今度こそ、幸せを
「殿下、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
ロクサーヌ皇女とコレット令嬢を置いて部屋から出るなり、イエニーがおずおずと尋ねる。
「何だ?」
「はい……祝賀会でのテロ計画に関しては、既に向こうの刺客はこちらで確保しておりますし、何ならオットー子息とコレット令嬢のやり取りの記録、それに加えてオスカー殿下によるオットー子息への指示など、必要な証拠は全て揃っております」
「うむ」
「なら、何故あのようなことを彼女に言ったのでしょうか?」
ああ、なるほど。
私が何故このような無駄なことをしたか、理由が分からないのだな。
「決まっている。ああやって条件提示をすれば、場合によってはコレット令嬢を救うことも可能だからだ」
「救う……ですか」
「そうだ、よく考えてもみろ。このままこちらで確保済みの証拠で全てを終わらせたならば、彼女の運命はそれこそ死刑一択だ」
「それは、まあ……」
「要は、私は彼女を死なせたくないのだ」
そう……私は、できれば彼女の命を救いたいと考えている。
もちろん、彼女がロクサーヌ皇女を裏切った理由などが分からない中で、情が湧いてこのような真似をしたわけではない。
まず、彼女を救うことにより、私はロクサーヌ皇女にさらに恩を売ることができる。
既にロクサーヌ皇女とは共闘を結んではいるが、その関係をより強固なものとしておきたいからな。
ただし、王位継承争いを有利に進めるためではなく、私が王となった後の、王国の平和のためではあるが。
次に、コレット令嬢をこちら側で確保しておくことで、オスカーやシャルル皇子への牽制にしておきたい。
おそらく、今回つかんでいる証拠をもってオスカーを糾弾しても、裏から手を回すなどしてうやむやにしてしまうだろう。
だが、全てを知っている彼女がこちら側にいれば、オスカーはそれだけで目障りに思うはずだ。
そして、それはカロリング帝国にいるシャルル皇子も。
当然、その後はコレット令嬢を亡き者にするために刺客を送ってくるだろうが、そんな真似をすれば、こちらにとってより有利な状況を作り出すことができる。
オスカーはロクサーヌ皇女と決定的に袂を分かつ結果となるし、シャルル皇子もこちらに刺客を捕えられれば、それがカロリング帝国内でのロクサーヌ皇女との皇位継承争いで大いに不利になる。
何故なら、私はそれらを全てロクサーヌ皇女に差し出すからな。
「……とまあ、彼女を生かすことで、これだけの利点がある。もちろん、それにはハンナや君の働きが最も重要になってくるのだが」
「な、なるほど……!」
イエニーは、もふもふの猫耳をピコン、と立て、瞳をキラキラさせながらこちらを見ている。
い、嫌な予感が……。
「殿下……やはり、子種をいただくなら殿下しかおりません……! どうか私にお情けをくださいませ!」
「何がやはりだ! 絶対に断る! ハンナ!」
「はい」
私がその名を呼んだ瞬間、どこからともなくハンナが現れた。
万が一のために、イエニーに気づかれないようにいてもらっておいて正解だった。
「ではハンナ、頼んだぞ」
「お任せください」
「イヤアアアアアアアアアアッッッ!?」
イエニーはハンナに連れられ、再々教育を受けることになった。
◇
「クク……それにしても、まさかこのような結果になるとは予想できませんでしたな」
夜の王宮の庭園で行う晩餐会で、隣にいるフリーデンライヒ侯爵が嬉しそうに微笑む。
「本当よ! だけど、これで殿下は名実共に次の国王陛下よ!」
「全くですな!」
メッツェルダー辺境伯とグスタフも、ワイン片手に満面の笑みを浮かべていた。
「ディー様……今日は本当に素敵でした……」
「リズ、ありがとう。私も君と共にこのような日を迎えることができて、心から嬉しい」
「はい……」
リズは蕩けるような笑みを浮かべ、私の腕にしな垂れかかる。
こういう時、婚約者同士だから気兼ねする必要もなくて助かる。
すると。
「ディートリヒ殿下、此度の祝賀会の成功、誠におめでとうございます」
この国の宰相である、ザイフリート侯爵が声をかけてきた。
その後ろには、法務大臣のティーレマン伯爵をはじめ、そうそうたる面子が揃っている。
だが、彼等は前の人生において第一王妃派にも第二王子派にも、ましてや中立派ですらなかった者達。
つまり、国王陛下への忠誠に殉じていた者達だ。
それが、一体何故……。
「ありがとうございます。おかげさまで、多くの方々の協力を得て本日は滞りなく行事を執り行うことができました。とはいえ、祝賀会はあと二日ありますので、引き続き、気を引き締めてまいります」
「いやはや、そのように堅苦しくならずとも……それより、国王陛下より無事に後継者の指名を受けられたこと、誠にめでたいですな」
今の宰相の言葉に、私は違和感を覚えた。
ひょっとして……宰相は、国王陛下が私を後継者に選ぶことを知っていた……?
「……国王陛下は、長年ディートリヒ殿下に対して心を痛めておられました。そして、国王陛下に万が一のことがあった際には、ただ二人を見極めよ、と」
「…………………………」
「ですが、今日のことでそれも不要となりました。このザイフリート以下、心より、ディートリヒ殿下が後継者となられたこと、お慶び申し上げます」
そうか……前の人生で一切関与しなかったのは、国王陛下からこの国の行く末を任されておったからか……。
よくよく考えれば、私が断頭台で命を落とした後のことは何も知らない。
ひょっとしたら、宰相達がオスカーを打倒する未来だったのかもしれんな……。
「ありがとうございます。このディートリヒ=トゥ=エストライン、その名に恥じぬよう、これからも精進してまいります」
「ハハハ! 我々も、殿下を盛り立てていきますぞ!」
私のために集まってくれた皆が、このように気勢を上げてくれている。
もちろん、オスカーもまだ健在であるし、第一王妃やヴァレンシュタイン公爵、加えて第二王妃や妹のヨゼフィーネもいるので油断はできない。
だが、それでも。
「ディー様……!」
この、私のために涙を零しながら喜んでくれているリズを見て、私は拳を握って実感する。
ああ……リズの幸せを、今度こそつかむことができたのだと。
「殿下……飲み物をどうぞ……」
「ああ、すまない」
給仕から果実水の入ったグラスを受け取り、私はそれを一気にあおった。
そして。
「……っ!? が、ふ……っ!?」
「ディー様!?」
――私は血を吐き、目の前が闇に閉ざされた。
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