ひねり潰す
国王陛下の名代を仰せつかってから、祝賀会を成功させるために私達は精力的に動いた。
祝賀会の会場となる王宮前の大通り広場での設営や、当日の警備体制の確保、招待客の選定や来賓を迎え入れるための調整、そして、犯罪者や不審者等の取り締まりと締め出し……しなければならないことは枚挙にいとまがない。
そんな中、メッツェルダー辺境伯からお祝いの手紙をいただき、私はお礼の手紙と共に国王陛下秘蔵のワインを送り届けた。
もちろん、その使者はグスタフとした。
最初は祝賀会の警備等の関係で固辞したグスタフだったが、私が強引に頼んだことと、やはりメッツェルダー辺境伯が気になっていたのだろう。最後は快く引き受けてくれた。
なお、お礼の手紙には、二人で一緒に祝賀会に参加するよう申し添えてあるので、それまではグスタフも彼女と共に羽を伸ばせるであろう。
そして今日も、相変わらず準備に追われていると。
「殿下! 今日の報告にやってまいりました!」
私の政務のために王宮内に特別にあてがわれた執務室に、イエニーが元気よく入ってきた。
「うむ。それで、彼女の様子はどうだ?」
「はい。やはり祝賀会が近づくにつれ、オットー子息との接触が活発になっています。加えて、当日の警備体制表や料理のメニュー、来賓名簿など、一通り入手した模様です。ただし、いずれもBプランですが」
そう報告すると、イエニーは口の端を吊り上げた。
元々、今回の祝賀会に合わせては二つのプランを用意している。
実際の当日のものを示しているAプランと、祝賀会の成功を妨害しようとしている者共に偽の情報をつかませるためのBプランを。
どうやらオスカー達は、まんまとBプランを手に入れてくれたようだ。
「それは重畳。では、引き続き彼女の監視を頼んだぞ」
「はい……ですが、私も人間です。それなりの報酬をいただかなければ、士気にも影響してしまいます……」
そう言うと、イエニーが一歩ずつ歩み寄ってきた。
あ……あの瞳、まずい!?
「ま、待て! 何度も言っているが、それは受け入れんぞ!」
「殿下……一回、たった一回だけでいいんです……何なら、味見だけでも……!」
イエニーは息を荒げ、ブラウスのボタンを一つずつ外していく。
く、くう……! ハ、ハンナはどうしたのだ!?
「ニャフフ……ハンナさんは偽の情報をつかまされて、王宮にはおりませんよ……」
くそう!? イエニーめ、ここまで用意周到だとは……!
「ホラ、私の胸もハンナさんほどではないですが、かなり大きいと思いませんか?」
「え、ええい! 胸元を開けるな!」
ブラウスを広げて胸を露わにしたイエニーをまともに見ることができず、私は手で顔を覆う。
だ、だが、このままでは私の貞操が……!
「さあ、殿下……私と楽しみま……「そこまでです」……フギャッ!?」
イエニーの鳴き声と共に頼もしい声が聞こえ、私はゆっくりと手をどけると……ハ、ハンナ!
「全く……あのような偽情報、誰が信じると思うのですか」
「フギュ!? ハ、ハンナさん、耳が痛い!? 痛いです!?」
もふもふの猫耳を思い切りねじられ、イエニーが苦悶の表情を浮かべる。
「す、すまんハンナ、助かったぞ……」
「いいえ。それよりも、この泥棒猫を再教育いたしますので、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
「う、うむ……彼女の監視に支障のない範囲でな……」
「かしこまりました」
「ニャアアアアアアア!? お願いします! ごめんなさい! 許してください!」
ハンナに猫耳ごと引きずられ、イエニーは泣き叫びながら執務室を出て行った。
◇
「兄上、ちょっといいですか?」
祝賀会の準備が大方整い、隣で手伝ってくれているリズと束の間の談笑をしているところへ、オスカーが執務室にやってきた。
「……何の用だ? 私は忙しいのだが」
「やだなあ。せっかく弟が来たんですから、もっと歓迎してくださいよ」
両手を広げながら、大仰にそう告げるオスカー。
だが、このタイミングで顔を出したということは、祝賀会の進捗具合を探りにきたのと、あとは……まあ、リズだろうな。
「ですが……いやあ、兄上には感服いたしましたよ。絶対に失敗が許されない国王陛下の名代を引き受けられたのですから。頭が下がる思いです」
「なんだ、そんな世辞を言いに来たのか?」
私は皮肉を込め、そう言い放つ。
「違いますよ……ただ、兄上に一言ご忠告をと思いまして」
「忠告、だと?」
オスカーの言葉に、私はジロリ、と睨みつけた。
「はい。もちろん、祝賀会が成功するに越したことはないですが、万が一失敗した場合に備えて、身辺整理をしておいたほうがよろしいかと」
オスカーの言っている意味が分からず、私は思わず首を傾げた。
「あはは。だって失敗すれば、兄上の王位継承の目はなくなってしまうどころか、婚約者であるマルグリットもつらい立場に置かれてしまうのですよ? だったら、その時のことを考えて今のうちに彼女との関係についても何らかの手を打っておいたほうがよくはないですか?」
なるほど……そんなくだらないことを言いに来たのか。
おそらく、オスカーは祝賀会を確実に失敗させる手立てがある、ということだな?
「心配は無用。祝賀会の成功は確実であるし、何より、私はリズを絶対に手放したりはしない。リズを幸せにするのは、この私だけだ」
そうだ。断頭台で祈りを捧げるリズを見て、死に戻った私は誓ったのだ。
彼女を……リズを、必ず幸せにするのだと。
そんな私が、リズの不幸に直結してしまう祝賀会を失敗させることなど、絶対にあってはならんのだ!
「そういうことだ。いらぬ心配だったな」
その一言を突き付け、私はオスカーに一瞥もくれずに仕事に戻る。
「ふう……分かりました、兄上。ですが、後悔なさらぬよう。マルグリット……君も、よく考えたほうがいいと思うよ」
「ふふ……ご心配なく。ディー様は、必ずや成し遂げてくださいます。オスカー殿下と違って」
「……失礼します」
皮肉を言ったつもりがリズに皮肉で返され、オスカーは乱暴に扉を閉めて出て行った。
その瞬間。
「ディー様……私は嬉しくて仕方ありません……!」
リズが、私に思い切り抱きついてきた。
そんな彼女を抱き留めると、その輝く白銀の髪を優しく撫でた。
「リズ……私はあの日、気づいたのだ。君の幸せは、私と共にあることを……そして、私の幸せは君なしでは成り立たないことも」
「はい……はい……!」
「だから……この祝賀会を成功させ、エストライン王国だけでなくカロリング帝国にも、次の王は私なのだと知らしめてみせる。君との、幸せな未来のために」
「ディー様……!」
涙を零すリズの顎を持ち上げ、私は彼女の紅い唇にそっと口づけをした。
オスカーよ……オマエが何をするつもりなのか、まだ分からない。
だが。
――私はオマエを、ひねり潰してやろう。
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