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「都会ね」
私たちは小舟を降りると、賑やかな街の中を歩いていた。
「アメシスト国は都会なんだ。空飛ぶ魔法が得意だから。ほら、上を見ると飛んでいる人が多いでしょう」
言われて上に目を向ければ、箒に乗った人たちが箒の先に様々な種類のランプを付け、空を飛び交っていた。
丸い形のランプをつけている人もいれば、三角で色は赤色や青色と色とりどりで綺麗だ。
「ラスさんは箒に乗らなくても飛べるのね」
「僕とアメシスト国の魔法は違うからね」
私たちは街中を歩きながら宿に向かう。何やらラスさん行きつけの宿があるのだとか。
ガーネット国とはまた違った異国の雰囲気にきょろきょろと辺りを見渡してしまう。こんな景色は初めてだから目に焼き付けておきたい。きっと、これから一生こんな経験なんてないのだから。
街は夜だというのに賑やかで行き交う人も、箒で空を飛ぶ人も多かった。
また頭上を見上げる。夜だから当たり前に空には真っ暗な闇が広がっている。雲ひとつなく、星や月が煌々と輝いていた。
「あれ...」
ふと、月が2つ空にかかっていることに気が付く。赤い月と私が知っている白い月。
「不思議でしょう?夜を繋げているんだよ。だけど、この国の人は暗闇を怖がる。皆ランプを持ち歩くくせに太陽の光を嫌うんだ」
私が不思議に思っていたことをラスが教えてくれた。
お互い向かい合うような三日月がふたつ。
それを見つめながら歩いていればラスから「危ないよ」と注意され、視線を戻そうとすると何かが空から降ってきていた。ひらりひらりと、何枚も何十枚も落ちてくる。
あの人、何かをばら撒いているわ。
箒に乗った1人の人が箒に吊るした鞄の中からいくつもの紙を空中からばら撒いている。
気になって目の前に落ちてきた紙に手を伸ばし取ってみたが、眉を顰めた。
「...読めないわ」
ビラの内容を読もうにも、見たことのないミミズが這ったような文字に困惑する。
異国の文字も学んだつもりだったのだけど、全くわからないわ。
「ん?あー、大変な時に来ちゃったな」
ラスは読めるのだろう、私の手に持ったビラを見ながら顔を顰めていた。
「ラスさんは本当にすごいのね、何と書いてあるのかしら」
「これはね、さっき夜を繋げてるって言ったよね。それが壊れちゃってきてるみたいだ」
「壊れる...?」
魔法で作ったものに壊れるなんてあるのだろうか。
「正確に言うと魔法で作った装置があるんだ。それを直せる魔法使いを探しているみたい。この国は箒で空を飛ぶ魔法しか使えないからね」
「そんなにすぐ壊れる物なの?」
「前に直した魔法使いの腕にもよるけど、50年から130年くらいは持つんじゃないかな」
50年持っただけでも驚きだ。
それで魔法使いを探している。アメシスト国の人たちには一大事だ。
「では、ラスさんも行くのね」
「僕はいかないよ」
すかさず答えたラスの答えに首を傾げた。
「僕が助けても得はしないし、報酬のお金も僕には十分にあるからいらない」
私は彼はてっきり優しい人なのだと思っていた。気遣い上手だし、私の知らないことを沢山教えてくれるから。
彼にとって私はまじないを解く為の道具に過ぎないのだ。だから優しくもするのだろう。
そんな事を考えながら前を歩くラスを見ながら足を進めていると、トンっと肩に衝撃が走りよろけてしまう。
なんとか体勢を整えて、相手を見ようとすれば勢いよく後方へ走って行った。
そこで手に持っていたガーネット国で買ったクッキーが入った紙袋を盗まれた事に気付く。
「大丈夫っ?」
少し前を歩いていたラスが戻ってくると、俯いていた私を心配するように覗き込む。
そう身長が変わらないから私の表情はすぐ見えてしまうだろう。
「ごめんなさい、ラスさん。クッキーの包みを盗まれてしまったの。後ろ姿からは小さな子どもに見えたわ」
「そんな大した事じゃないよ、食べたかったら違うクッキーを買ってあげる。君に怪我がなくて何よりだ」
優しげに微笑む彼は私には利用価値があるから好意的だと思うと、少し胸の奥がツキリと痛んだ。
家族以外に他人と数日を過ごした相手は初めてで、友人になれるんじゃないかと期待してしまっていたから、胸に応えたのだろう。お互い利害が一致しただけの関係だから、好意的でも勘違いしてはいけないのだ。
「この街は大きくて賑やかで華やか。一見、誰もが幸せそうに見えるけど、一歩裏手に入るとそこは盗人の住んでいる。どこの国でも貧富の差はあるけれど、この国は殊更目立つように思う」
街ゆく人は煌びやかな服を着ていて、とても楽しそうな話し声が聞こえる。
路地裏を覗き込むとぽつりぽつりと灯りはあるけれど、とても楽しそうな雰囲気とは言い難い。ガーネット国の路地裏とはまた違った雰囲気だ。
「だから僕はこの国が苦手なんだ。さあ、行こうか。少し先に前に泊まった宿があるよ」
私の手を引いて歩く彼はこの国を助けるつもりは、これっぽっちもないのだろう。