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僕と死神の癒しご飯と最後の手紙  作者: 山いい奈
7章 さようなら、ありがとう
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第5話 別離の時

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 夕飯で使った食器の片付けを後回しにし、コーヒーを入れてケーキを用意して、真守(まもる)拓真(たくま)はあらためて向かい合う。


 大好きなレアチーズケーキ。トマリのケーキはいつでも美味しい。


 伯父(おじ)伯母(おば)丹精(たんせい)込めて作る、甘さ控えめの上品さで、断面も(なめ)らかで美しいレアチーズケーキ。


 上質なクリームチーズをふんだんに使い、加えられたレモン果汁がほのかな爽やかさを生み出している。敷かれたバターたっぷりのタルト生地はさくさくで香ばしい。


 だがこれを食べ終わったら拓真が行ってしまうと思うと、どうしてもフォークを持つ手が(とどこお)ってしまう。


 それは拓真も同じ様で、大好きなはずのザッハトルテはあまり減っていない。フォークで少量をすくい、()める様に口に運ぶ。


「やっぱりトマリのザッハトルテは旨いよな」


 言葉とは裏腹に、拓真は力無い微笑を浮かべる。


 そんな拓真を見ると、ああ、これでは駄目だと、真守はフォークを持つ手に力を込め、レアチーズケーキをたっぷりと切り分けて口に運んだ。


 悲しい別れは絶対に嫌だ。確かに拓真がいなくなれば寂しいだろうし、辛くもなるだろう。だがそれを傷にしてはいけない。


 真守はレアチーズケーキをごくんと飲み込み、そっと口を開く。


「拓真、拓真には笑って行って欲しい。俺も笑って見送りたい」


 それは真守の確固たる意思。拓真は(はじ)かれた様に目を見張る。そしてゆっくりとその目が細められ、ふっと頬が緩む。


「そうだよな。俺もそうしたい。そうだよな」


 拓真は穏やかに言うと、ザッハトルテをざっくりすくい口に放り込む。そして「うんうん」とじっくりと味わう。


「やっぱり旨いものは楽しい気分で食べたいよな。嫌な思いさせてごめん」


「ううん、多分俺だって同じ気持ちだよ。だからこそだよ拓真。これから拓真は良いところに行くんだから、嬉しいって思っても良いんだと思うんだ」


「それはちょーっと難しいかもな。でも解るぜ。俺もそう思う。なぁ真守、俺、さっきもご飯食べさせてもらって、今も大好きなケーキ食べられて、やっぱり食べることって良いなって思うんだ」


「うん」


柏木(かしわぎ)さんとかマコトちゃんとかさ、内山さんも、皆の願いを正確に叶えてあげることはできなかったけど、満足そうな顔で三途(さんず)の川に向かってくれた。それってさ、死のショックがご飯で少しでも癒されたからだと思うんだ。お腹いっぱいになって、心も満ちたんだと思うんだ。そう思うと、それができて良かったし、真守に協力してもらえて本当に良かったって思う」


「うん。俺も役に立てたんなら良かった」


「真守とまた離れるのは寂しい。けど真守の気持ちとか、旨いご飯とか、それに込められた思いとか、俺にはそういうのがあるから、大丈夫だなって今は思う」


「俺もだよ。ちゃんと笑って見送れるよ」


「ああ。ありがとう」


 拓真は言うと優しい笑みを浮かべる。真守もほのかに(うる)む目尻を下げた。




 その時は無慈悲(むじひ)にやってくる。


 いや、慈悲は充分にあった。最後のご飯を、最後のケーキを食べることができたのだから。


 両親にも会えたし、兄弟ふたりの時間をたっぷり過ごすこともできた。それはこれからも真守の宝物だ。


 拓真は窓の外でふわりと浮いている。真守は柔らかな笑顔で拓真を見上げた。


「真守、本当にありがとうな。世話になった」


「こっちこそ、また会えて嬉しかったよ」


「俺もだ」


 そして訪れる沈黙。それは少なくとも真守にとっては心地の良いひととき。


 拓真の顔は決して晴れ晴れしているわけでは無い。だがリラックスしてゆるりと上がった口角が、拓真が上を向いていることの表れだと思う。


「じゃあな」


 口火を切ったのは拓真だった。明朗(めいろう)な声だった。


「うん。じゃあね」


 だから真守も明るさを含ませる。拓真が安らかに天国に行ける様に。


 拓真はにっこりと笑うと、ふぅっと上に飛んで行く。ゆっくりな速度。真守はそれをいつまでも見送る。


 やがて姿が見えなくなると、もう生涯拓真に会えないという事実が突如(とつじょ)のしかかり、真守はがくんとその場に崩れ落ちてしまった。


 予想以上に自分に無理を強いていたことを思い知らされてしまう。


 だが拓真を笑って見送れて良かった。真守が熱い目を閉じると、目尻から涙がすうと流れた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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