出奔した王族の過去
「ふう……やれやれ、一向に仕事が片づかんな……」
執務室で政務に勤しんでいた私は、目の前の書類の山に辟易しながら溜息を吐いた。
王太子となってからというもの、仕事が山のように増え、とてもではないが手が回らない。
ただ、その原因については分かっている。
「圧倒的に、人手が足らない……」
オスカーとの王太子争いにより、第二皇子派だった貴族達の多くが、その後の調査で不正を働いていたことが発覚し、それらを処罰したことで人材不足に陥ってしまったのだ。
もちろん国王陛下をはじめ、私や宰相、各大臣達は人員の補充を図ろうとしたのだが。
「……まさかヴァレンシュタイン公が、こうも露骨に圧力をかけて回るとはな……」
そう……私達が目星を付けた貴族達に手を貸さぬよう、あろうことかヴァレンシュタイン公爵が裏で働きかけていたのだ。
そのせいで、彼を恐れた貴族達は、こちらの要請を全て辞退してきた。
「これは早急に、ヴァレンシュタイン公の排除を視野に入れないとな」
大人しくしているのなら、彼も祖父である手前、少々であるならば目を瞑ることも考えたが、こうして明確に敵意を見せるのならば、この私とて黙っているわけにはいかない。
「ハンナ」
「はい」
傍に控えていたハンナに声を掛けると、彼女が前に立って恭しく一礼した。
「最近のヴァレンシュタイン公に、目立った動きはあるか?」
「残念ながら、これといった報告は上がっておりません」
「そうか……」
かぶりを振るハンナの答えに、私は肩を落とす。
貴族達への圧力もそうだが、ヴァレンシュタイン公爵はなかなか尻尾をつかませてはくれなかった。
それだけ、彼が狡猾で侮れない人物なのだということだ。
「さて、どうするかな……」
窓の外を見やりながら、思案していると。
――コン、コン。
「ディー様、そろそろ休憩になさいませんか?」
「リズ」
私の最愛の婚約者、リズがティーポットとカップ、それに色とりどりのお菓子を乗せたワゴンを押して、執務室に入ってきた。
「マルグリット様、そのようなことは私が……」
「ふふ、あなたはディー様のお手伝いをしているのですから、これくらいは私にさせてください」
慌てて駆け寄るハンナに、リズは微笑みながらそう返した。
はは……彼女だって、私を支えるために色々と働いてくれているのにな……。
「そうだな。ちょうど考えが行き詰まっていたところだ。リズ、ハンナ、少し休むとしよう」
「ふふ……はい」
「かしこまりました」
私はソファーへと移動して腰掛けると、リズがカップにお茶を注ぐ。
ハンナは自分がしたいようだが、リズにやんわりと断られて渋々私の前に座った。
「どうぞ」
「ありがとう、リズ」
「……ありがとうございます」
はは、ハンナはまだ納得できないみたいだな。
もちろん、これはリズがハンナを労ってのものだということを理解した上で、だが。
「そういえば、先程お父様に廊下でお会いしたのですが、ディー様に相談したいことがあるとおっしゃっておりました」
「義父上が私に?」
お茶を口に含みながら、私はリズを見た。
「はい。ただ……」
「何かあるのか?」
「いえ……いつもより表情が暗かったですので、ひょっとしたらよくない話なのかもしれません」
「ふむ……」
義父となるフリーデンライヒ侯爵は、エストライン王国の内政の全てを担う内務大臣。
その彼が私に相談してまで悩んでいること、か……。
「ありがとうリズ。休憩が終わったら、こちらから声を掛けてみるとしよう」
「はい」
そうして私達は、束の間の休息を楽しんだ。
◇
「ディートリヒ殿下、わざわざすみませんな」
「いえ……リズが、義父上が何か思い悩んでおられるようだと言っておりましたが……」
内務大臣の執務室へ赴いた私は、義父上にそう切り出した。
「全く、マルグリットめ……」
「はは、これも彼女があなたを思いやってのことですので」
「それは分かっておりますが……」
複雑な表情を浮かべる義父上に、私はそう言ってたしなめた。
はは……娘であるリズに心配されて、嬉しさと気恥ずかしさで何とも言えない気分なのだろうな。
「殿下……先代国王陛下の弟君が出奔したという話はご存知ですかな?」
「はい。エストライン王家最大の汚点と呼ばれている出来事、ですね」
今から四十二年前、王位継承第二位であるエストライン王国の第二王子が、地方貴族の屋敷で働く使用人と恋に落ち、駆け落ちをした。
私も話に聞いただけではあるが、当時はかなり話題となり、市井の女性はまるで物語のような出来事に、心をときめかせたのだとか。
だが、エストライン王家とすれば、そのようなことは恥でしかない。
何より、その第二王子には既にいた婚約者を捨てて恋に走ったのだから。
「……私もリズがおりますので、人を好きになる気持ちと、それを抑えられなくなってしまう想いは分からなくもないですが、あまりにも婚約者をないがしろにするような行為、私は到底受け入れられません」
私は怒りを滲ませ、義父上にそう告げた。
愛する婚約者であるリズがいるからこそ、私はその第二王子のことをよく思っていない。
もし会う機会があるのなら、私はそのことを問い質したいほどだ。
「ですが、その第二王子がどうかしたのですか?」
「う、うむ……」
尋ねる私に義父上が言い淀んだかと思うと、顔を上げ、私を見据えた。
「実は……諜報員から、第二王子の孫にあたる者が、ヴァレンシュタイン公の者と接触したとの報告がありました」
「っ!?」
重々しく告げる義父上の言葉に、私は息を呑んだ。
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