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会議の行方

「家畜の密集は、病も汚れも連れてくる。」


 カタリナが、カイの方に向き直った。


「鶏や牛を抱え込めば、糞尿の始末、腐敗、虫。水路を使って汚れを流されると、水務としても頭が痛い。」

「水自体は、結晶がきれいにしてくれるがな。」


 ルイスがぼそりと挟む。


「だが、汚れた手で触るのは人間だ。病を運ぶのも人間だ。」


 病。汚れ。

 頭のどこかで、別の映像が立ち上がる。白い防護服。埋められていく鳥や牛の列。画面越しに見た、あの処分。


「……大量殺処分。」


 思わず、口の中でこぼしていた。


「リル?」

「ご、ごめんなさい……」


 私は手を握りしめる。

 テストのために授業で見たニュース。数字でしか語られない、何万という命。

 あのときは、ノートの余白にかわいそうと書いて、ページをめくっただけだった。


「病気が出たから処分する。値が下がるから処分する。飼い続けるのが損だから処分する。……どれも、人間の都合だったんだ……」


 視線が、また集まる。

 リオナの指先が、膝の上でぎゅっと丸くなるのが見えた。

 言ってしまってから、ようやく自分の口にした「人間」という言い方に気付く。

 

「殺して食べるな、と言いたいわけじゃないんです。誰かが食べる以上、誰かが殺さないといけないことも分かってます。」


 自分でも驚くほど、言葉は落ち着いていた。


「ただ……数が増えすぎたとき、人は、数を理由に雑に扱ってしまう。百頭くらい、千羽くらいって、桁が増えると、目の前の一つ一つが、分からなくなる。」

「雑に、とは。」

「一度にたくさん殺すとき、人は妙に平気な顔をするんです。処分だとか、間引きだとか、そういう言葉を付けて。でも、決めているのは、全部人間の都合です。増やしたのも人間で、要らなくなったのも人間で、それなのに、途中から仕方がないって顔をする。」


 必要な分だけ殺して食べる。でも人間が増えるとその必要な分が膨大な数になる。

 大量消費、大量廃棄。

 教室の机の上で覚えた文字が、ここでは血と土の重さを伴って、テーブルの上に並び直されていた。

 言いながら、自分でも苦いと感じる。

 肉も卵も乳も、自分は知っている味なのに。


「だからといって、すべて禁じればいい、という話でもないでしょう。」


 ファルスが静かに言う。


「輸送用の獣を失えば、外壁の内外を結ぶ道そのものが痩せます。兵も食糧も動けなくなる。……逆に申せば、肉と卵と乳さえ別の手段で賄えるなら、所有を禁じる対象をそこに絞ることは可能です。」


 お父様が、ゆっくりと頷いた。


「我が領は飛び地です。周囲の三国との交易路がありますね。」

「卵と乳については、隣国からの輸入で補えるという試算が出ています。」

「保存も問題ありません。水結晶のおかげで、冷却に困らない。卵も乳も、一定量ならば、腐敗を抑えつつ保管できます。ただし、一定量ならばです。」


 ファルス、カタリナが補足する。


「外から買う分だけ、数が限られる。これは値が上がっちゃうなぁ。」


 ネロおじさんが指で机をとんとんと叩いた。


「増やし放題にすれば、また処分の話になる。なら、いっそこう考えちゃどうかな。——傷付けることを禁ずるという法の理念を、命を商品として蓄えておき続ける行為にも及ぼす。」


 オクパトスのおじさんが、その言い回しを拾う。


「肉はもちろん、卵や乳を得ることを目的として、動物を所有することは、傷付ける前提の行為である。そう解釈するということですね。これを鳥獣憐みの令の改正案として位置付ける。」

「そうそう。」


 ネロおじさんが目を細める。


「殺す瞬間だけが傷ではない。傷つけるために生かす、という在り方もまた、聖女の法に反する、と。」


 聖女の法。

 自分で作ったものが、遠くで別の音を立てている気がした。


「……輸送用の獣は、どうしますか。」


 カイが問う。


「隊商の荷馬、領内の荷車、病人や子供を運ぶ馬車。これらを失えば、穀物家としても立ち行きません。」

「それらは、人の命を守るための足と位置付けるべきでしょう。」


 ファルスが答える。


「所有ではなく、登録と許可による預かりとする。役所の許可がなければ繁殖も売買もできない。用途が逸脱した場合は、即時没収。……恫喝の盾にはなりづらくなるはずです。こちらは鳥獣憐みの令ではなく、治安法規に組み込むのが妥当かと。」

「軍馬も、その枠に入る。」


 ルイスが重く言った。


「兵を運ぶための足。守るための足だ。少なくとも、見せしめの道具として町に引き出されることは減る。」


 リオナが、そこでほんの僅かに顔を上げた。

 すぐに視線を落としたが、その目は、どこか祈るようでもあった。

 守るべき誰かを、この席の外に見ているような目だった。


「まとめましょう。」


 お父様が、全員を見渡す。


「まず、既存の治安条例の改定として。第一に、恫喝そのものを罰する規定の中に、動物を用いた恫喝を明文で書き加える。これにより、動物を盾に民を脅す下級役人を、法の名のもとにはっきり処罰できる。」


 そこで一度区切り、書類をめくる。


「次に、鳥獣憐みの令そのものについて。第二に、肉・卵・乳を得ることを目的とした動物の所有を、一律に禁ずる。これは、傷付けることを禁ずる法の拡大解釈として位置付ける。第三に、輸送用の獣については、所有ではなく登録制とし、用途を限定する。違反した場合は没収とする。こちらは鳥獣憐みの令と整合を取りつつも、治安条例側と連動させる。」


 オクパトスのおじさんが補足する。


「……あくまで、この辺境領を特区として、である。他領にまで押し付ける気はありません。少なくとも、今のところは。中央に上げる際も、改めて辺境における試験的運用として念を押すべきでしょう。」


 机の周りに、小さな沈黙が落ちた。

 誰も、満足はしていない顔だった。

 けれど、他の案が出る気配もない。


「……聖女として、この提案を受けます。」


 私は、自分の声が少しだけ掠れているのを自覚しながら言った。


「傷付けることを禁ずる法に、家畜を含める。動物を守るためではなく、人が処分を都合よく選べないようにするために。」


 ネロおじさんが、目を細めて笑った。


「では、聖女様の新たなご決断として、外壁内外に触れを出しましょう。——この辺境という特区における、新しい試みとして。」


 家畜期。

 この決定が、外壁の外側でどう受け取られるか。

 この場にいる誰もが、完全には測りきれていないのだと、肌で感じていた。

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