感謝の祈り
「……またもや、君に情けない姿を見せてしまったな……」
ようやく落ち着きを取り戻した私は、マルグリットに深々と頭を下げて謝罪した。
「情けなくなどありません……私は、ディートリヒ殿下が本当に誠実で素晴らしい御方であると、あらためて思いました……そして、あなたの婚約者となれて本当によかったと感じております……」
マルグリットは、そっと胸に手を当てる。
「よし……」
「? ……ディートリヒ殿下、どうなさったのですか……?」
おもむろに席を立つ私を見て、マルグリットは不安そうな表情を浮かべた。
「……私は君を幸せにすることを……先程の誓いの言葉を、あらためて誓おう」
そう言うと、私はゆっくりと中央の噴水へと歩を進める。
「殿下……っ!」
その後を、マルグリットが慌ててついてきた。
噴水の傍までやって来ると、私は服についている金ボタンを一つ引きちぎる。
そして。
「女神ダリアよ……どうか、我が誓いを聞き届けたまえ。ディートリヒ=トゥ=エストラインは、必ずやマルグリット=フリーデンライヒを生涯幸せにしてみせると」
金ボタンを噴水へと投げ入れ、私は両手を合わせて祈りを捧げた。
今度こそ、間違わないようにと……今度こそ、彼女を不幸にはさせないと誓いながら。
すると。
「で、殿下……まさか……覚えて……っ」
震える声で、マルグリットが呟く。
やはり……幼き日にここで出会った少女は、君だったのだな……。
祈りを捧げ終え、私は振り返ると。
「殿下……ディートリヒ殿下……! ご無礼をお許しくださいませ……! ですが……私は嬉しくて……幸せでたまりません……!」
感極まり、顔をくしゃくしゃにするマルグリット。
あのいつも毅然とした態度で駄目な私をたしなめていた彼女が、今はこのような表情を私のような男に見せてくれている。
「私も……私もだ。君がまた私を選んでくれたこと、絶対に後悔はさせぬ……!」
私は彼女の傍に寄り、そっと抱きしめた。
お互い、顔を涙で濡らしながら。
◇
「お、お見苦しいところをお見せしてしまいました……」
しばらく抱き合った後、テラスの席へと戻るなりマルグリットは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「い、いや、それはこの私も同じだ……」
「い、いえ! そんなことはございません!」
私の言葉を、マルグリットは勢いよく顔を上げて否定した。
……以前の私は、彼女の一体何を知っていたのだ……。
彼女は、こんなにも私のことを想ってくれていたというのに……。
なのに、私ときたらそんな彼女の優しさに甘え、ただ自分勝手で、傲慢でしかなかったとは……。
「で、殿下……どうなさいました……?」
「……いや、己の馬鹿さ加減に、ほとほと呆れていたところだ」
「そんなことはありません。まだ殿下にお逢いして二度目ではございますが、殿下は私が思ったとおりの……いえ、私が思っていた以上の、素敵な御方でした……」
口元で両手を合わせ、頬を染めながら蕩けるような笑顔を見せるマルグリット。
ああ……本当の彼女は、こんなにも素敵な表情ができるのだな……。
そんな彼女の笑顔に見惚れていると。
「ディートリヒ殿下、そろそろお時間のようです」
近侍が傍に来て、そっと耳打ちをした。
「……すまないが、マルグリット殿のまぶたが腫れてしまっているので、冷やしてあげてくれ」
「あ……わ、私、ディートリヒ殿下の前でなんてみっともない姿を……」
「マルグリット殿、そのようなことを言わないでほしい。その原因は、この私にあるのだから」
「…………………………はい」
私がそう告げると、マルグリットは消え入るような声で返事をした。
「かしこまりました。ではマルグリット様、どうぞこちらへ……」
「マルグリット殿、私は先に国王陛下とフリーデンライヒ閣下のところへ戻っている。君はゆっくり戻ってくるといい」
「は、はい……」
マルグリットは何度も振り返りながら、近侍と共にこの場を離れた。
「ふう……」
ぬるくなってしまったお茶を一口含み、私は深く息を吐く。
「……マルグリットが、あんなにも可愛い表情や仕草を見せるなんて……」
私は先程まで一緒にいたマルグリットを思い浮かべ、熱くなった顔を手で覆う。
確かに、彼女はこれまで見てきた中で最も美しい女性だ。それは間違いない。
だ、だが、前の人生の時のような不器用さがなりを潜め、あのような反応や仕草をするとは思わなかった……。
い、いや、不器用な彼女も、それはそれで愛おしいと感じてはいたのだが……。
私はもう一度、中央の噴水の傍へと来ると。
「女神ダリアよ……このような私めのために、マルグリットとやり直す機会を与えてくださったこと、心より感謝いたします……」
膝をつき、両手を合わせて感謝の祈りを捧げた。
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