第一王妃の夜半の来訪
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「ふむ……」
夜の執務室、私はハンナの報告書に目を通し、口元を押さえる。
報告書の内容は、先代国王の王弟の孫、ミヒャエル=トゥ=エストラインなる男について。
義父上からもこの男についての情報は窺っているので、情報に目新しいものはない。
だが。
「ハンナ。君はどう思う?」
「どう思う、とは……?」
「市井に出奔した王弟の孫が、どうして今頃になって担ぎ出されたのかということについてだ」
何代も前の王族の末裔であるならともかく、先代国王の王弟の孫ということは、比較的最近のこと。
にもかかわらず、これまで一度も話題に上ることもなく、今さらのこのこと姿を見せたのか。
「もちろん、テレサ第一王妃と、その実家であるヴァレンシュタイン公が担いだのだが、それでも、このようなことになるのは目に見えていたはず」
「…………………………」
「少なくとも、国王陛下が何の対処もせずにこれを見過ごしていたとは、到底考えられないのだ」
そう……このような王族の落胤は、将来の王国の治世に影を落とす毒のようなもの。
たとえ市井に下ったとしても、いずれその血を利用しようと目論むものが現れるのは日を見るより明らかだ。
ならば、王国として常に監視対象とするのは当然のことなのに、今回は出し抜かれた格好となっている。それは、王国がその存在を把握していなかったという、怠慢に他ならないのだ。
「……弁明させていただけるのであれば、お館様は王弟殿下のこともミヒャエルのことも、いずれも監視はつけておりました。ですが、それは必要最小限に留まっていたことも事実です」
「い、いや、別に義父上を責めるつもりはない。本来ならば、これは身内の恥。王室が対処せねばならないことだったのだから」
申し訳なさそうにうつむいてしまったハンナに、私は慌てて取り繕った。
こんなことで、私の大切な従者を傷つけたくはない。
「ですが、ディートリヒ殿下のご懸念はごもっともです。しかも、ミヒャエルはテレサ妃殿下側に手に渡ってしまったのですから」
「そうだな……」
既に王太子に任命されているため、普通に考えればどのように転んでも私の地位が揺らぐことはない。
だが、それでも前回はオスカーにクーデターを起こされ、処刑されてしまったことも事実。
そのような可能性もあるだけに、最大限の警戒を……。
――コン、コン。
突然、執務室の扉がノックされた。
このような時間に私を尋ねるとは、一体……。
「……申し訳ありませんが、ディートリヒ殿下は政務中で……っ!?」
「ディートリヒ」
扉を開けたハンナを押しやり、室内に入ってきたのはテレサ第一王妃だった。
私が王太子となってから怒りや憎しみを湛えていたその表情が、今はどこか余裕すら感じられる。おそらく、ミヒャエルという男を取り込んだことによるものだろう。
次期国王の座を、この私から挿げ替えるために。
「テレサ妃殿下、このような夜更けにどうなさったのですか?」
「ウフフ、大した用ではないわ。ただ……最近は王太子としての務めを果たし、陛下だけでなく国民からも支持を得ているあなたに、一つ忠告しておこうと思って」
「忠告、ですか……」
つまりそれは、忠告ではなく警告ということだな。
ひょっとしたら『冷害王子』の分際で調子に乗るな、代わりはいくらでもいるとでも言いたいのだろうか。
「ええ。ほら、『好事魔多し』っていうじゃない。今のあなたが、まさにそれだもの」
「……おっしゃっていることが分かりませんが」
「あら、そうなの。それじゃ、ますます気を付けないと」
訝しげに見る私に、母上は肩を竦めておどけてみせる。
だが、今の口振りから、母上が私の足を引っ張ろうと、何かを画策していることは理解した。
「とにかく、妃殿下のご懸念は承りました。このディートリヒ、用心を持って事に当たりたいと存じます」
「フン……そうね。そのほうがいいわ」
恭しく一礼する私に興味を無くしたのか、母上は鼻を鳴らす。
本当は、もっと私が激高する姿を見たかったのかもしれない。この私がリズを通じてミヒャエルの存在を把握していることは、分かっているだろうから。
「私が言いたいのはそれだけよ」
そう言って、母上は踵を返すと。
「……『母上』とは、一度も呼ばなかったわね」
「…………………………」
そんな言葉だけを残し、部屋を出て行った。
「……何かを企んでいるのなら、わざわざ殿下のところに忠告する意味が分かりません」
眉根を寄せ、ハンナがかぶりを振る。
そうだな……確かに、母上の行動は理解しがたい。
だが、ひょっとしたらこれは、母上にとってのけじめなのかもしれない。
死に戻る前、たとえ権力に溺れていたとしても、それでも、この私を王太子に……そして、国王にしたのは母上なのだから。
……いや、それはないか。
私は母上にとって、物言わぬ都合の良い人形でしかなかったのだから。
「とにかく、テレサ王妃が何かを仕掛けてくることは分かった。背後には、ヴァレンシュタイン公もいる。二人とミヒャエルの監視は当然として、何を仕掛けられても対処できるよう、万全を期しておくのだ」
「お任せください」
「ああ。それと……君も気を付けるのだぞ」
「っ! ……ありがとうございます」
深く頭を下げるハンナを見つめ、私はゆっくりと頷いた。
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