視察へ
「では、一か月程度で視察を終えて戻ってくる。ノーラ、留守は任せたぞ」
「はい、お任せください」
王宮の玄関で見送りに来たノーラが、恭しく一礼した。
基本的に、このように政務で不在にする際は、ノーラに王宮内に残ってもらっている。
もちろん、第一王妃や第二王子の動向について探ってもらうため。
フリーデンライヒ侯爵から諜報員数名を王宮に潜り込ませてもらっており、その諜報員への指示等を担っている。
ノーラはこういった事務管理の適性が高いため、リズの侍女を務めてもらいつつ、私の補佐もしてもらっているわけだ。
「……それと、私の部屋の管理もしっかりと頼むぞ? 印璽の管理は特にな」
「はい。印璽の保管場所については、王宮に残っている者では私とリンダしか知りません」
「うむ、ならいい。やはり君は、優秀だな」
ノーラの言葉に、私は満足げに頷く。
「……殿下、私には労いの言葉はいただけないのでしょうか?」
出発する馬車の中、ハンナがそんなことを言い出した。
表情は変えないものの、どうやらハンナは少々拗ねてしまったようだ。
「もちろん、ハンナには心から感謝している。私やリズがこうして日々を安心して過ごせているのは、常に君が周囲に目を光らせてくれているおかげなのだから」
そう……この一年半の間に、私は一度、食事に毒を盛られかけたことがあった。
誰の手によるのか分からなかったものの、その時もハンナが不審な者を見逃さず、毒に関しても未然に防いでくれたからこそ、こうして私達は無事なのだから。
「それだけじゃない。君は秘書としても優秀で、私のスケジュール管理や身の回りの世話など、完璧にこなしてくれている。むしろこれ以上を求めるのは……って、どうした?」
「……い、いえ。何でもありません」
急にハンナが両手で顔を覆ってしまったため心配になって尋ねるが、彼女はそう答えるだけでこれ以上は聞くなとばかりに顔を背けてしまった。
「ふふ……ディー様は大切に想う人には素直すぎて、遠慮というものがありませんからね。ですが、私としては少々妬いてしまいますが」
リズはクスリ、と微笑みながら、私の顔を覗き込んだ。
だが、その表情とは裏腹に、彼女の琥珀色の瞳は明らかに不機嫌である。
もちろん、こんな嫉妬するリズが可愛すぎて。
「ふあ!?」
「はは……君は相変わらず、この私の心をざわつかせるのが上手いな。おかげでこの心を落ち着かせるためにも、今日の宿に到着するまで君を抱きしめ続けたくなってしまうではないか」
「も、もう……ハンナが見ておりますよ?」
顔を真っ赤にしながら指摘するリズの言葉を受け、私はチラリ、とハンナを見やると……うむ、今も窓の外を眺め……ながら、こちらをチラチラと見ている……。
……仕方ない、宿に着くまでは諦めるか。
リズの身体を起こして元の体勢に戻すと、今度はリズが残念そうな表情で私を見てくる……。
なので、私は彼女の手を少し強めに握った。
「あ……ふふ」
どうやらリズは機嫌を直してくれたようだ。
「ところで、今回の視察の目的地である“マインリヒ”の街での調査はどうなっている?」
「はい。先に潜入させている諜報員からの情報ですと、表向きは一見平和そうに見えるものの、やはり他の街と比べ、行方不明者が明らかに多くなっています」
「ふむ……となると、考えられるのは人身売買が横行している可能性が高い、ということか……」
以前の視察でも同様の事件があり、その時も人身売買の組織が関与しており、徹底的に叩き潰したのが記憶に新しい。
「ハンナ、ではまた今回も、人身売買の組織が絡んでいるということかしら?」
「はい、その可能性が高いとの報告です。ただ……」
「ただ?」
「どうやらその人身売買の組織は、マインリヒの領主である“リンケ”子爵と繋がりがあるようなのです」
……なるほど、貴族と人身売買の組織が結びついているパターンか。
となると、今回の視察は当たりだな。
「ディー様」
「ああ……これは僥倖だ」
実は、私が視察の任務を行うに当たり、その視察先を意図的に選択していた。
その七割程度が、第二王子派の貴族が治める街となるように。
実際、第二王子派の貴族が治める街はその他の貴族と比べても比較的治安が悪いところが多く、視察を行う理由として真っ当なのでオスカー達の横やりは今のところはないが……今回、ついに第二王子派の貴族と犯罪組織との繋がりを発見できた。
なので、今回の調査でそれを明らかにすることができれば、他の貴族にも同様に、犯罪組織との関与を前提として調査に乗り出すための大義名分を手に入れることができる。
「ふふ……これで、第二王子派の切り崩しも容易になりますね」
「ああ。それに加え、内務大臣である義父上が、よりその力を強くすることもできる」
元々、私の視察任務については王国の内政を司るフリーデンライヒ侯爵の推薦により、国王陛下より与えられたもの。
なら、必然的に他の貴族は今まで以上に義父上の顔色を窺うようになるからな。
「ふふ……本当に、ディー様は優しいだけではありませんね」
「もちろんだ。国を治めるならば、優しさだけでは成り立たん。何より、優しさではリズやハンナ、ノーラ、大切な者達を守ることなどできぬ」
そうだ……私はリズの祈りを見て悟ったのだ。
本当に大切な女性を守るためには、強くあらねばならないのだと。
「二人共、マインリヒではその力、存分に発揮してくれよ?」
「はい!」
「お任せください」
二人の笑顔を見て、私も顔を綻ばせた。
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