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イニシャルが示すもの

「あれが……」

「ええ、殿下への面会を求めていた刺客よ」


 部屋へとやって来ると、床の中央に布を被せられて横たわる一人の死体があった。

 あれが……この私と面会をしたがっていたという、刺客か……。


「ハンナ」

「はい」


 布を取り、死後硬直が始まっている死体の(そば)へ寄ると、ハンナは衣服を剥ぎ取り、何か手掛かりになるものはないかと調べる。


「……少なくとも死体に損傷は見当たらないので、毒殺という見立てで間違いないかと。衣服も調べてみましたが、手掛かりになりそうなものは何も……」

「そうか……」


 この男は、私に何を伝えたかったのだろうか……。

 そもそも、どうして侯爵子息が刺客などという真似を……って。


「ハンナ、その死体には損傷はなかったとのことだが、ならば、カロリング帝国の刺客であると示す印はあったのか?」

「いえ、それもありませんでした。つまり……」

「……最初から、刺客などではなかったということか」


 私は、ポツリ、と呟く。


「ちょっと待って!? この男は、尋問で確かに刺客だと言ったのよ!? それは、私以外の兵士達も聞いているわ!」

「ならば、メッツェルダー閣下には刺客であると偽ったのではないかと。そして、そこまでしてでも、自分の素性を知られずに私に何かを伝えたかったのでしょう」


 だが、ここまでしたほどの男が、果たして何の手掛かりも残さずにむざむざと殺されたりするものだろうか……。


 私はおもむろに死体に手を伸ばすと。


「殿下、お手が汚れてしまいます」

「何を言う。ならば、ハンナの手も汚れているではないか。君が汚れて、私が汚れてはならない理由などない」


 ハンナが制止するが、私はそれを意に介さずに死体を調べる。

 そんな私を、ハンナがどこか熱を帯びた視線で見ているような気がするが、今はそれどころではない。


 とにかく、何としてでもこの男が遺したであろう手掛かりを見つけねば。

 だが、身体の表面や口の中などには、それらしきものは見つからなかった。


 ならば。


「……ハンナ、男の腹を開いてみよう」

「っ!? ……はい」


 (そば)にいた兵士から短剣を借りると、ハンナが慣れた手つきで死体の腹を開いた。

 当然ながら中からは臓物が露出し、リズやノーラは思わず顔を背ける。


 そして、胃の中を開いてみると。


「……殿下、折りたたまれた紙片が一枚入っておりました」

「どれ……」


 血や胃の内容物で染まった紙片を受け取り、私はそれを開く。


 そこには。


『C・S』


 そう、記されていた。


「アルファベットが“C”と“S”の二つ……これは、何かのイニシャルのようだな」

「イニシャル、ですか……?」


 青い顔のリズが、おずおずと尋ねる。


「うむ。わざわざ胃の中に隠しているのだ。私に伝えたかったこととは、まさにこれであろうな」

「はい……」


 だが、このイニシャルが一体何を示しているのか、見当がつかない。

 とはいえ、私に接触しようとしたこと、加えて、刺客であると偽ったところから考えると、この者はロクサーヌ皇女側の者で間違いなさそうだ。


 ならば、必然的にロクサーヌ皇女に関することで間違いないのだが……。


「“C”と“S”…………………………まさか」

「リズ、何か思い浮かんだのか?」

「で、ですが、これはさすがに考えづらいのです……あれほど献身的な彼女(・・)が……」

「それは、この私も知っている者か?」

「はい……」


 そう返事すると、リズは悲しそうな表情を浮かべた。

 私の知っている者であって、イニシャルが“C”と“S”……っ!?


「……コレット=シルベストル」


 その名前を呟くと、リズは無言で頷いた。


「だ、だが、彼女はロクサーヌ皇女の侍女で、しかも幼い頃からの仲なのだぞ!? さすがに、裏切ったりするようなことは……」

「はい……おっしゃるとおりです……」


 困惑する私の言葉に答え、リズは唇を噛んだ。

 そんな……それが事実であるならば、悲しすぎるではないか……っ。


「……まだだ。まだ、私達は本人から聞いていない」

「ディー様……?」


 そうだ。私はコレット令嬢から何も聞いていない。

 それに、ひょっとしたらそうせざるを得ない、何か事情があるのかもしれない。


「皆! 悪いがすぐに王都に帰還するぞ! そして、真偽を確かめる!」

「……はい!」


 私がそう叫ぶと、リズは顔を上げ、力強く頷いた。

 そうだ! まずは話を聞いてからだ! 悩んだり落ち込むのは、その後で充分だ!


「メッツェルダー閣下、このようなもてなしを受けたのに、充分なお礼もせずに帰ってしまうことを、どうか許していただけませんでしょうか」

「フフ……だったら、今度会った時にワインを十本ほどいただくわ。それと……こちらでもこの男をどうやって殺害したのか、昨日の刺客が誰の差し金なのかも含めて徹底的に調べておくわね」

「はい、どうぞよろしくお願いします」


 私はメッツェルダー辺境伯と強く握手を交わすと、そのまま屋敷の玄関へと向かう。


 その別れ際、メッツェルダー辺境伯とグスタフが寂しそうに視線を交わした姿が目に焼き付いた。


 メッツェルダー閣下……お詫びのワイン、この件が片づいたらグスタフに届けさせますので、どうかお待ちくだされ。


 私達は馬車へと乗り込むと、王都へと急行した。

お読みいただき、ありがとうございました!


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