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派閥の第一歩

「……本当に、何を考えているのでしょうか」


 オスカー達から離れ、ホールの端で果物のジュースを飲みながらマルグリットが不機嫌そうに呟いた。


「さあな。だが、不快以外の何者でもないのは確かだ」

「はい。どうしてディートリヒ様はこんなにも紳士であらせられるのに、あの御方は……」


 そう言うと、マルグリットは未だにこちらを見るオスカーを一瞥(いちべつ)する。


「マルグリット、もうあいつのことはいい。それよりも、婚約者であるこの私を見てはくれないか?」

「ふあ!? わ、私はいつでもディートリヒ様を見ております……」

「そうか、ならよかった」


 うむ……本当に、マルグリットがこうやってアプローチをすると照れてしまうところは、可愛らしくてたまらんな。もっと(いじ)りたくなってしまう。


「あ……ディートリヒ様……」

「ふむ……ダンスを踊った時にも思ったが、これは何の花の香りかな?」

「そ、それは、ライラックでございます……ノーラが、今日のためにお風呂に浮かべてくれました……」

「そうか。まさに、清楚で高潔な君に相応しい香りだな」


 私はマルグリットの白銀の髪をつかみ、軽く唇を落とす。


「あう……そ、その……私は、ディートリヒ様はもっと寡黙な御方なのだと思っておりましたが……す、少し、女性の扱いがお上手なように感じます。一体、どこでそのようなことを覚えられたのでしょうか……?」

「まさか。このような言葉を紡ぐのは、後にも先にも君だけだ」

「ふああああ!?」


 可愛く驚きの声を漏らすマルグリットに、私は愛おしさで胸が苦しくなる。

 だが、そうだな……私は、前の人生で素直になれなかったことをとても後悔している。


 だからこそ、今の(・・)私は彼女に素直な気持ちを伝えようと……伝えたいと思うのだろうな……。


「……殿下、そろそろ……」

「む……分かった」


 ハンナが後ろからそっと耳打ちし、私は頷く。


「マルグリット……すまぬが、少々ノーラと二人でゆっくりしていてくれ。私は別に挨拶をせねばならぬ者がいてな……」

「あ……かしこまりました」


 そう告げると、マルグリットは凛とした(たたず)まいでゆっくりとお辞儀をした。

 ……本当は、彼女を一人にするのは心苦しいが、かといって一緒につれていくわけにもいかない。


 私は心を鬼にし、マルグリットを置いてハンナと共にホールを出た。


 ◇


「ディートリヒ殿下、よくまいられた」


 ハンナと向かった先は、王宮内にあるサロンの一室。

 そこには、フリーデンライヒ侯爵と数人の貴族がワイン片手に談笑していた。


「いえ、こちらこそ遅くなってしまい、申し訳ありません。義父上」

「クク……殿下からそのように呼ばれると、少々こそばゆいものがありますな……」


 そう言うと、フリーデンライヒ侯爵はくつくつと笑った。

 だが……これは、なかなかの面子(めんつ)だな……。


 肥沃な東部の土地を領土に持つ“バッハマン”伯爵に、幅広く事業を手掛ける“トレーダー”男爵、それに王国の魔術師協会の理事を務める“ボルツ”子爵まで。


「皆さん、よくぞ集まってくださった。このディートリヒ、感謝に()えません」

「いやいや、私共もフリーデンライヒ閣下からお話を伺った時には驚きましたぞ。こう言っては何ですが、殿下はそのようなものに興味がないと思っておりましたからな」

「ええ……しかも、まさかテレサ王妃殿下からも距離を置こうとお考えだったとは……」

「ですが、そうするとテレサ王妃殿下やヴァレンシュタイン公爵は完全に切り離すおつもりなのですか?」


 皆を代表するかのように、バッハマン伯爵がおずおずと尋ねる。

 おそらく、私の本気度を試しているのだろう。


「もちろんです。私は、大切な女性(ひと)ができ、変わらねばならぬと考えました。その上で、第一王妃殿下は私には不要の存在です。それよりも、私はあなた方のような理念と思想、それに現実(・・)を見ることができる方々と懇意にしたい。この、王国の未来のために」

「なるほど……」


 貴族達は、私の言葉を聞いて満足げに頷く。

 そう……元々、この貴族達が中立派としていたのは、もちろん余計ないざこざを避けるという理由もあるが、それ以上に第一王妃派にも第二王子派にも、いずれに所属しても意味がない(・・・・・)からこそ中立を保っているだけだ。


 何故なら、両陣営はただ王国での主導権を握りたいだけの、くだらない陣取りをする輩でしかないからな。


 第一王妃はいわずもがな、第二王妃への当てつけに私を王にしたいだけであるし、オスカーにしても王になった後のこと……つまり、その先の王国の未来が見えていない。


 それは、前の人生でのオスカーの言動や態度から分かっていた。

 あいつは、ただ王になりたかっただけ(・・)なのだから。


「……それで、殿下がお考えの王国の未来、というのは」

「うむ……」


 それは、もちろんマルグリットが心から幸せだと思えるような、そんな王国にすること。

 ならば、自ずと答えは決まっている。


「王国の全ての者が、日々を笑顔で過ごせる未来です。そのためには、身分や過去の栄光などにとらわれず、様々な意見を取り入れ、闊達(かったつ)な議論ができ、共に幸せな未来のために歩んでゆかねばなりません」

「……ですが殿下、それは理想論(・・・)でしかないのでは?」


 フリーデンライヒ侯爵が、鋭い視線を向けながらそう告げる。

 はは……私の義父上は、なかなか手厳しいな。


「もちろん、義父上のおっしゃるとおりです。だが、理想があるからこそ、それと現実のすり合わせができるのでは? つまり、現実と理想がなければ現実との隙間を埋めることすらできますまい」


 私は侯爵の目をジッと見据え、言い放つ。

 意志と、覚悟を(たた)えて。


 すると。


「クク……殿下は存外、口が達者なのですな」

「…………………………」

「……だが、その口車に乗る価値はありそうだ。もちろん、私も殿下に乗るからには、それなりの見返りはいただきますがな」

「もちろんです。私について来てくださるならば、必ずや損はさせないとお約束しましょう」


 侯爵の差し出した右手を、私は力強く握りしめた。


「ならば私も、その勝ち馬に乗らせていただきますぞ」

「私も」

「私もだ」


 三人も、私に代わるがわる握手を求めてくれた。


「我々は殿下の下に集った、いわば運命共同体。これからは、このディートリヒ殿下を盛り立てていきますぞ」

「「「おう!」」」

「皆さん……そして義父上、ありがとうございます」


 私は四人に感謝し、深々と頭を下げた。


 すると。


「「「「…………………………」」」」


 四人が、私を見て固まっている……。


「そ、その……いかがいたしました……?」

「コホン……いやはや、“冷害王子”などという二つ名、殿下にはあまりにも不釣り合いですな……」

「確かに」


 フリーデンライヒ侯爵の言葉に、三人が強く頷いた。

 だが……そ、そうだろうか……私が不器用なことは、変わりはないのだが……。


「クク……殿下のそのような表情を見た者は、間違いなくそう思いますぞ?」

「あ……」


 なるほど……私は四人が助力を約束してくれたことが、存外嬉しかったようだ。


「……であるならば、それは全て婚約者であるマルグリットのおかげです」

「……そうか」


 私の言葉に、四人は柔らかい笑みを見せてくれた。

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