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マインリヒ領主、リンケ子爵

 王都を発ってから一週間。

 私達はこれから、いよいよマインリヒの街へと入る。


「殿下、見えてきました」

「そうか」


 窓越しにグスタフがそう告げ、私は馬車の先を眺めると……なるほど、あれがマインリヒの街か。

 エストライン王国内でも中規模程度の街であるが、産業は主に農業で外部からの人の出入りも少ない。


 なので、余所者が入ればすぐに人目がつきやすく、犯罪が持ち込まれる余地が少ないところではある。

 一方で、それゆえに閉鎖的な環境にあるとも言え、街に問題が発生した時には外部にそれが漏れにくい。


 つまり……中の者(・・・)が犯罪を行うには最も適していると言える。


「ふふ……腕が鳴りますね」


 そう言って、リズがクスクスと笑う。だが、何かあってはいけないのだから程々にな。


「はい。キッチリと処理(・・)できないのは残念ですが」


 いやハンナ、そのような物騒なことを言うな。


「それにしても……殿下が視察に来ることは事前に通達してあるはずなのに、誰も出迎えないというのはどういう了見なのだ……」


 グスタフが、眉間にしわを寄せながらそう呟く。


「まあそう言うな。リンケ子爵の立場からすれば、人の目につく場所で私にそのような態度をしてしまえば、オスカーの奴に申し訳が立たなくなるのだからな」

「で、ですが、殿下は国王陛下の命を受けて視察に来たのですぞ? それを、このような扱いをすること自体、不敬でしょうぞ」

「まあな。だが、それはリンケ子爵自身の身をもって報いを受けるのだから、これくらい許してやろうではないか」

「ま、まあそうですが……」


 私が苦笑しながらなだめると、グスタフは納得いかない様子で馬車の前へと馬を走らせてしまった。


「ふふ……グスタフ卿も、自分の()をぞんざいに扱われれば、機嫌を損ねるに決まっております」

「そうだな。だからこそ、今回の視察でグスタフが私を主に選んでよかったと、あらためて示して見せねばならん」

「はい。私も、是非とも愛する婚約者を自慢させてくださいませ」


 リズがそう言って私の肩にしな垂れかかる。

 はは……あの日(・・・)の告白以来、リズは変に不器用になったりもせず、色々な表情や態度を見せてくれるようになった。


 前の人生でのリズは、それほどまでに私のために気を配ってくれていたのだ。

 そして、今はこれほどまでに心を開き、委ねてくれているのだな……。


 マインリヒの街の門が開き、私達は中へと入る。


「さあ……ならば、見せてやろう。この、ディートリヒ=トゥ=エストラインと言う男を」


 そう呟き、私は口の端を持ち上げた。


 ◇


「いや、ようこそおいでくださいました」


 マインリヒの街の領主、リンケ子爵の屋敷に来ると、その子爵本人が笑顔で出迎えた。

 そんな姿に思うところはあるが、いちいち気にしても仕方がない。


「余計な気遣いは無用。それより、今回の私の視察の目的は分かっておりますな?」

「もちろんです。ディートリヒ殿下が、この街に問題がないか、お調べになるというものですよね?」

「そうです。ならば早速……「まあまあ、お待ちください。まずは、ここまでの旅の疲れを癒されてはいかがでしょうか。特に、今回は婚約者であらせられるマルグリット様もいらっしゃることですから……」」


 すぐに視察に出ようとした私を、リンケ子爵はそれを阻止するように、私の前へと回り込み、媚び(へつら)うような笑顔を張り付けてそう提案した。


「ふむ……リズ、どうする?」

「そうですね……やはり、ここに来るまで一週間もかかりましたし、ゆっくりしたいというのが本音です……」

「マルグリット様もそうおっしゃっておりますし、是非そうさせてください。精一杯のおもてなしをさせていただきます……」

「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 私はリンケ子爵の提案を受け入れ、グスタフに明日から視察を行う旨を伝えた。


「では、どうぞこちらへ」


 屋敷の中へ通され、私達はこれから二週間の間の部屋へと案内されたのだが……


「……リンケ卿、これはどういうことですかな?」

「? どうとは?」

「いや、どうして私とリズの部屋が一緒なのかと尋ねているのです」


 私は少し声高に、そう告げる。

 いかに私とリズが婚約者だからといって、私達はまだ十五歳。

 そ、その……そのような関係となるには、いくら何でも早すぎる……。


 何より、これから地獄に叩き落とす予定のリンケ子爵の屋敷で、その……愛し合うなど、どう考えてもあり得ないだろう……。


「わ、分かりました。すぐにマルグリット様のお部屋をご用意いたします」

「是非そうしてください」


 それからリズの部屋の準備が整うまでの間、彼女には私の部屋にいてもらうことにしたのだ。


「ほ、本当に、リンケ卿は一体何を考えているのでしょうか……」

「そ、そうだな。全くもってそのとおりだ」


 真っ赤な顔を羽扇で隠すリズに、私も緊張気味に同意した。


「その、わ、私としては、もっと特別な場所で、特別な夜に……」

「…………………………」


 リズが消え入るような声でそう呟く。

 だがリズよ、君は無意識で呟いてしまったのかもしれないが、私の耳に、心に全て届いてしまっているぞ……。


 ……王宮に戻ったら、いざという時のために準備を進めるとするか……。


「コホン」

「「っ!?」」


 ハンナに咳払いをされ、私達は思わず身体を(すく)めた。


「さ、さて……では、屋敷の中へと入ったのだから、接触(・・)するとしようか。ハンナ」

「はい。では、今から連れてまいります」


 恭しくカーテシーをすると、ハンナはこの部屋から出て行った。

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