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24 年始


 年明けは、とても穏やかに。

 こっちは元の世界みたいに初詣とかの習慣はないそうです。その代わり大人組は遅くまで飲み明かしていたので、朝はゆっくり。私はそんなにお酒強いわけじゃないのでエレーヌさんと共に早々に引き上げたんだけど、兄とシルヴァン様、ザックさんやクリスさんは朝方まで飲んでいたらしい。それでも朝、兄はふつーに起きてきたからね。いつもよりはゆっくりな起床とは言え、お酒が残っている様子はかけらもなく、本当に普通というかいつも通りでした。すごいな。

 朝は軽―く済ませて、解散。


 そして、お昼ごはん。


 本日はいつもの食堂ではなく、兄の執務室でご飯です。ここのテーブルでも、大人が十人くらいは余裕で食事出来るくらいの広さがあるけど、食堂よりはマシでしょう。無駄に広い食堂だと、お重に届かないし。

「おお、おせちだ!」

 席に着いた兄がうきうきしてます。そんなにおせち食べたかったのか。隣でエレーヌさんが笑ってるじゃん。

 レティちゃん一家も来ていて、賑やかです。お子様たちはわくわくしたお顔でお重を見ています。

 さあ、満を持しての、おせちのお披露目ですよ。……実家では年末の夜におせち解禁だったけど、一応こっちでは年が明けてからにしました。兄もパトリック君もちょくちょく覗きには来ていたんだけど、お重に入っている状態は初めてです。

 パカっとふたを開け、重なっているお重をそれぞれに置く。

「すごーい! いろいろはいってる!」

「あ、これ、父上がつまみぐいしてたやつだー」

 兄、パトリック君につまみ食いを暴露されて慌てています。でもね、パトリック君。君もつまみ食いしてたよね? お父さんのこと言えないんじゃないかな?


 そんなことを思いつつ、お雑煮をお椀によそって全員に配ったところで、実食。


 あ、お餅はですね、ちっちゃい子にそのまま食べさせるのはちょっと怖かったので、薄く切ったのを薄切りにした大根で挟んで、更に小さく切ってみました。これで多少は違うはず。尚、大きさはジゼルちゃんが普通に飲み込めるサイズにしてみました。ひとつづつ、食べ終わってから次のをお口に入れましょうと食べる前に約束させたので、多分大丈夫でしょう。大人な皆さんには、そのままの餅を入れたので気を付けてお召し上がりください。

「エレーヌ、くっつくから気を付けてね」

「うふふ、食感が面白いですわ」

 心配する兄をよそに、エレーヌさんはお餅は気に入ったご様子。結構な勢いで召し上がっていおられます。エレーヌさん、意外と食べるんだよねぇ。

「この白いの、なにかしら? お魚みたいな味がするのだけれど」

「どれ。……本当だ。なんだろう、面白いね」

 レティちゃんとシルヴァン様は、かまぼこに興味津々。……かまぼこですよ。これもエルさんからの荷物に入っていました。エルさんの手作りだそうです、本当にすごいな。かまぼこまで作れるんだ。

「おさかな、あまーい!」

「カリカリだね。おいしー!」

 パトリック君とヴィクトル君、たづくりに挑戦中。君たちすごいね、見た目小魚丸ごとなのに抵抗ないのかい? そして皆さん、ジゼルちゃん以外は器用に箸を使っておられます。違和感すごいな。

 私はタケノコと黒豆を小皿にとって食べてます。うん、美味しくできました。ついでにエビのボイルも取って食べます。うん、これもいい感じ。

「まきちゃん、それなーに?」

「これはね、タケノコっていうんだよ」

 タケノコかじってたら、ジゼルちゃんが興味を持ったらしい。

 食べたいというので小さいのをひとつ取って、食べさせてみた。シャクシャクといい音をさせて食べていたけれど、お眼目がキラキラしてきた。気に入ったかな?

「もっと!」

 あっさりした味付けなのに、気に入ったらしい。なので、色々な小さめのタケノコとついでにレンコンも小皿によそってみた。うん、タケノコが気に入ったみたいだけど、レンコンも美味しそうに食べている。

 黒豆も食べてみたいというので、一つ箸でつまんで食べさせてみた。……反応が微妙です。これはあまりお気に召さなかったようです。

「ジゼルはおまめきらい?」

 ヴィクトル君が首をしげつつ、聞いている。君は結構な勢いで黒豆食べてるよね。

「こっちがいい!」

 どうやらジゼルちゃんはタケノコがお気に召したようです。

「ジゼル、これもおいしいよ!」

 パトリック君が、自分のおすすめらしいだし巻き卵をジゼルちゃんのお皿に乗せた。……伊達巻は作りませんでした。なので代わりにだし巻き卵でそれっぽくしてみた。

 ジゼルちゃん、ぱくりと一口。もぐもぐしていたお顔がニコニコしてきた。

 そんな感じで子供たちは子供たちでわちゃわちゃしつつも楽しくお食事。あ、お雑煮はですね、ちゃんと約束を守ってお餅はひとつづつよーく噛んで食べてました。美味しかったそうです。よかった。



 翌日以降は、兄宅に訪れる人が増えるというので私は外出は避けて基本的に部屋で大人しくすることに。なんかね、新年の数日間に王城にご挨拶を済ませてから、親交のある人たちが挨拶に来るらしいのよ。兄宅にも挨拶に来る予定の人が結構多いらしく、色々と大変らしいです。お城へも一番で乗り込む感じで言って済ませて、さっさと戻ってこないといけないそうなので。そういえば年末から色々と準備してたよね。

 あ、私はですね、王城へのご挨拶は不要だそうです。不特定多数が入り乱れるそんな場所に来たら囲まれるの目に見えているので、来なくていいとリオネル陛下からの伝言をシルヴァン様より伝えていただきました。有難い。

 とにかく私は余計なことには巻き込まれたくないので、その期間中は大人しくしている予定です。まあ、お子様たちと遊ぶ約束をしているので退屈することはないでしょう。

「まきちゃんはね、おうちにくるおきゃくさんと、あわないほうがいいんだよ」

 そう言ってきたのは、パトリック君。今日はヴィクトル君も来ないので、退屈なんだそうです。先ほど遊びに来たので、一緒にお菓子でも作ろうかと厨房へ移動中。

「なんで?」

「だってまきちゃん、じょうずにあしらえないでしょ。あぶないよ」


 お子様に心配されてるよ!


 いやまあ、確かにお貴族様がよくやってる腹の探り合いみたいな会話は苦手というか出来ないけどね? そこまで迂闊ではないと思ってるんだけど、自分では。

「そんなことないと思うんだなけどなぁ」

「じかくしていないのが、いちばんあぶないって、父上がいってたよ」


 にーちゃん!

 色々と心配かけてるのは事実だけどさ、信用なさすぎじゃない!?


 兄がこの場にいれば抗議しているところだけど、言ったところでその場で逆に説教されそうだな。自分の危機管理の甘さはちょっとだけ認識してはいるんだよ。……自分では十分とは言わないけど、そこそこ改善はしていると思うんですよ。最初の頃に比べたら。でも、クリスさんとかにはまだ子供の方がましですと言われる。おかしいな。

 納得いかないが、そうこうしているうちに厨房に到着。

「なにつくるの?」

「今日はクッキーを作ります」

「クッキー!」

 ひょこんと飛び上がってる。可愛いな、それ。

「普通のクッキーと、パトリック君の大好きなココア味のクッキーを作りましょう」

「はーい!」

 元気でよろしい。

 その後は二人で仲良くクッキーを作りました。以前、エルさんからクッキーの型をたくさんもらったので、私が生地を薄く伸ばして、パトリック君に型抜きをしてもらいました。パトリック君、いかに隙間なく型を抜くかを、楽しそうにしつつも真剣に考えながらやってましたよ。楽しんでいただけたようで何より。

 一通り型抜きを終わったところで、焼くのは料理人さんたちにお任せしました。焼きあがるまでは小休憩。

 しばらくするといい匂いが漂ってきて、良い感じに焼きあがりました。さっそく味見。

「おいしい! さくさくしてる」

 パトリック君、自分で作ったクッキーを食べてご満悦です。

「うん、美味しくできたね」

 材料測ったり、こねないようにさっくり混ぜたりと、パトリック君が頑張った成果です。ココア味の方も、いい感じ。

「これ、父上と母上にもあげたい」

 何かと忙しくしている両親へ差し入れしたいそうです。うん、君が持って行ってあげたら喜ぶんじゃないかな。ふたりとも。

「じゃあ、せっかくだからラッピングしてプレゼントしてみる?」

「うん!」

 大賛成な様子だったので、たまたま持っていた掌くらいの籠にクッキーを詰めてもらい、それをきれいな布で包んでリボンをつけてみました。

 パトリック君、大喜びで渡してくると籠を二つ抱えて走っていきましたよ。うんうん、上手に出来たもんね、たくさん褒めてもらってきなさい。

 私はそのすきに、お片付けを。

 使った道具は洗って拭いてから元の場所へ。手伝ってくれた料理人さんたちにもクッキーを配り、明日来る予定のヴィクトル君と食べる分は別に確保して置きました。それでも、結構な量がお皿に乗っている。さすがに作りすぎたかな。

 今頃は兄たちも、可愛い息子からの手作りの差し入れで癒されてるだろう。色々と大変そうで、ちょっとピリピリしてたしね。ちょうどよい息抜きにはなってるんじゃないかな。


 その後、しばらくして戻ってきたパトリック君は満面の笑みで、喜んでくれたと嬉しそうに報告してくれました。

 夜になって兄から直接聞いたけど、息子からの手作りおやつに夫婦そろって大感激してたそうです。おかげて色々とはかどったそうです、私までお礼言われたよ。



 新年三日目と四日目は、お子様たちの相手をして過ごしました。

 途中、パトリック君とヴィクトル君に、例の窓があった場所へと連れていかれましたが。そこでクリスさんとも合流してあれこれ話していた。

「そういえばパトリック君、どうして窓に気づいたの?」

 窓があった壁は、ほとんど人が通らなさそうな場所だ。見回りの騎士さんたち以外は通らないんじゃないだろうか。だからこそ、何でこんな場所に来たのかが不思議だったんだよね。

「だって、呼ばれたから」

「呼ばれた?」


 不思議なことを言い出したぞ、この子。


 聞き間違えたのかと思って聞き返したら、こくんと頷かれた。聞き間違えじゃなかったらしい。

 どういうことだと改めて尋ねたら、両親が忙しくしていて暇を持て余していた時に、なんとなく誰かに呼ばれているような気がしたんだそうだ。で、どこから声が聞こえてきたのかを探してうろうろしていたら、この場所に辿り着いたらしい。そこで何もなかったはずの場所に窓があって驚いたんだそうです。ただ、すぐには近づかなかったようで、何回目かに見に来た時に人影が見えてた気がして、窓の向こうに誰かいると思ったんだって。

「それでね、まどをコンコンってしたら、まきちゃんが出てきたんだよ」

 どうやら私がちょいちょい窓の外をのぞいていたのが、接触してきた原因だったようです。それにしたって、やっぱりお子様の好奇心、怖いな。

「ぼくはね、パットとお勉強の時間に教えてもらって、見たいって言って連れてきてもらったんだ」

 ヴィクトル君からも自己申告がありました。そうか、君も好奇心を刺激されたんだね?

 ちらっとクリスさんを見たら、苦笑している。きっと、止めたけれど無駄だったんだろうな。

 二人とも基本的にはとっても良い子なんだけど、ちょっと頑固な部分があると言いますか。言い出したら聞かない事があるんだよね。その状態になってたら周りが何を言っても聞き入れなかったんじゃないだろうか。だからこそ、クリスさんが護衛として側にいたんだろうし。

「まどの向こうにいたときのまきちゃん、おもしろかったよね」

 と、パトリック君。

「ね。白い向こうがわに、きえたりとかしてたもんね」

 と、ヴィクトル君。

「え、そうだったの?」

「「うん!」」

 そろって肯定された。

 どうやら私がちょっと体を捻って近くの棚から物を取ったり置いたりしていた時は、真っ白な空間に体が飲み込まれるようにして消えて見えていららしい。最初はびっくりしたようだが、すぐにそういうものなんだと納得したんだそうな。え、それで納得しちゃうの? ていうか、面白いか? 普通、気味が悪いとか怖いとか思わない?

 思わずクリスさんを見たら、無言で首を横に振ってた。そうですか、諭しても無駄ですか。

 そこからは、あれが不思議だった、何もないところから色々なものが出てくるのが面白かった、しょっぱいお菓子を始めて食べたとか初めて飲んだココアが美味しかったとか色々と当時の事を教えてくれました。そういえば私も二人に色々と食べさせていたよね。最初はパトリック君だけだったけど、ヴィクトル君と一緒にクリスさんが来るようになってからはこの人が先に口を付けていたな、そういえば。いま考えれば、あれは毒見だったんだろうな。

「そういえばね、小さいケーキがたくさん入ったの、まきちゃんがくれたでしょ」

「ああ、そういえば」

 プチケーキの詰め合わせ、残ったのを二人に持って帰らせたことがあったな。

「あれね、ジゼルと姉上もおいしいっていってたんだよ」

「あ、レティちゃんも食べたんだね」

 それは意外。

「おばあさまもね、おいしいっていってた! 色々なしゅるいがあるのねって、ニコニコしてたんだよ」

 どうやらエレーヌさんも召し上がっていたようです。ていうか、どこの誰からもらったかもわからないものをよく食べるな! 渡しておいて言う事じゃないけどさ!

 私の懸念はクリスさんたち護衛も抱いていたらしく、当時は止めたんだそうです。でも、エレーヌさんがこれは大丈夫よとにっこりおっしゃったそうで……仕えている方にそう言われたら口出せないよね。しかしエレーヌさん、何を根拠にそんなことを言ったんだろうか。

「ぼくがね、まきちゃんがくれるおかしはおいしいんだよって、母上におはなししたんだ」

 うん、君がちゃんとお母さんに報告してたのは良いとしてだな、何で本当に止めなかったんだろうか、エレーヌさん。何をどう考えても怪しすぎるでしょ。

 そういった所は割と厳しそうなエレーヌさんが、なぜ私との交流を野放しにしていたのかはかなり疑問だけれど……まあ、結果として楽しいひと時を過ごせたのは事実なんだよね。仕事が忙しくて疲れていた時期でもあったから、あれは本当に癒しだったわ。

 そんなことを考えたら、木箱に上ったお子様たちが壁をぺちぺち叩いてる。何をしているのかな、二人とも。

「かべだね」

「うん、かべだね」

「まど、ないね」

「どこいっちゃったんだろう」

 ぺちぺちしながらそんな会話をしている二人。そのまま、あーだこーだと考察に入ってしまいました。

 するとクリスさんが、苦笑交じりに教えてくれた。

 窓が現れなくなった後も、二人は時々様子を見に来ていたそうだ。見に来てはしばらく観察して、何もないとしょんぼりして戻っていたらしい。

「あの窓を通じてのマキさんとの交流が楽しかったようです。お二人ともよくその話をしていましたから」

 窓が消えたあの最後の時、言葉を交わしていたのは兄だった。あの時は二度と窓が現れなくなるなんて思っていなかったようで、兄からもう窓は出てこないよと言われても信じられずに、何度見に来ていたんだそうだ。特にパトリック君は、私が貸した……というか、あげたつもりだったんだけど、スライサーのセットを返さなきゃって思ってたみたいで。随分と熱心に確認に来ていたらしい。

 私が転移したあの時も、ちょうどパトリック君は様子を見に外へ出ていたらしく、そこで屋敷の裏の方で騒ぎがあってもしかしてと思って駆け付けた、という経緯だったそうです。

「知らせを聞いたときは、本当に驚きましたが……同時に嬉しくも思いました」

「え?」

 思わすクリスさんを見て……心臓止まるかと思った。


 だって! ものすごく甘い感じの笑顔でこっち見ているんだもん! イケメンの笑顔とか心臓に悪いってば!


「貴女と再びこうして言葉を交わせる幸運を、どれほど神に感謝したことか。どうしてももう一度、貴女に会いたかった」

「っ!!」


 ちょっ、いきなり何を言い出すのこの人はっ!?


 顔が熱い。何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。

 何か反応しなきゃと思いつつも、口がパクパクするだけで声が出ない状況に焦っていたら。

「あー、まきちゃんまっかだー」

「ほんとだー。クリス、まきちゃんどうしたの?」


 そうだった、お子様二人いたんだった!!


 わらわらと寄ってきた二人に、どう説明したらいいんだと完全にパニック。もう頭が回らないよ!!

「窓越しではなく、こうして直接会えるようになったことが嬉しいですとお伝えしていたのですよ」

 余裕な感じでにっこりとクリスさんが言うと。

「ぼくも! まきちゃんに会えたの、うれしいよ!」

「ぼくもだよ!」

 二人がぎゅうぎゅう抱き着いてきました。可愛い。おかげてちょっとだけ落ち着いた、まだ心臓バクバク言ってるけど。ある意味、救世主な二人には感謝!

「うん、私も嬉しいよ」

 そんな私たちを見て、クスクス笑ってるクリスさん。こっちの心臓を破壊しそうなことをサラッと言っといて、何でそんな普通なのかな。

 ちょっと納得いかなかったけど、ここで下手なこと言っても状況を悪化させるだけな気がするのでぐっと我慢。……状況の悪化って、私が一人で慌てるだけだけどね。でも、面白くないじゃん!

 顔のほてりも収まってきたところで、戻ることに。……待って、お子様たち。何で二人だけで先に行くの!? ちょ、おいて行かないでってばっ!!

 向こうの方にネコたちが見えた途端、たーっと走って行ってしまった二人。この状況で取り残されるのはちょっと!?

「マキさん」

「はいっ」

 呼ばれて、思わず背筋が伸びてしまった。その反応に、また笑ってるしっ。

 そして、にこっと微笑んで爆弾を落としてくださいました。

「私はこの幸運を、無駄にするつもりはありませんので」

 なんだろう、ニッコリ爽やかな笑顔なのに、覚悟しろよと言われてるような気がしてならないんですが。え、気のせい?

「いや、あのっ」

「もちろん、護衛はこれまで通りきちんと務めさせていただきます。他の誰にも譲るつもりはありません」

「え? あ、はい?」

 なんだろうか、なんかすごいことを言われている気がするんですが、正直頭がついて行かない!

 いや、確かに混乱はしているよ? してるけど、あの、正直に言えば、じわじわと、こう……嬉しいという感情が湧いてきているような気もするんだけど、まだ戸惑いの方が大きいと言いますか……いやいやちょっと待って、クリスさん本気? 貴方、あれだけモテるのに、なんで私!?


 だめだ、頭パンクしそう。


「お、お手柔らかにお願いします……」

 混乱する頭でなんとかそう答えたら、クリスさん、ちょっとだけ目を見張って。

 それから、とろけるような笑顔を浮かべてました。

「善処はします」

 そう答えた顔が、嬉しそうに見えたのはきっと気のせいだ。



 **********



 クリスさんからの衝撃告白に混乱している間に、年始の忙しい時期は終了。いや、私は別に忙しくもなんともなかったんだけどね? 兄とかエレーヌさんは、若干ぐったりしてます。お疲れ様でした。

 で、ですね。ちょっと時間的に余裕が出てきたんだなろうなってところで、兄に突撃してみたわけですよ。先日の、クリスさんの件で。顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったけど、自分一人だと、どうすればいいのかわからないんだよ!


 覚悟を決めて、タイミングよく外出先から帰ってきた兄を捕まえて相談した結果。


「今更?」

 ものっすごいあきれ顔で、そう言われました。


 今更ってなんだよ!!


 そう言って食って掛かったらですね。

「お前……クリス、結構わかりやすかったぞ? マジで気づかなかったの?」

「そんなこと言われても」

「お前に近づこうとする野郎共をけん制しまくってただろーが」

「いや、護衛ってああいうもんなんだと」

 正直に答えたら、ものすごく残念な子を見るような目をされた。仕方ないじゃん、護衛なんてされた経験ないんだぞ!

「仕事としてだけなら、もっと事務的に接してるわ」

「そなの?」

 思わず聞き返したら、殊更呆れた顔をされた。

「お前……クリス以外が護衛についたことがあっただろ。何回か」

「うん」

 何度か、そんなことあったね。

「そいつらとクリス、同じだったか?」

「同じ……?」

 言われて、考える。


 クリスさん。最初から超フレンドリー。普段から雑談しまくり。

 その他。一線引かれてる感じ。必要最低限の会話のみ。


 うん、全然違った。

「一歩引かれてる感じなのが普通?」

「そっちが普通」

 頷かれた。

 そっかー、そうだったのかー……って、わかるわけないじゃん!!

「なんとも思ってなかったら、わざわざパーティーまで組んだりしないっつーの」

「うっ」

 確かにそれに関しては、護衛の範疇超えてるような気がしないでもなかったけど。

「そもそもあいつ、基本的に女嫌いだぞ」

「へ?」


 それは初耳なんだけど?


 どういうことだと聞いたら、溜息交じりに教えてくれました。

 そもそもクリスさん、あの容姿なので昔から告白されることは多かったそうです。ただ、本人はハニートラップ的なものを警戒していたのに加えて、自分の知らないところで知り合い程度でしかない女性に彼女面されることが何度かあった事から、徹底的に避けていたらしい。なんか、自称彼女の家族が出てきたこともあったらしいよ。それは災難……

「まあ、俺とかシルヴァンがクリスの勤務実績を証明すれば、あっさり無関係と証明できたんで問題にはならなかったんだが。しつこいお嬢さんも多くてな」

「思い込みだけで暴走するタイプだと、何言っても無駄でしょ」

「そうなんだよなぁ……」

 兄の溜息がでっかいです。まあ、兄自身もその手のタイプには散々嫌な思いをしてきたようなので、クリスさんの気持ちがよくわかるそうです。モテる人は大変だな。

「一時期、そんなことが立て続けに起こってな。さすがに俺もムカついたんで色々と動いたんだが……その頃にはすっかり女性嫌いになっててなぁ」

「うん、それは仕方ない気がする」

 そんなわけわからん事に度々巻き込まれてたら、嫌気もさすでしょうよ。クリスさん、気の毒すぎるわ。

「とにかくまあ、昔っからそんな感じだったんだよ。なので、仕事以外だとマジで塩対応」

 塩対応と言われて、思い出すのは昨年のギルドでの出来事。

 クリスさんに目を付けたお嬢さんが、自分の護衛にと言ってきた、あの件。あの時は確かに最初っから塩対応どころじゃなかった気がするな。そういえば。

「でな。ただでさえそんな感じで本人警戒しまくってるのに、この前の夜会後に正式に伯爵家の養子に入ったことが公表されただろ。あれでクリス争奪戦が激化してる」

「あー……」

 それは、わかる気がする。

 これまでは平民のお嬢さんが中心だったんだろうけど、今後は貴族のお嬢さんが参戦してくる可能性があるってことね。身分差問題が片付いたのなら、クリスさんを望む人はいると聞いたことがあるし。私と一緒にいる時だって、お構いなしに声をかけてくる女性は多かったし、何ならどっか行け的なことを言われたことだって多々ある。


 ……なんだろう。なんか、もやっとしたな。


「まあ、本人の意思を完全無視したところで勝手に騒いでいるだけではあるんだが」

「超迷惑だね」

「まったくな。そんなわけで、今後は真剣にクリスを取り込もうとする連中が確実に増える。今はまだマリウス殿下の勅命でお前の護衛をしていることになっているから、ちょっかいかけてくるバカはいないが。あまりのんびりしていると、それなりに権力を持ってる家が出てくる可能性もあるからな。そうなると面倒なことになりかねんから、邪魔される前に行動に出たんだろ」

「ふーん………………ん?」

「貴族籍を手に入れたことで、妙な遠慮も消えたんじゃねーかな。そもそもあいつ、窓の時にお前に一目惚れしてたし」

「へっ!?」


 にーちゃん、さらっと何言った!?


「窓が消えた後、わかりやすく落ち込んでたぞ。本人はそうなるまで自覚していなかったみたいだが。まあ、そっち方面は徹底して避けてたから、自分でも気づかなかったんだろうな」

 いや、にーちゃん。何で一人でうんうん頷いてるの。納得しないで。

 私が何も言えずにパクパクしてたら。

「つーかさ、言われた時にお手柔らかにって言ったんだろ、お前。その時点で拒否ってないって自覚してるか?」

「え?」

「いや、え、じゃなくて」


 拒否ってない。


 兄に指摘されて、気づいた。言われてみれば、その通りだ。しかもお手柔らかにって、ほぼ承諾しているようなもの!? 何で気づかなかった、私!!

 ちょっと、頭を抱えたくなってきた。いや、別に嫌なわけじゃないんだよ! でも、答え方を間違えたというか……いや、別に間違えてはいない? あれ?

 一人混乱していたら、兄が苦笑。

「ま、お前が無理ってんならそれを正直に言えばいい。自分の気持ちを押し付けるようなやつじゃないよ、クリスは。ただ、そうじゃないなら少し考えてやれ」

「それは、その……」

 言い淀みつつも、気づいてしまった。

 だって私、断るとかまるっきり考えてなかった。ただ、どう答えたらいいんだろうって思ってただけで。

「その反応を見る限り、答えは決まっていそうだな」

 にやにやするんじゃないよ、にーちゃん。面白がってるでしょ。

 からかわれてる気がして、むっとしていたら、兄が目の前まで来ると、ぽんっと頭をなでた。

「ただまあ、俺も常に助けてやれるわけじゃないからな。クリスみたいな奴がお前の側にいるなら俺も安心だよ」

「……うん」

「急いで答えを出すことでもないだろうが、あまり待たせるなよ」

「うん……わかってる」

 そう答えると、頭をぽんぽんされた。


 そのまま執務室へ行くという兄を見送り、自室へと戻った私は。

 クリスさんに言われたことを思い出しつつ兄に言われたことを考えつつ、しばしベットで頭を抱えることになった。




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