なんで違うの…?
ミーシャと別れた後、
夜空を眺めながら帰ると
屋敷に着いたのが0時くらいになっていたらしく
フローゼに叱られてしまった。
言われてから気付いたがまだ
サレスになってから1日も経っていない。
隻眼の弟を斬ったり
ミーシャと出会ったり
魔法が使えるようになったりと
何とも忙しい1日だった。
フローゼに半ば無理やり
サレスの寝室に押し込められて
早く寝ろと言われた。
「…と言われても
先程うたた寝してきたから
全然眠くないんだよな」
あまり騒がしくすれば
フローゼが来てしまうだろうし
ムルに聞いたところによると
フローゼは状態異常系の魔法の使い手らしく
睡眠魔法でよく癇癪持ちのサレスを
眠らせたり落ち着かせていたらしい。
「逆立ちでもして時間を潰すか」
ミーシャから借りたジャケットと
ドレスを脱いで下着だけになり
やたらに広い部屋の中央で倒立する。
「やはり違和感が凄いな…」
何年も昏睡状態だった人が
突然目覚めて歩き出そうとするが
まるで力が入らないあの感じに近い。
自身が覚えている肉体の重さや
幅・筋力・可動域とどれもが違う。
「1から鍛え直し…だな」
肉体能力だけでなく
魔法の方も鍛えなくてはならない。
この世界では小さな子供から
骨と皮だけの老人ですら
当たり前のように魔法を使っているらしい。
「実弟に誘拐されかけたし
悪評高い事を考慮すれば
いつ暗殺・拉致されてもおかしくない」
何より、父である辺境伯は
どうやらこのアーラ王国の中でも
かなり有力な貴族らしく
スラヴァ帝国との国境沿いの
フルーゴル領の守備を任されている。
「王国きっての軍事力を持ち
事実上公爵も同然の地位であり
金銭だって浴びるほど持っている」
私が人質に取られれば
幾らだろうとふんだくれるだろう。
「そしてそれはつまり、
王国最大の軍事力に隙が生まれるという事だ」
悪戯に人死が出る状況は避けるべき。
その為にもあらゆる事態を想定して
動かなければならない。
「…っもう限界か」
5分と持たずして腕が限界を迎え
下半身を落として上体を起こす。
「はぁ…はぁ…水…」
汗を垂らしながら
無意識に水をイメージしていると
手のひらに水の塊が出現していた。
「これも魔法…か
ん…イメージしていた
ミネラルウォーターそのままだ」
飲んでも害はなく
むしろ美味しいくらいだ。
「イメージ通り…??」
胡座をかきその場に座り込んで
右手を前に突き出す。
「焚き火のような焔を…!」
やはり内側の力に強烈なイメージをのせて
放出すると性質が変わり
俺の手には風船大の火の玉が渦巻いていた。
「…ふむ、イメージする形状を変えると
付随して手の内のモノも変化するな」
槍を思い描けば焔の長槍となり
刀を思い浮かべれば灼熱の一太刀となった。
「弓を描けば…が屋敷を燃やすわけにはいかんな」
弦を放てば火焔の一矢が飛ぶのは間違いなかった。
そして、力の放出を止めると
猛々しい焔は悉く搔き消えた。
先程水切りした時には
速いモノをイメージして
稲妻に形を変えたのだろう。
なんで黒かったのかはさっぱりだが。
「アイスクリームならどうだ?」
濃厚なバニラアイスを想像しながら
魔法を使っていくと
透明な氷の球体が生成された。
「まぁ、ダメな気はしてた」
バニラや砂糖・牛乳に卵と
生物由来の物が多いし
それが絡み合って出来ているアイスは
複雑な構造をしていると言える。
「鍛錬次第ではそういったモノも
生み出せるのかもな。
…あ、何か凄い力が抜けて来た」
慣れない力を使ったからか、
魔法を使うのに必要な内側の力が減少したからか
全身を激しい脱力感が襲う。
それでも床で寝ていたら
フローゼに叱られるのは間違いない。
真冬のコタツから抜け出すように
頑張って立ち上がると
ズタズタの猫のぬいぐるみが並ぶ
ベッドに倒れ込む。
「はぁ~、おやすみ…」
考える間もなく
ベッドの柔らかさと温もりに包まれ
意識が闇へと沈んでいった。
————————
『何でお父様は私を迎えに来て下さらないの…?』
『お父様は大変ご多忙の身ですので…』
『嘘よ!!!
私、知ってるんだからね??
お父様が…
死んだお母様にそっくりな
淫売のアバズレにハマってるの』
『サレスお嬢様、どこでそれを!?』
『お喋りで噂大好きのメイドの
爪を剥がしてたら
教えてくれたのよ!!
なんで!どうして私はお母さまと
違う姿をしているの!!?
髪の色も目の色も!!
全然違うから
お父様は私を愛してくれないのでしょ!!』
『…その通りかと』
『ねぇ、本当の事を教えてよ…?
私はお母様の娘じゃないんでしょ??
私も卑しい淫売のアバズレなんだわ…』
『いえ、お嬢様の出産には
私も立ち会っておりましたから
それはございません』
『またそんな嘘を!!
じゃあなんでお母様のような
ブロンドの髪じゃないの!!
なんでお母様のような琥珀色の瞳じゃないの!!
なんで、どうして…
腹違いのプラヌですら金色の綺麗な髪なのに』
『医者も呪術師も
特に異常があるわけではないと
申しておりました』
『はぁぁあぁああぁあ・・・?
なにそれ。
私が悪いって事じゃない…!!』
『いえ、きっと違います。
勝手ながら、私は神のきまぐれかと』
『…そっか。
神様のきまぐれか。
じゃ、神様のせいね』
『…はい』
『アッハッハッハッハッハ!!
…もうあんたの戯言には飽きて来たわ。
あそこの像の槍に射抜かれて死になさい。
あんたがやらないなら
あんたのカワイイ金髪の娘達にやらせるわ』
『…畏まりました』
年老いた小さな背中の女執事は
2階まで上がると階段の手摺を乗り越え
1階の槍を構えた英雄の像へと飛び降りた。
喉笛から槍に射抜かれて
瞬時に絶命する老婆。
それを見ているサレスの顔には
微かに血が飛び散った。
『あぁ、神様!
私絶対に…
貴方を許さないわ』
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惨劇を回避せよ!!