悪役令嬢
「吾輩はベンジャミン・クロス!
武勇の果てを目指し研鑽せし者なり。
腕に覚えがあるなら剣を取り
未熟と弁えるなら背を向け
剣を置いてゆくがよい」
3mを超える狸のような面を着けた巨漢は
彼より更に長大な薙刀を二本携えている。
「丁度良さそうな手合いがゴロゴロとしているのは
喜ばしい事かもしれないな
ラウル、少し待て」
「分かった」
「ほう、腕に自信があるか?
かつての吾輩もそうであった。
圧倒的強者を前に随分と死に急いだものだ。
せめてもの情けだ、少年。
今引き返すなら武器も取らずに帰してやろう」
「死に急ぐも何も…
これは果し合いでも死合いでもないのだ。
もっと気楽にやろう?」
魔法の源となる力…魔力とでも呼ぼうか。
魔力を四肢に纏わせ
肉体を最大限に強化しベンKへと歩み寄る。
「よかろう!!
ならば貴様の傲慢を打ち砕き
得物を我が蒐集に加えるとしようぞ!!」
薙刀を交差して構えるベンK。
「…何故刀を抜かぬ?
もしや気でも狂っているのか??」
「まさか。
どこからでも打ってきて構わないぞ?」
ゆったりと手を広げているだけの俺を見て
苛立ちを募らせたベンKは
一瞬で背後に回ったかと思うと
華奢な首めがけて斬撃を繰り出して来た。
「魔女様!!」
「取った!!」
頭上を人間の頭くらいの大きさのものが舞った。
「愚かな…
命まで取るつもりは無かったものを」
「勝手に殺してくれるな?
まだまだ取れていないぞ、ベンK」
「!?」
取った筈の首が目の前にあって大層たまげたのか
一瞬で俺から距離を取るベンK。
巨体の割には早馬のように機敏だ。
「どういう事だ??!
確かに刎ねた手応えを感じたぞ」
「自分の得物を見てみろ」
「…なっっ!?
吾輩の愛刀が!?」
ベンKが握っていた薙刀は二本とも
刃が破壊され無様な姿を晒していた。
そして先程俺に砕かれて刎ねた刃の欠片が
ベンKの足元に落ちて来た。
「なるほど。
驕りがあったのは吾輩の方だったようだな」
「いやベンK、お前は確かに強いよ」
今まで斬ってきたAランク冒険者とやらよりは
圧倒的に格上だった。
「少しばかりサレスの魔法が上回っていただけだ」
「魔法?
痕跡すらないが、貴殿の様な
強者なら不可思議ではないな」
「というわけでラウル」
我が小さき騎士の肩を叩いて
交代だ、と促す。
「ベンKよ、少しばかり
この子の稽古相手になってもらうぞ」
「魔女様、僕たたかったことなんてないよ?
怖いよ、あんなに強くてデカい人!」
怖くて当然だ。
やらせる身でありながら鬼畜の所業だと思う。
「それが大事なんだ」
「…大事?」
「怖くて強くてデカい相手だとしても
君は騎士なんだ。
そんなバケモノが相手でも守るべき存在がいる」
「…!!
そっか、僕が魔女様を守らなきゃ」
残酷かもしれないが
これからサレスの辿った運命をもう一度辿るのだ。
この程度の苦難はいなせなくては
騎士は務まらない。
「騎士をやめたっていいんだぞ?
今ならまだ間に合う」
「いやだ!!
僕はもう魔女様の騎士なんだ!!」
「…良き瞳をした少年だ」
少し悩むかとも思ったが即答。
嬉しい限りだ。
刀を抜いて震えながらも構えるラウル。
「ラウル、先ほども言ったが
これは果たし合いでも死合いでもない。
気負わず気楽にやりなさい」
「騎士よ!!
命は取らずとも加減はせぬ!!
ゆくぞ!!」
懐から新しい薙刀を取り出したベンKは
瞬く間もなくラウルとの間合いを詰めると
凄まじく速い一閃で横に薙ぐ。
「はぁッッッ!」
「…っぶない…!」
「ほう、躱しおったか!
ならば…フッ!!」
持ち方を変えたベンKは乱れ突きを繰り出し
ラウルの首へと放つ。
「…!!
これも全て躱すとは
童ながら天晴れ也!!」
全ての突きを掠るか掠らないかの距離で躱し
大きく後退するラウル。
「な、なんで…?
目が良く動くというか
身体も速く動かせる…」
ラウルは驚いた顔をしながら
俺と俺に叩かれた肩を交互にみやる。
「そういうことか!」
少しだけラウルに身体強化の魔法を掛けたのに
ようやく気付いたようだ。
震えが収まったラウルは
今度は自分から仕掛けていった。
「…!!
中々どうして良き動きだ」
上段から大きく刀を振るラウル。
ベンKはしっかりと受け止めると
ラウルを弾き返して体勢を立て直す。
が、その瞬間!
「!??
なんという俊敏さ…!!」
弾き返されたラウルは
すぐさま大地を蹴って
全く同じ場所へ斬り返していた。
さらに一閃。
「はあああ!!」
「…!!
最初から吾輩の愛刀を狙ってッ!!」
渾身の一撃を見舞われた薙刀は
真ん中から真っ二つに斬れた。
そしてラウルは体勢の崩れたベンKの顔面に
1発蹴りをかました。
「グワアァ…!!」
「はぁ…はぁ…
どうだ、参ったか!?」
肩で息をしながら
3mを超える巨漢を下したラウル。
その瞳には確かな自信が宿っていた。
「良き主人を持ったな、少年」
「ハァ…魔女様はすごいし
やさしい人だから当然だ…ハァ…」
「2人ともお疲れ様
はい、水」
ラウルは水を見るなり
浴びるように飲み始めた。
緊張が解れて喉が渇いたのだろう。
「かたじけない」
ゆっくりと起き上がったベンKは
水筒を受け取ると
面をつけたまま水を飲み出した。
「なぜ面を取らないのだ?
飲みにくいかろう」
「この面は呪いの掛かった代物でな
外せぬのだ」
「何故そんなものを被ってしまったのだ…」
「被せられたのだ、ある小娘にな」
サレスみたいな奴だな。
…サレスか?
「もしかしなくても某辺境伯の娘??」
「む?あぁ、巷で魔女と流布されている娘か。
違う、会うた事すらない」
なんだ、違うのか。
「その娘も令嬢だったりしてな!
ハハハハ……ハ?」
「まぁ吾輩に隠す義理は無い。
名は伏せておくが公爵令嬢にやられた」
「事故という可能性は…??」
ベンKは静かに否定する。
「あれは満面の柔らかい笑みで
吾輩にこの面を差し出した。
屋敷の中でも
この面の呪いは有名だったと
後に聞いたしな」
完全な予想外だった。
治安の悪さからして通常の事態とは
異なる可能性を考慮しておくべきだった。
「どうしたの、魔女様?
急に無表情になって」
無表情にもなるさ。
だって———
「悪役令嬢がもう1人いる」
やっと…言えた…!
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