愚かな従者
「フン! これがこの国の第一王子とは、嘆かわしいことこの上ない!」
ほう? 私を第一王子と知った上で、そのような台詞を吐くとは、なかなかいい根性をしているではないか。
私は声の主へと視線を向けると。
「……なるほど」
ラインマイヤー伯爵の長男、“ブルーノ”が私を睨みつけていた。
“ブルーノ=ラインマイヤー”は、前の人生で私の従者として付き従っていた者。
一応、今年学園への入学者の中で随一の剣術を誇るという評判だったな。
あの時は、ラインマイヤー伯爵は表向き第一王妃派の体を取っていたため、そのようになったのだが、いざ処刑の時には、オスカーの後ろで下卑た笑みを浮かべておったのを覚えている。
「殿下、どういたしますか?」
ハンナが私の背後に回り、そっと耳打ちする。
つまり、ブルーノを消してしまうかと尋ねているのだ。
「まあ待て。このような小者をいちいち相手にしても仕方あるまい。何より、この者は公衆の面前でそのような不敬を働いたことを、何も理解していないのだからな」
「何っ!」
どうやら、ブルーノも馬鹿にされたことに気づいたようだ。
とりあえずは、最低限の知能は備えているようで何より。
「ならばどうする? 貴様にできることは二つ。今すぐ私の前で跪いて許しを請うか、このまま不敬罪で捕らわれるかだ」
「そのいずれでもない! このオスカー第二王子殿下の一の忠臣、ブルーノ=ラインマイヤーが不徳の“冷害王子”を誅してくれる!」
……前言撤回。最低限の知能すら持ち合わせておらず、頭の中まで筋肉に侵されてしまったようだ。
「分かった。ならば、貴様とはこれが今生の別れだ」
「何を……っ!?」
私がそう告げた瞬間、ブルーノの乗る馬車が騎士達によって取り囲まれた。
「こ、これは何事だ! 私は騎士団長の息子、ブルーノだぞ! 貴様等、それを知っててこのような真似をしているのか!」
「この馬鹿を捕えよ」
「「「「「はっ!」」」」」
私の指示を受け、騎士達がブルーノを馬車から強引に引きずり降ろし、捕縛して連行していった。
「……あの者、驚くべき馬鹿でしたね」
「ああ……私も驚きを隠せない」
これが王立学園に入学した後で、なおかつ学園の敷地内での出来事であれば、生徒同士の若気の至りで済まされたかもしれない。
だが、ここは学園の外で公衆の面前。当然ながら王族への不敬が許されるはずがない。
ましてや、今日は入学式。次代の王国を担う多くの子息令嬢が学園へと向かうのだから、万が一のことが起こらぬよう騎士達が警備に当たっている。
そのような中であの発言……こうなることは想像に難くない。
「ですが……ふふ、これは入学式を終えた直後が楽しみです」
「ああ、私もだ」
「僭越ながら、私もです」
クスクスと笑うリズに、私もハンナも口の端を持ち上げながら頷いた。
◇
「では、これで入学式を終了します」
入学式が終了し、新入生である私達が最初に講堂から退場する。
もちろんだが、私が入学生代表で挨拶を行った。
まあ、生徒の半数以上が第二王子派の子息令嬢のため、かなり険悪な雰囲気の中で行われたがな。
そして。
「ディートリヒ殿下!」
講堂を出るなり、待ち構えていたラインマイヤー伯爵が額を地面にこすりつけていた。
「ラインマイヤー閣下、このようなところで何をされているのですか? そもそも、国王陛下の護衛はどうされたのですか?」
「何卒! 何卒ご容赦くだされ!」
私の言葉に耳を傾けず、ラインマイヤー伯爵はひたすら謝る。
いや、国王陛下の護衛こそが最優先だろうに、職務怠慢にもほどがある。
「……何を容赦するのか、私には分かりませんが?」
「我が愚息めがディートリヒ殿下へ働いた不敬の数々、何卒……何卒、怒りをお鎮めいただきたく……!」
「ラインマイヤー閣下、さすがにそれはあり得ないのではないでしょうか?」
隣にいるリズが、絶対零度の視線をラインマイヤー伯爵に向けながら、抑揚のない声で告げる。
そんな彼女に対し、ラインマイヤー伯爵は顔を上げ、忌々しげにリズを睨みつけた。
「ラインマイヤー閣下。彼女は私の誰よりも大切な婚約者です。その視線はどういう意味でしょうか?」
「……どうかご容赦を」
やはり私の言葉を無視し、ただ懇願するのみ。
これでは話にならない。
「私は教室に向かわねばならぬので、失礼します。リズ、ハンナ、行こう」
「「はい」」
謝罪し続けるラインマイヤー伯爵を無視し、私達は教室へと向かおうとすると。
「兄上、仮にも王国騎士団長がここまで頭を下げているのですよ? それを無下にするなど、それが王族としての態度でしょうか?」
……案の定、オスカーの奴がしゃしゃり出てきたか。
しかも、その後ろに控えているのはコレンゲル侯爵の次男、“オットー”のようだな。
「では尋ねよう。オスカー、貴様ならば、今からハンナが告げるあの男の一言一句を聞いた上で、それでも許すと言えるのだな? ハンナ」
「はい……」
ハンナが一歩前に出ると、ブルーノの言葉を一言一句違わず告げる。
『フン! これがこの国の第一王子とは、嘆かわしいことこの上ない!』
『そのいずれでもない! このオスカー第二王子殿下の一の忠臣、ブルーノ=ラインマイヤーが不徳の“冷害王子”を誅してくれる!』
もう一度聞いても、私には不敬以外の何物でもない。
リズに至っては、怒りのあまり肩を震わせてしまっている。
「……どうだ? これを聞いて、貴様はまだ許せるというのか」
「…………………………」
私が問いかけるが、オスカーは口をつぐんだ。
当然だ。この言葉を王族として許してしまっては、今後は他の貴族達に一切の示しがつかなくなる。
侮られた王族など、それこそ人形以下に成り下がるのだからな。
「ラインマイヤー閣下。許しを請うならば、私ではなく国王陛下にするのですな」
「…………………………」
そう言い残すと、私達は今度こそ教室へと向かった。
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