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賑やかな街並みを歩きながら、ここの人たちはいつ寝ているんだろうと思う。
いつが朝なのかもわからない、ずっと明かりが灯る国。
いくつもの洒落たお店を通りながら、ラスはひとつのお店の前で立ち止まった。
看板にはまた読めない文字が綴られているが、窓から見える店内には数々のドレスが並んでいる。
「ブティック...?」
「次の国への通り道がこの店なんだ。折角だから君にドレスを買おうかな」
そう言って先にお店の中へと歩く彼に、慌てて声をかけた。私たちの背後からは「ようこそオリビアブティックへ」と従業員の声が聞こえてくる。
「ラスさん、ドレスは大丈夫よ!」
「折角だから僕に選ばせてよ、今のラベンダー色も素敵だけど、君はもっと明るい色も似合うと思うんだよね」
そう笑いながらたくさんのドレスの間を通る。真紅色、深い森を思わせる様な緑色のドレスと様々な美しい色のドレスを見ながらラスは一着のドレスの前で止まった。
手に取ったのは淡い黄色のドレスだった。
「あの、私はやっぱり」
「いいから、いいから」
そのまま私をドレスと一緒にお店の従業員に渡すと、試着室へと案内された。勿論ラスとはまじないで離れられないから、彼は少し離れて着いて来ている。
私は抵抗をする間もなく、着替えさせられると鏡の前に立っていた。
淡い黄色のドレスは装飾は少ないが、黄色のドレスを纏うように繊細なレースが縫い付けられて、動くたびにふわりと羽根のように軽やかに動く。
とても綺麗なドレスだわ。
「奥様、とってもお似合いですわ」
「お、おくさま?」
「はい」
ついニコニコと鏡に映る従業員を驚きの目で見つめてしまう。
私たち、夫婦に見えるの?
私は困った表情のまま試着室を開けると、彼は近くのソファに腰掛けていた。私の姿を見つけるや否や立ち上がり、こちらに向かって微笑む。
「やっぱりよく似合う。もう少し大胆なデザインも似合うと思うけど、僕はこっちのデザインの方が好きかな」
異性にドレスを選んでもらうのは初めてで、居た堪れなくなった私は俯いて小さくお礼を言った。
「このままで行こうかな。来ていたドレスは持ったから安心してね。もう少し見て回っても?」
従業員の頷きに、ラスは私の手を掴むとそのまま来た道を戻る。後ろから「ありがとうございました。また気になる一着がありましたらお声かけくださいませ」の声が聞こえる。どうやらお会計は済んでいるようだ。
「ラスさん、お金はっ」
「僕に贈り物をさせてって言ったでしょう?」
くすくす笑いながら店を出る途中に、一着のタキシードがあった。それは普通のタキシードだが、ラスは目の前で立ち止まると、静かにと人差し指を立てた。
背後に誰もいないことを確認すると、タキシードのポケットに手を伸ばした。
すると背後からごおっと強い風が吹き、私たちはポケットに吸い込まれるように入ってしまった。
「リティ、大丈夫?」
「ラ、スさん?」
真っ暗闇が広がる。もしかしたら私は眠っているのかもしれない。自分の手や足さえも見えない程の暗闇が広がり、一気に不安な気持ちが膨れ上がる。
その中でポンっと淡い光が当たりを照らす。ラスの魔法だ。
「いきなり驚いたでしょう?説明もなしにごめんね。此処はあのタキシードのポケットの中だよ」
ラスは私の前に座り込むと、右手を繋ぎ腰に手が当てられるとゆっくりと立ち上がらせてくれた。どうやら私はいつの間にか座り込んでいたらしい。
「イリュジオンの道は少しずつ変わっていくんだ。まさかポケットの中に入り込むなんて思わなかったね。何度も旅をしてるけど、流石にポケットの中は初めてだ」
クスクス笑うラスに手を引かれるまま、彼の魔法で明るくなった道を歩く。辺りは真っ暗闇が広がっているだけで何もない。
「もう直ぐ出口だよ」
まだ不安な気持ちを振り払うように、少し気になっていた事をラスに聞いてみる。
「どうしてイリュジオンまでの道がわかるの?」
「地図があってね、これが指す方にイリュジオンはあるんだ」
少し立ち止まり胸元からネックレスを取り出す。それは青色の丸い宝石だった。よくよく見てみると、方位磁針になっているようだ。
「ラスさんは...不思議なものをたくさん持っているのね」
沢山入る鞄に、時間がわかる時計。ラス自身の事が知りたかったけれど、口をつぐんだ。私たちはお互いの身の上話しをする仲ではないし、好奇心だけで、聞いて良い話でもないだろう。
無言のまましばらく歩いていると、眩しいくらいの明かりが見えてきた。
「もうすぐ着くよ、どうやらちょっと厄介な国に着いちゃったみたい」
ため息をつくラスに首を傾げながら、私たちは光りの中へと入り込んだ。
のんびり綴っております。