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「おはよう、リティ」
トントンと肩を叩かれて重たい瞼を開けると、ラスがこちらを覗き込んでいた。
「君はしっかりしてそうに見えるけど、意外と寝坊助さんなんだね」
微睡む意識の中、ゆっくりと起き上がる。もう既にラスは着替えていた。
「ラスさん、おはようございます。すぐに着替えるわ」
「僕は扉の外にいるから。終わったら声かけて?朝食を食べに行こう」
洗面台で顔を洗い、トランクの中か淡い紫色の簡素なドレスを取り出す。そういえば彼の瞳の色に似ている。
お腹周りにある白い紐を後ろでリボン結びにしようとしたが、なかなかうまく結べそうにない。
「ラスさん、どうぞ」
いつまで経っても結べない紐に私は先にラスを中に呼んだ。外で待たせ過ぎてしまったかもしれない。
「あ、まだ着替えてたかな」
リボンと格闘している私にラスはまだ着替えていると勘違いしたのか慌てて扉の方へくるりと回った。
「大丈夫よ、リボンが上手く結べなくて」
そう言って今だに格闘する私にラスは近付くと、私の背後に周り紐を私の手からするりと抜き取った。
「よし、出来た。可愛いね」
後ろにある鏡には綺麗に結ばれたリボンが写っている。
「あ、ありがとう。ラスさんは何でも出来るのね。私は不器用だから羨ましいわ」
少し落ち込みながら言うとラスは何を思ったのか、私をドレッサーの前に座らせると、彼の腰に付いたポーチから何かを取り出した。
そしてベッドに出したままの私の櫛を取って戻ってくると、私の髪をとかしてくれる。
焦茶色のうねりのある髪はひとつに纏められ、白いレースのリボンで結ばれていた。
「ドレスによく似合うね」
少し振り返って鏡を見ると、綺麗な白色のレースと紫色の簡素なドレスは似合っていた。
「ありがとう、ラスさん」
思わず笑みが溢れてニコリと笑いかけると、ラスは驚いたような顔をしていた。
「さあ、朝食を食べに行こうか。下が食堂なんだ」
階段を降りて一階に行くと相変わらず賑わっていた。どうやら救世主の話題で賑わっているようだ。昨日ラスがこの国を救ったからだろう。
そういえば、今は何時なのかしら?
食堂に着くと人はまばらに座っていたが、私たちは人気の少ない奥の方のカウンターに腰掛けた。
「ラスさんはどうして時間がわかるの?」
先程気になったことを聞いてみると、彼は「ああ」っと呟いて腰に付いている小さな鞄の横の懐中時計を指差した。一見普通の懐中時計に見える。
彼は私に近寄ると耳元で囁いた。ふわりとまた爽やかなベルガモットの香りがする。
「魔法の時計」
そう呟いて離れるとニコリと笑った。
「バレちゃいけないから静かにね。ずっと夜が続くとわからなくなるよね。何食べたい?メニュー読んであげる」
ミミズが這ったような文字を見ながら横でラスが教えてくれる。お腹の空かない彼もどうやら食べるらしい。
何でもこのお店の朝食は美味しく、偶に食べたくなるようだ。
メニューを読んでもらってもイマイチ想像が出来ないので、私もラスと同じものをお願いした。
「それで、今は何日目くらいかしら?」
料理が運ばれて来るのを待ちながら、先程から気になっていた質問をする。
「君を連れ出した日を入れると3日目だね」
コトンと机に水の入ったコップが2つ置かれる。私たちの間に沈黙が流れるが、気まずくはなかった。周囲の喧騒に耳を傾けながら、水の入ったコップを手に取り口に含む。
冷たい水が喉を流れる。
もう3日目も経ってしまったのね。
「お待たせしましたっ」
それから数分して、私とラスの前に料理が置かれた。真っ白のスープの中にはいくつかの野菜とお肉が入っている。
「良い匂い」
「でしょう?好きなんだよね、ここのスープ。牛のミルクで作られているみたいだよ」
湯気がたちのぼるスープを気をつけながら口に入れると、まろやかな味と塩味、そして野菜の甘みが口の中に広がった。
「美味しい...ラスさんといると、私の生きていた世界が小さかったと何度も思うわ」
食事も終わり次の国へ行こうと荷物をまとめていると、窓の外から何やら楽器の音が聞こえる。窓は閉められているのに、かなりの大きな音だ。
急なことに驚き肩がびくつく私に、ラスは微笑みかけると、窓に近づき下を覗き込んでいる。
私も近づいて、ラスの横から外を見ると、ラッパを持った数人の人たちが行進をしていた。その後ろでは見たことがない楽器を叩いている。それは、ぼおん、ぼおんと重低音が響いている。
そして、何やら空からひらひらと落ちて来る。昨日も同じようなことがあった。
ラスを横目で見ると、彼は美しい顔に眉間の皺を寄せていた。
私の視線に気づいた彼は、ふうと一呼吸ついた。
「どうやら、僕を探しているみたい。国が救われたのだから放っておいて欲しいよね」
苦笑いを浮かべる彼に、ツキリと胸が痛む。私が無理なお願いをしたから、ラスさんに迷惑をかけてしまった。
「ラスさん、私の所為でごめんなさい」
「謝らないで?こんな親切をしたのは初めてだけれど、不思議な気持ちだ。見つからないうちに早く行こうか」
手早く荷物をまとめると、私たちは逃げるように宿を後にした。