流れ星
「んん…」
いつの間に眠っていたのか
ミーシャの太ももを枕にして
横たわっていた。
すっかり日も落ちて
俺たちの頭上には星空が輝いていた。
目の前にはミーシャの右手と恋人繋ぎしている
俺…というよりはサレスの小さな手。
「言っておくが、繋いで来たのは君の方だからな!」
「離さなかったんだ、ミーシャが」
「君の力がやたらに強いからだろ??」
「意外と手、おっきいんだな」
「寝起きながら随分と口が回るお嬢様だな、全く」
握られた指先の皮が厚い色白の手は
存外に大きく男の子を実感させてくる。
ただサレスの手のひらが小さいだけかもしれないが。
「フフフ…」
「ん?どうした、ミーシャ…?」
ミーシャは怪しげな笑いを浮かべて俺を見下ろしている。
と思っていたらミーシャの右手が俺の頭を優しく撫でて来た。
慣れていないのか雑な感じが抜けず
黒い長髪がくしゃくしゃになる。
「お返しだ!!
今は僕の方が上だって分かったか、サレス?」
「下手ッぴめ」
「はぁ!!?
仕方ないだろ、人の頭なんて
初めて撫でたんだから」
「今日は初めての事ばかりだな、ミーシャ」
「なッッ!!?
あの時はまだ起きてたのかよ」
曲が終わった直後くらいまでは覚えている。
その後の事はまるで分からないが。
「凄く温かい曲だったよ」
「…それはどーも!」
クシャクシャと下手ながら丁寧に
頭を撫でまわしてくるミーシャ。
照れ隠しが分かりやすいな、まったく。
「にしても春先ながら冷えるな」
「…」
起き上がって空を仰いでいると
後ろからミーシャが上着を羽織らせてくれた。
生地は薄いながら保温性が高いのか
はたまた着ていたミーシャの体温が高いのか
とても暖かい。
「ありがとう」
「僕の方が上だって言ったろ?
下の者を気遣うのは当然の事だ」
「ありがとう」
「…どーいたしまして!
これで満足か、サラ?」
そっぽを向くミーシャ。
「サラ?
もしかして私の事か??」
「僕だけ渾名で呼ばれるのは癪にさわるからな」
負けず嫌いというか意地っ張りというか。
「本当にカワイイな、ミーシャは」
「ハイハイ」
表情こそ伺えないが
アホ毛が激しく右往左往している。
「少しの散歩のつもりが
随分と長くなってしまった。
ミーシャのせいだな」
「ふん!
僕の方こそ
魔女がこんなに綺麗な乙女だとは
思いもしなかったよ」
「綺麗??」
「あぁああ!!
そうだ、そろそろ帰らないと
叔父貴に怒られちゃう」
何で急にそんなに棒読みに?
「じゃ、バイバイ」
「バイバイ、ミーシャ」
ギターを担いだミーシャは
顔も見せないまま
俺が来たのと反対方向へと走って行った。
と思えば、一瞬だけ立ち止まって
こちらに何か叫んでいる。
「——るから!」
「何だってー?」
「来週もー!
この時間にー!
ギター弾いてるー!」
どうやらまた遊んでくれるらしい。
「分かったー!
また来週ー!」
遠くにいるミーシャの顔色はよく分からなかったが
足取りが随分と楽しそうな事だけは分かる。
「流れ星だ…!
あんなに沢山と」
ヴァルムはそろそろ頃合いだと分かっていたのか
私のそばに控えていた。
「…よし。
そろそろ帰ろう、ヴァル」
俺が手綱を握ると
合図を出さずともゆっくりと歩き出すヴァル。
「来週も流れ星が見れますように」
誰かと見る流れ星は
1人で見た時よりずっと綺麗だろうから。
——————
暫く走って宮廷魔術師から拝借(無断)して来た
「魔法の絨毯」に乗って野を超え山を超え
王国領から帝国領へと飛んできた。
次第に大きな屋敷が見え
ゆっくりと屋敷の庭園へ降りていくと
衛兵の恰好をした男数人と叔父貴が僕を待ち構えていた。
「またかね、ミハエル。
もう少し弁えてくれると
僕的にも助かるんだけどねぇ」
見た目は若い壮年の叔父は
自慢の顎髭を撫でながらお灸を据えてくる。
本心では無いと僕は知っているが。
「いいだろ、叔父さん?
公務だとか退屈な食事会だとかじゃ
ちゃんとお利口さんな皇子を演じてるんだから」
いくら僕が悪童だからって
分別がないほどのガキンチョをしているわけでもない。
皇族に生まれたからには最低限の分別くらい持っているさ。
「…それもそうか
臣民のイメージを損なっていないだけ
君は優秀だね、ミハエル」
「大事なのは僕がどんな人間かじゃなくて
僕がどんな皇子か…でしょ?」
世間が皇子としての僕という偶像を認めてくれるように
振る舞えばいいだけだ。
何も本心から
臣民の望む皇子である必要性はない。
「若くして賢いのも考えものだね、まったく」
「そんな風に言ってくれるのは叔父さんだけだよ、まったく。
ねぇ、本当に僕が皇帝に即位して良いの?
叔父さんだって分家とはいえ
血筋や能力的には皇帝の器だろ??」
ザトミェーニェ・スラヴァ=ディズヴィオズド。
分家であるディズヴィオズド家長男にして
スラヴァ帝国一の軍事力を保有する名うての皇族。
通称は『ザトミェーニェ大公』。
軍事力に関しては叔父貴が一代で築き上げたもので
魔法に関して先見の明があっただけと言っているが
それだけでないのは誰の目にも明白だ。
権謀術数にも優れ
幾度にも渡る暗殺や謀略を
全てカウンターとしてそのまま相手に返して
退けてきた帝国でも屈指の実力派貴族。
「あー、それ?
なんていうのかな~?
考え事したり何か育てるみたいな事は好きなんだけれど
如何せん、多くの人に慕われるっていうのが
何だかむず痒くてねぇ」
されど、権力や名声を望まない変わり者。
領地も私財も特に興味がないというのはあまりに有名だ。
「何より、臣民にとっては
次期皇帝である君が
即位した方が納得してくれると思うんだよねぇ」
「それはそうだろうね」
母様の事もあってではあるが
皇子としての僕は随分と人気があるらしい。
僕がクーデターの後に即位する分には
誰もが納得してくれるだろう。
「まぁ亡命ごっこも良いけれど
ほどほどにね?
それとも~、好きな女の子でも出来たのかい?」
「別に!
どっちでも良いだろ?
僕のプライベートな事なんだから」
「そうか女の子か!
その素直すぎるアホ毛も如何なものかと思うよ?
チャーミングではあると思うけどね」
「ふん!」
皇子、ましては皇帝になろうという男に
プライベートもクソも無いとは思うが。
「それより、やはりクーデターの準備の方は…」
「そうだね、早くても3年と言ったところだろうね。
それに何より君の動向は…監視されているようなものだからね」
皇帝である父様は僕を溺愛するあまり
極秘裏に護衛をつけている為、
あらゆる会話や行動は筒抜けてしまう。
「ミハエルさえ良ければなのだけれど、
アーラ王国にある『魔法学校』に入学するのはどうかなぁ?」
「魔法学校に?
別に構わないけどどういう意図が?」
あそこはアーラ王国きっての魔窟だ。
あんなフワフワした場で国の動向が決まってしまう
というのだから本当に恐ろしい。
まさかアーラの貴族から正妃を迎えろとでも?
「もしかしてアーラの貴族から正妃を迎えろって思われてる?
そこはまー、ミハエルの好きにすると良いよ。
一番の目的は君に着けられている皇帝直属の魔術師を離して
君の情報を遮断する事にあるんだ」
「魔法が日常的に使われているあの場所なら
魔法による隠密が行えないから
尾行もクソもないって事か」
「そうそう!
いやー、理解が早くて助かるよぉ」
そう言えばサレスの奴も魔法を使っていたな。
僕も魔法を使えるようになれば、もっと彼女と一緒にいられるだろうか?
「仕方ないな、叔父さんの案にのってあげるよ」
「それは助かるよぉ。
…上着はその女の子にあげたのかい?
今夜は割かし冷え込んでいるからねぇ
さ、早く食事にしよう」
…賢すぎるというのも考えものだな。
ミハエルはアホ毛をピクピクと揺らしながら屋敷の中へ
戻っていった。
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