デッドヒート
ミラーに映る老婆の姿が、また一回り大きくなっている。フルスロットルの改造バイクに生身で追いつこうとするなんて、さすが都市伝説の妖怪だ。すれ違いざまに私たちのデッドヒートを目撃した人々には、もれなく忘れられないトラウマが植え付けられただろう。距離が縮まったことで、彼女が忙しなく口を動かしていることに気づいた。
『お』『あ』『い』『あ』『あ』『い』?
おあいああい……もしかして『お持ちなさい』と言っているのだろうか。あれ、なんだっけ……童謡の……なぜだか、うまく頭が回らない。私が暢気に思案している間にも距離を詰め続け、気づけばこちらと並走していた老婆はなぜか呆れ顔で、私にむかって枯れ枝のように細い両手で何かを差し出した。
「はあ……はあ……全くそそっかしい子だね。ほら、落とし物だよ」
ああ、うっかりしていた。どうやらリアボックスの鍵を閉め忘れていたらしい。マイヘルメットを被り、恨めしそうにこちらを睨みつけているマイ生首を受け取った。怒り狂う頭部をなんとかなだめ、遠慮する老婆を半ば強引に後ろに乗せて、私たちは再び夜の街へと走り出した。