ツァレ―ヴィチ
ムルが蹴り上げられ
俺の上に降ってきた。
2歩下がってムルを『お姫様抱っこ』の
体勢でキャッチ。
ぱっと見細い印象の割には
ずっしりと来る。
「あ、ありがとうございまっす
サレスお嬢様」
「あぁ」
ムルを蹴り上げた馬は
馬というにはあまりに大き過ぎた。
大きく、分厚く、重く…
それはまさに。
「鉄塊だった…か」
「感心してる場合じゃあないっすよ!!?」
ムルを降ろしてから
改めて猛り狂った様子の黒い馬へ向き直る。
「なるほど、誰も乗れないのだな」
「そうなんっすよー!!
超絶な聞かん坊なんす!!
強化魔法で馬の成長を促進する
実験をしてたんすけど
この子はやたらに大きく強くなっちゃったんす」
魔法とは生物の成長なんかにも
影響出来るわけか。
本当に魔法さながらだな。
それにしても何と大きな馬だろう。
通常のサラブレッドの1.5倍近くはデカい。
筋肉も隆々と逞しさが大胆に宿り
つぶらな瞳が愛らしい。
「そうか、お前も怖いのか。
自分が周りと違う事が」
「ちょ!?
危ないっすよお嬢様!!
離れて離れ…」
「…よしよし。
大丈夫だ、誰も傷つかないし
お前を傷つけない」
「うそぉ…」
怯えた瞳の黒馬の頭を抱き締めてやると
落ち着いたのか俺の顔を舐めてくる。
「大の男6人でも抑えられなかったのに
何したらそんなに
大人しくさせられんたんすか??」
大人しくさせた?
そんな事はしていない。
「怖がっている幼子が
怖い顔した大人に囲まれたら
余計に怖がるだけだろう??」
「は、はぁ・・・?」
「馬という生き物は大きな身体をしているが
意外と臆病で繊細でカワイイ存在なんだ」
怖がる事はないとあやしてやればいい。
「この子の名前は?」
「特にはないっすねー
暴れん坊とかクロとか呼ばれてるので」
「そうか…
なら、優しい子だからヴァルムと名付けよう
ヴァルム、少し走りに行こう」
名前を貰ったからかピコピコと耳を動かして
少し嬉しそうにしている。
鞍や手綱などの馬装具を取りに
近くの厩舎へ歩を進めると
ムルは慌てて、ヴァルムはゆったりとついてくる。
ムルは腑に落ちないっと言った顔をしている。
「お嬢様、この暴れん坊が」
「ヴァルムだ」
「ヴァルムが優しいっていうのは
どういう意味っすか?
真反対だと思うんすけど…」
通り過ぎる馬房の中の馬たちは
見慣れない人間と大きな馬に好奇の目を向けている。
「周りと比べて
自分1人だけ身体が大きかったら?」
「うーん、特に何も思わないっすけど」
「…はぁ
大きくて周りよりパワーがあったら
遊んだり走ったりしている時に
仲間の馬や人間を何かの弾みで
傷つけてしまうかもしれないだろう??」
「!!
な、なるほど…
確かにそうっすね!!」
「この子はそれが怖かった。
とても優しいんだ」
「へー、馬ってすごく頭良いんすね~」
「ムルと頭の中身を交換したいくらいだ」
「えぇええ!!?
発想が猟奇的すぎるっす!!」
青ざめたムルは虫のように壁に張り付く。
「本当に面白いなお前は」
冗談にもより磨きを掛けたくなるのは
半分はムルの過剰反応が悪い。
見てて飽きないからな?
ムルをからかいながら歩いていると
馬装具を保管してある場所に着いた。
ちゃっちゃと必要な道具を取って
ヴァルムに装備していく。
やりやすい様に動かないでくれるのが
ありがたい。
「お嬢様、乗馬の稽古なんてされた事
ないっすよね…?
いつの間にこんな芸当を??」
「淑女の嗜みだからな
…よし」
馬装を着け終えたので
鐙に片足を掛け
ヴァルムの腹から背中へ回り込むように
勢いをつけて跨る。
「久しぶりに跨ったが
些か高いな」
「何っすか、その乗り方!!?
1人で台もなしに馬に乗るなんて…
というかまだ一回も人を乗せた事がないのに
どーしてヴァルムも落ち着いてるんすか!!?」
「そうか、ヴァルの初めてを貰えたとは
光栄だな」
「言い方!!
にしてもお嬢様、まるで神様みたいっす」
神様…か。
「では少し散歩に行ってくる
行こう、ヴァル」
「あぁちょっと!?
くれぐれも帝国との国境の方へは
行かないようにして下さいっすよー!!」
手綱をしごき、ヴァルムに走るように促すと
疾風の如く駆け出した。
「なんてスピードだ…!」
ヴァルは明らかに余力を残しているようだが
すでに時速70km以上出ている。
普通のサラブレッドの最高速度と同等ながら
息切れ一つしている様子はない。
「風が気持ちいいな、ヴァル!」
屋敷を抜け、森の中を駆け抜けていくと
やがて草原の中を走っていた。
色彩豊かな花々が咲き乱れ
そよ風が花びらを舞い上げている。
右手には巨大な川が悠々と佇み
青空を小鳥たちが楽しそうに飛んでいる。
「綺麗…!」
自然を感じながら人馬一体となっていると
前方から牧歌的な旋律が聞こえて来た。
何かの弦楽器の音色の様だ。
速度を落としながら
静かに近づいていくと
碧白い髪の美しい青年が
アコースティックギターを弾いているのが見えた。
陽気な印象を受けるが
青年の眼差しのようにどこか寂しさが漂う曲。
優しい指使いが彼の温かい性格を雄弁に語っている。
しばらく聞き入っていると
切ない音色を最後に眠るように演奏が終わった。
とても綺麗な曲だったので、思わず拍手が出た。
青年は拍手に気付くと
ゆっくりこちらを振り向いた。
「…!
あぁ、これはどうも
フルーゴルの魔女様。
君みたいな人間にも音楽を愛でる程度の
人間性は持ち合わせているんだね。
驚いたよ」
先程までの儚げな表情から一転して
自信に満ちた笑顔を浮かべる青年。
俺…というよりはサレスと
同い年くらいに見えるが
かなり大人びている。
サレスの事を色々知っているとなると
彼もどこかの貴族だろう。
「素晴らしい演奏に賞賛を送るのは
普通の事だろう?
魔女にだって心くらいあるさ」
「素晴らしい…演奏…?
そうか、素晴らしいか!
そうか!!フフフ」
青年の琴線に触れたのか
年相応な柔らかい表情をする青年。
「余所行きの似合わない顔よりも
そちらの方が
可愛らしいくて
私は好きだぞ」
馬上からというのも失礼なので
ヴァルから降りて
少年の隣に座る。
「なっ!!
幾ら僕の演奏を褒めたからといって
君となんか結婚してやらないぞ!!」
「別にそんなつもりはないんだが。
ん、頭に花びらが…取れたな」
「ついでに撫でるな!!
…噂とは随分違う女だな…」
口では拒否していながら
身体は一切抵抗してこない。
「知っているようだが、私はサレス。
君は?」
「はぁー?
誰がどう見たってツァレーヴィチだろ」
彼もやはり高名な者のようだ。
「そうか、変な名前だな」
「不敬すぎるだろ、お前…
はああ、ミハエルだよ」
「よろしく、ミーシャ」
「渾名つけんな…」
と言いながらもちゃんと握手はしてくれている。
これが噂に聞いた『ツンデレ』という奴か?
人類よ!集合無意識よ!!
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