義母上
「あー! やっぱり国王陛下秘蔵のワインは美味しいわ!」
「まったくですな!」
パーティーもたけなわとなっている中、ホールの一角にワイン瓶を持ちながら騒いでいる貴族と騎士。
メッツェルダー辺境伯とグスタフである。
……せっかくのパーティーだからと、気を利かせて国王陛下のワインを十本以上も拝借してしまったことが裏目に出たか。
「ふふ……ですがあのお二人、意外と気が合うのかもしれませんね」
「む、そうなのか?」
「ええ。お酒が入っているから、というのもあるかもしれませんが、結構二人の距離も近いですし」
リズにそう言われ、あらためて目を凝らして見ると……確かに、距離感が社交の場にしては近いような気がする。
「……グスタフは騎士にその身を捧げ、剣の腕を磨き続けてきたからな。まだ独身ではある」
「……メッツェルダー閣下も、同じく独身でしたよね……」
これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
「そうなると、二人のためにも必ずや王にならねばな」
グスタフは騎士爵を叙爵されているとはいえ、元は平民の出だ。
かたやメッツェルダー辺境伯はこの国でもかなりの力を持つ貴族。そんな二人が一緒になるとなれば、余計なやっかみなどがあるだろう。
あの二人が祝福だけを受けるような、そんな国にせねば、な。
「ふふ……あの二人が、ディー様の理想を体現する最初のお二人になるかもしれません」
「ああ……是非、そうなってほしい」
私とリズは、頬を緩めながら二人を眺めていると。
「殿下……実は、一つお願いがあるのですが……」
フリーデンライヒ侯爵が、珍しく神妙な顔でそのようなことを言ってきた。
「何でしょうか? もちろん、義父上の頼み事であれば喜んでお聞きしますが……」
「はい。実は、妻が病の治療を受けるために本邸からこのゲストハウスに来ているのですが……よろしければ、妻の部屋まで足を運んでいただけますでしょうか?」
「そのようなことであれば、是非とも義母上に逢わせてください」
リズからは、義母上は幼い頃のあの祈りによって一命はとりとめたものの、今もなお完治していないと聞いている。
なので、常に侯爵の領地の本邸にいらっしゃると聞いており、まだお逢いしたことがなかった。
「ディ、ディー様……本当に、よろしいのでしょうか……?」
「リズ、どうした?」
何故か、リズは私が義母上にお逢いすることをためらっているようだ。
「……お母様の病は、その……ディー様に感染してしまうかもしれません……」
「なんだ、そのようなことか」
悲しそうな表情で視線を落とすリズに、私は軽い口調でそう言い放った。
「ディー様、ですが……」
「確かに、私は義母上から病をもらってしまうかもしれん。だが、私はそれ以上に、リズをこんなにも素晴らしい女性に産み育ててくれた義母上に、感謝をしたいのだ。さぞやリズに似て素晴らしい御方なのだろうな」
なおも止めようとするリズ。だが、私は微笑むことで答えてみせる。
「……殿下のそのお言葉、妻も喜んでくれるでしょう」
「うむ。これは、私が王となったあかつきには、義母上の病の研究も国を挙げてせねばな」
「あ……はい……はい……!」
リズはぽろぽろと涙を零し、私の胸に頬を寄せた。
◇
「こちらです」
フリーデンライヒ侯爵に連れられ、義母上がいらっしゃる部屋へとやって来た。
「私だ。入るぞ」
扉をノックするフリーデンライヒ侯爵の後に続き、私達も部屋の中に入る。
そこには……ベッドに臥せっている義母上がいた。
頬はかなり痩せこけており、布団から覗かせている首筋や腕も細い。
「うふふ……どうしたのですか? そのように畏まって……って、マルグリット、ひょっとしてそちらの御方は……ディートリヒ殿下!?」
「お初にお目にかかります、義母上」
私達を見て驚く義母上。
そんな彼女の前に私は歩み寄ると、ベッドの傍で跪いてその細くなってしまった手を取り、口づけを落とした。
「で、殿下!? そのようなことをしたら、私の病が殿下に!」
「とんでもない。病を恐れて義母上に無礼な真似をすることこそ、私には到底受け入れることができません」
病を感染すまいと必死で遠慮する義母上に、私は不器用な微笑みを見せた。
「むしろ、義母上にお逢いするまでに一年半も過ぎてしまったこと、どうかお許しください」
「ど、どうかお顔をお上げください!」
深々と頭を下げて謝罪すると、焦った義母上が私に顔を上げるよう促す。
「……承知しました」
私はゆっくりと顔を上げ、義母上を見上げる。
「お母様……このディー様こそ、私の愛する御方です」
「ええ……ええ……! このような素晴らしい殿下がマルグリットと一緒になっていただけるなんて、母としてなんて嬉しいのでしょう……!」
そう言って、義母上は大粒の涙を零した。
だが……私のことを気に入っていただけたようで、何よりだ。
「義母上……私達は、これから王立学園に入学いたします。そして卒業と同時に結婚し、正式に夫婦となります」
「はい……」
「その時は、是非ともリズのウェディングドレス姿を、見てくださいますでしょうか?」
「はい……! 必ず、お二人の結婚式に参列いたします……!」
「どうぞよろしくお願いします」
「お母様……! よろしくお願いします……!」
私と涙を零すリズは、義母上に向かって深々と頭を下げた。
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