巨人の城
ドスン、ドスンと大きな振動と音に閉じていた目を開くとそこには旅をしてきた中で最も驚く世界が広がっていた。
「わ」
思わずこぼれた言葉は一言で、そこには物語のような世界が広がっている。驚きに目を見開いたままでいると、ドスンドスンとまたあの大きな振動がやってきて、私たちは少し宙に浮いてしまう。
「すごいでしょ?巨人の城。変なところに出ちゃったね」
私たちの横には大きな花瓶があり、ちょうど巨人たちには死角になっていた。目の前には大きな廊下、そして大きな人達がドスンドスンと足音を立てて歩いている。
「大きい人達ね。私たち踏まれてしまいそうだわ...」
踏まれたところを想像してしまい身震いすると、ラスはまたあの小さな鞄から何やら筒状になった布を取り出した。
「これはさっきの国で売ってる空飛ぶ絨毯。歩いていたら時間がかかるし、この国を通る手段は飛ぶしかないんだけど、巨人たちは僕たちが飛ぶのをあまり好きではないみたい」
「好きではない?」
「僕たちが蝿に見えるんだって」
蝿...?確かに私たちも小さな虫が周りを飛んでいたら煩わしいと思うかもしれない。
「た、叩き落とされたりしないかしら?」
「まあ、大丈夫だよ」
広げた絨毯は不思議な柄で遠い異国を思わせるような、なかなか派手な柄だった。上に座るとラスが呪文を唱える。たちまち絨毯が浮かび上がると、そのまま巨人の更に上を飛ぶ。
「こうすれば踏まれる心配はないけど、嫌いな奴からしたら僕たちが巨人の頭上を通るのは面白くないだろうから急ぐよ」
飛んでいるから振動で体が浮くことはなくなったが、不安定な絨毯の上でいつ落ちてしまうか冷や冷やする。
お城、私たちが住んでいる景色と何一つ変わらないのに、身体の大きさが違う。向こうから見れば、私たちは小さい人で、私たちから見れば大きな人で...なんて不思議な国。世界は本当に不思議だらけだわ。
「巨人の城って呼ばれているけれど、僕たちが小さくなっただけかもしれないんだ。もしかしたら彼等は巨人ではなくて、僕たちと同じ大きさなのかもしれないけれど、此処を訪れるには扉が小さ過ぎるんだ」
「では、私たちが小人になったのね?」
「実際のところ定かではないね、もしかしたら元から僕たちが小人だったのかもしれないからね」
人魚に夜を嫌う人々、巨人の城。
自分が暮らしていた屋敷が、世界が本当に小さかったと実感する。何に悩んでいたのかも、忘れてしまうくらい。
私は諦めていただけで、結婚する以外にも生きていく方法があるかもしれない。
ラスの背中を見ながら思う。彼に出会えて良かった。
「ここを過ぎればお城の外に出る。もしかしたら数日経ってしまっているかもしれない」
「数日?」
「巨人の城は僕たちが住んでいる時間軸と違うんだ。少しだけ居たつもりでも数日過ぎていたりする。だけど、だいぶ近道できた筈だよ」
何日過ぎてしまっているだろうと思うが、どのみち父様に怒られることには変わりないのだから数日過ぎていてもいいかな、なんて考えが頭を過ぎる。もう少し、この度を楽しみたい。少し前の私には考えられないくらい楽観的だ。
時折、下を歩く巨人に目を向けながら道を急いでいると、パチリと顔を上げた巨人と目が合った。真っ黒な瞳がふたつ、こちらを見ている。
驚く私に巨人はこちらに手を伸ばし、絨毯ごと捕まえようとする。
「ラスさんっ」
慌ててラスを呼べば、彼は面倒そうな表情を浮かべ、宙に浮いたまま巨人を見下ろした。
「やっぱりな、お前だったか。死んだと思っていたが、噂は当てにならないな」
大きな声に思わず耳を塞ぐ。身体が大きければ声も大きいのだ。
ガハガハと笑いながら反対側へと歩いて行った。
「......前にもこの方法で通ったことがあるんだ。だから僕だってわかったんだろうね」
果たしてそれだけで、ラスだとわかるのだろうか?知り合い?あの巨人が言っていた死んだとはどういうこと?いくつか疑問が頭に浮かぶが、あまり踏み込んではいけない。
ひたすら長い廊下には絵画や燭台が飾ってある他、何もなかったが、曲がり角の手前にやっと窓を見つけた。
「あ、リティ。そこの窓から出たらイリュジオンに着くよ。良かった」
つかぬまの現実逃避。ラスとの旅に終わりが近付いている。こんなに早く過ぎてしまうことに、胸に暗い思いがのしかかる。
こんなにも早く終わってしまうなんて。
私はまだ自由でいたい。今まで思ったことがなかった願いがふつふつと湧いてきていた。
そんな私の願いを知る由もない彼は、ただ前に進むだけで何も言わなかった。
ラスはまじないが解ければ、私なんて用済みなのだろう。
窓から飛び出す直前、曲がり角の先を見ると巨人たちはまた窓もない廊下をひたすら歩き続けていた。一体彼等はどこに向かっているのだろう。
私は遠ざかっていくお城を静かに見つめていた。