱりだけど、取り敢えず私の正体は宰相様にはバレているらしいことは理解した。理解したけど、なんでそんな悪ガキみたいな口喧嘩続けてるのかな、この二人は。

「お兄様。旦那様も、そろそろおやめくださいな」

 いつも通りもおっとりした口調で、エレーヌさんが注意……したんだけど…………なんだろ。なんか、ものすごく寒気感じたんだけどなんだろう。兄と宰相様が、ぴたっと止まったのも、ものすごく気になるんだけど。


 あれ。もしかしてエレーヌさんって、逆らったらいけない系の人……?


 ちょっと驚いてみていたら、レティちゃんが大きめのバスケットをもって近づいてきた。

「伯父様、これを是非にお持ちになってくださいな。本日の食卓に上がる予定のお料理ですの。マキが我が家の料理人たちと一緒に作ってくれましたのよ」

「ほう? これは……香辛料の香りが強いな。なんとも食欲をそそるではいか」

「そうなの! もう、本当に美味しいんですのよ! 伯父様、お忙しいのでしょうけれど、きちんとお食事は召し上がってくださいね」

「うむ、有難く頂いていこう。マキ殿、時間がある時にでも話を聞かせてもらいたいのだが」

「は、はい。あの、宰相様のご都合の良い時にお呼びいただければ」

「ありがたい。……睨むな、ルシアン。手続きの問題もあるんだ、仕方なかろう」

「あんたの場合、個人的な好奇心の方が強いだろか」

「うむ、その通りだ!」

「認めんな!!」

 こんな感じのやり取りが、この後もちょっと続いたところで、またまたヒヤリとするエレーヌさん登場。なんかもう、本当にエレーヌさんが最強なんじゃないだろうか。兄が一瞬で顔色変えて黙り込むんだもん。

 宰相様は慌ただしくお城へ戻って行き、やっと夕食となりました。お子様たちは待たされてむくれてたよ。お腹すいたって。ちょっと可愛かった。


 賑やかだけど和やかな雰囲気での夕食会が済むと、私はまたもや厨房へと足を運んだ。ほら、やっぱり気になるじゃない。反応が。

 あ、当然ですがシルヴァン様の許可は頂いてますよ。皆さんの反応を見てみたいと正直に言ったら、笑いながら許可してくださいました。推しの笑顔! 破壊力すごかった!!

 危うく思考が暴走しそうになったけど、さくっとシルヴァン様がクリスさんを呼んで、彼の案内で再び厨房へと戻ってきた次第です。

「というわけで、本日はこちらの皆さんにもカレーを召し上がっていただこうとご用意させていただきました。え-と、たぶんお代わりも出来るくらいの量は作ってあるので、遠慮なく召し上がってください」

 ずらりと食堂で列を作る体格のいい男性の群れ(グランジェ家の騎士たち)に、なぜかそんな説明をしている私。そんな私の隣では、クリスさんがニコニコしながら絶賛警戒中。……目の前の騎士さんたちが微妙に視線を逸らしているのが気になって仕方ないんですが、隣で冷たい空気をまき散らすのは止めて頂けませんかね。せっかくなんだから、美味しく食べてもらいたい。

「と、とにかく! 揚げ物も何種類か用意していますので、お好みでどうぞ!」

 そう宣言すると、みなさんきちんと並んで食事を受け取り始めた。


 いやぁ、体使うお仕事している人たちだから、食欲すごいよね! 兄のところよりも食堂広いし、人数も倍くらいはいるのかな? 何度か交代で食事取るらしいけど、減り方がハンパないもん。

「ああ、これこれ! この匂いだよ、この前の!」

「やっと食べられる……!」

「やばい、うまいぞこれ!」

 うん、こちらでも似たような反応ですね。

 皆さんのあまりの食欲に、急遽揚げ物を大量に追加しています。なんかね、下手するとこの後交代で入ってくる人たちに分がなくなりそうなんだって。いつもの倍近く用意してたみたいなんだけど、想定以上にカレーとの組み合わせが皆さんに受けたようだ。


 なんにせよ、好評なようでよかった。





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