刺客を放った者は?
「がっ!?」
「……甘いですね」
ハンナが素早く女性店員の背後へと回り、腕を取って床へと押さえつけた。
「ハンナ」
「……どうやら、殿下を狙った刺客のようです。おそらく、差し出されたお茶にも、毒が仕込まれているかと」
「そうか」
この一年半、こうやって刺客に狙われることなど、珍しいことではない。
その都度、ハンナやグスタフが私とリズの命を救ってきてくれたのだが……まさか、メッツェルダー辺境伯のお膝元であるラインズブルックの街で、こうやって仕掛けてくるとは思わなかった。
「リズ、ノーラ」
「は、はい……」
店の外へ出ているよう目配せをすると、二人は心配そうな表情で出て行った。
これから行うことは、決して気分のいいものではないからな。
「さて……貴様、誰の手の者だ?」
「…………………………」
私の問いかけに、刺客の女は無言で顔を背ける。
「ハンナ」
「はい」
「アアアアアアアアッッッ!?」
私の合図を受け、刺客の人差し指をへし折った。
このまま無言を続ける限り、一本ずつ折ってゆくだけだ。
その後も、強情に無言を貫く刺客の指を一本、また一本とへし折る。
その度に刺客が悲鳴を上げるが、そんなものはお構いなしに。
私に……いや、私の大切な女性に危害を加えようとした、その罪は重い。
とうとう十本の指全てが折られ、女はよだれを垂らしながら身体を痙攣させる。
「ふむ……なかなか音を上げんな」
「殿下、この際ですのでこの者に毒見をさせてはいかがでしょうか」
「そうだな」
ハンナの提案を受け入れ、私はテーブルの上にあるティーカップを手に取る。
「さあ、この私自ら飲ませてやろう。このような特権、本来はリズだけなのだから、ありがたく受け取るがいい」
そう言って、私はカップの縁を女の唇に当てた。
女は口を塞いで必死に抵抗するが、ハンナに押さえられて身動きが取れない上、私に鼻を塞がれてこのままでは息ができない。
そして。
「っ! ぷは……っ!?」
とうとう堪え切れずに口を開いた瞬間、私はミルク入りのお茶を流し込んでやった。
「ぐ……が……がひゅ……っ」
苦しさのあまり、折れた指で必死に首を掻きむしった後、女はしばらく痙攣してから息絶えた。
◇
「ハンナ、何か身元が分かるようなものは見つかったか?」
「いいえ……今回も手掛かりはありませんでした」
私の問いかけに、刺客の女を調べているハンナがかぶりを振った。
ふむ……やはりそう簡単にはいかぬか。
「ですが、少なくともカロリング帝国の手の者ではないことは確かです」
「それは何故だ?」
「はい。あの国の刺客であれば、必ず身体の一部にその証が刻まれております。そういう決まりですので」
「ほう?」
ハンナによると、カロリング帝国では暗殺者同士でのいざこざを避けるため、身体の一部に小さな刺青を入れることが闇の取り決めとして存在するらしい。
それだけ、大国であるがゆえに闇が深いということなのだろう。
「とにかく、憲兵を呼んで身元を徹底的に調べさせるとしよう。これが第二王子派か第一王妃派の手の者だと分かれば、それに越したことはないのだが」
「……今回も、望み薄でしょうが」
「まあな……」
私とハンナは、そう言って頷き合う。
すると。
「あの……もう終わりましたでしょうか……」
店の外に出ていたリズとノーラが、おずおずと尋ねてきた。
「うむ。とりあえず憲兵に引き渡すので、ノーラは呼んできてくれ」
「はい!」
そのまましばらく待っていると、憲兵数名がノーラと共にやって来た。
「ディートリヒ殿下、刺客に襲われたというのは本当でしょうか!」
「ああ。これがその刺客だ」
毒により死亡している刺客を見下ろしながら、憲兵達が息を飲んだ。
「ただ、例の刺客ではないので、それとは別の線で調査してもらえると助かる」
「はっ!」
あとは憲兵達に任せておけばよいだろう。
「では三人共、散策の続きでもしようか」
「いいえ。今日はもうメッツェルダー閣下の屋敷に戻ります」
私がそう提案するが、リズが強い口調でそう告げた。
他の二人も、真剣な表情で私を見つめながら頷く。
「だが、せっかく来たのに君達も楽しめていないではないか」
「何をおっしゃっているのですか! ディー様ご自身に危険が及んだのですよ!」
「う、うむ……」
リズのあまりの剣幕に、私は思わずたじろいでしまった。
「ディー様……私達は、笑顔のあなた様の傍にいられることこそが、一番の幸せなのです。だから、そこを忘れないでください……!」
琥珀色の瞳に涙を浮かべ、必死で訴えるリズに、私は何も言えなくなってしまう。
……いや、こんなにも嬉しい言葉が他にあるだろうか。
私は、幸せ者だ。
「分かった。三人共済まない、私が浅はかだった」
「お、おやめください! ですが……そうやってすぐにご自身が過っていると分かれば素直にそれを認め、受け入れてくださるディー様は、本当に素敵な御方です」
リズは深々と頭を下げる私を抱き起こすと、咲き誇るような笑顔を見せてくれた。
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