あなたに祈りを③ ※マルグリット=フリーデンライヒ視点
■マルグリット=フリーデンライヒ視点
「あれ? 兄上……そちらの女性はどなたですか?」
まるで見計らったかのように、通路の脇から同い年くらいの殿方が現れた。
その言葉から察するに、ディートリヒ殿下の弟君であらせられる、オスカー第二王子殿下でしょう。
それにしても……ご挨拶をして分かりましたが、ディートリヒ殿下とは大違い。
ディートリヒ殿下の私への態度はどれも慈愛に満ち溢れたものなのに、オスカー殿下からはそのような思いやりといったものが欠片もなかった。
何より、オスカー殿下はこんなにも表情豊かであるにもかかわらず、その瞳からは私を値踏みするような、まるでねっとりとまとわりつくような……そんな不快さを感じた。
そう……例えるなら、蛇に睨まれたような、といったほうが正しいかもしれません。
そして、二人の会話から察するに、決して仲がよいご様子ではなかった。
このあたりは、王位継承の問題なども絡んでいるのかもしれません。
だけどそれ以上に、私は謝罪の言葉と共に告げられた殿下の言葉が頭から離れなかった。
『それは……言い淀む君の言葉を遮り、勝手に婚約者だとオスカーに告げたからだ』
……ディートリヒ殿下は、私との婚約は望んでいらっしゃらないのでしょうか。
確かに、あの応接室でのご様子だと、初めて国王陛下に婚約のことを聞かされたかのようなご様子だった。
となれば、この婚約自体に乗り気でないことも充分考えられる。
ふふ……私がお父様に望んで強引にこの婚約を取りつけたのですから、そのように思われるのも当然ですね……。
そんな自嘲気味な笑みを浮かべながら、ディートリヒ殿下に連れられた場所は……あの日の泉……いえ、噴水のある庭園だった。
ただ、あの時とは違い、マリーゴールドに替わってマーガレットの花が咲き誇っていた。
用意された席に、殿下と一緒に座る。
でも……お互いに一言も話さず、ただ時間だけが過ぎていく。
私、は……。
「ディートリヒ殿下」
居住まいを正し、ディートリヒ殿下を見つめる。
「何だろうか、マルグリット殿」
「……殿下が、私との婚約を快く思っていらっしゃらないのは承知しております。また、私に至らない点が多々あることも……」
私は伏し目がちに、たどたどしくもそう告げた。
この婚約は、王室との密接な繋がりを持ちたい政略結婚のためのもの。
おそらく、殿下はそのように考えておられるでしょう……。
たとえこれが、私が望んだものだと告げても、殿下が信じるはずもない。
だけど。
「突然、このように寝耳に水の話を告げられ、戸惑うのも当然です……ですが、もし殿下がお許しいただけるのであれば、どうかこの私に、婚約者になる機会を与えていただけませんでしょうか……?」
困惑する殿下に、私は言葉を続ける。
私にできる、精一杯の誠意を込めて。
すると……ディートリヒ殿下からは、予想外の言葉が返ってきた。
殿下は、むしろ私がこの婚約を望んでいないと考えておられたのだ。
私のことを慮って、唇を噛み、苦しそうな表情を浮かべて……。
そして。
「マルグリット殿、正直に答えてほしい。もし、私との婚約が嫌であるならば、私はなんとしてもこの婚約を破談にしよう……」
「そ、そんな……」
「……だが、こんな私であってもなお、君が私との婚約を望んでくれるというのならば、私は君を絶対に幸せにしてみせると……生涯君に尽くすと誓おう。君が望むなら、笑ったこともない私だが、君に心からの笑顔を送ろう……」
その言葉を聞き、私は思わず絶句する。
ディートリヒ殿下は、そこまでの覚悟をもって私との婚約に臨んでくださっていたのだ。
私には、そんな殿下の余計な心遣いが苦しくて、胸が張り裂けそうで……!
「どうして……」
「……マルグリット殿」
「どうして、そのようなことをおっしゃるのですか……! 私はこんなにも、あなたの婚約者となりたいのに……あなたの隣にいたいのに……!」
私は、絞り出すような声で、ディートリヒ殿下に想いの丈をぶつけた。
それと同時に、堰を切ったように私の瞳から涙が溢れ出す。
そんな私を見て、殿下は……。
「あり……がとう……」
そう……おっしゃってくださった。
◇
それからしばらくして、私とディートリヒ殿下はようやく落ち着きを取り戻した。
ですが……このディートリヒ殿下という御方を知れば知るほど、どうしようもなく惹かれている自分がいた。
本当にこの御方は……誠実で、優しくて、不器用で……愛おしい人……。
なのに、ディートリヒ殿下はさらに私を驚かせた。
「……私は君を幸せにすることを……先程の誓いの言葉を、あらためて誓おう」
そう言うと、殿下がゆっくりと中央の噴水へと歩を進めると。
「女神ダリアよ……どうか、我が誓いを聞き届けたまえ。ディートリヒ=トゥ=エストラインは、必ずやマルグリット=フリーデンライヒを生涯幸せにしてみせると」
引きちぎった金ボタンを噴水へと投げ入れ、ディートリヒ殿下は両手を合わせて祈りを捧げたのです!
あの日と同じように……あの日と同じ姿で……っ!
「で、殿下……まさか……覚えて……っ」
歓喜に震えながら、私は呟く。
もう、抑えきれない! もう……あなたへの想いを、止めることができない……!
「殿下……ディートリヒ殿下……! ご無礼をお許しくださいませ……! ですが……私は幸せでたまりません……!」
振り返るディートリヒ殿下に、覚えてくださっていたことへの喜びで、私はただ立ち尽くして涙を零す。
そんな私を、殿下も涙を零しながら優しく抱きしめてくださった。
◇
「ふふ……何度思い返しても、あの日の出来事は夢のようです……」
ベッドの傍らで椅子に腰かけ、私は口元を緩めながらそう呟く。
ですが、これから私はディートリヒ殿下の婚約者として、未来の妻として、王妃として、国母として、生涯あの人を支えていかなければいけない。
なら……浮ついた心は、今日までです。
私はあの御方のために、強くならないと。
「うふふ……そのような顔をしては、お慕いするディートリヒ殿下に嫌われてしまいますよ?」
「お、お母様!?」
ベッドから身体を起こし、どこか揶揄い気味に笑いながら、お母様は私の頬を軽くつねった。
あの祈りを捧げた日以降、お母様は奇跡的に体調を持ち直された。
ただ、今も病は完治しておらず、今日みたいに臥せってしまうこともありますけど……。
「だけど……うふふ、私がこうしてあなたの晴れ姿を見られるのは、あなたが……そしてディートリヒ殿下が、女神ダリア様に祈りを捧げてくださったおかげね」
「はい……本当に……」
ふふ……他の方がこの話をお聞きになられたら、所詮は世迷言だとして、信じてはくださらないでしょうね。
でも、私はあのお祈りがあったからこそ、お母様は今生きていらっしゃるのだと信じている。
「マルグリット、そろそろ時間だ」
「あ、お父様」
お父様が部屋へと私を呼びに来てくださった。
「いいですかマルグリット。あなたは不器用なのですから、ちゃんとディートリヒ殿下には素直になるのですよ?」
「も、もう! 分かっております!」
「うふふ……ホラ、また表情が硬くなっていますよ」
「あう……」
クスクスと笑うお母様に指摘され、私は思わず頬を撫でる。
「では、行ってまいります」
「マルグリット……どうか、お元気で……」
「はい!」
お母様の笑顔に見送られ、私は部屋を出た。
ディートリヒ殿下……私の愛しい人。
私が……私があなたを、必ずや支えてみせます。
そして、一緒に幸せに……。
そう願いながら、私はディートリヒ殿下に二度目にお逢いした日に砕けたペンダントの欠片を握りしめ、女神ダリア様に祈りを捧げた。
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