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僕と死神の癒しご飯と最後の手紙  作者: 山いい奈
7章 さようなら、ありがとう
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第1話 新たなお客さま

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 翌日の夕方、死神の仕事で朝から出ていた拓真(たくま)は、またひとりの青年の幽霊を連れて来た。真守(まもる)は土曜日で仕事が休みだったので、真守の部屋に直接だ。


「真守、また頼んで良いか?」


 拓真の横で青年は人(なつ)っこい笑顔を見せる。真守たちとそう歳の変わらなさそうな青年だった。


「あ、うん。大丈夫だよ」


 昨日のことがあったから、今日の真守は心ここに在らずという様な感じで、うっかりするとぼんやりしたまま時間が過ぎていた。昨夜もあまり眠れなかった。


 拓真がいなかったのは幸いだった。昨日のショックを引きずったまま、存分に素の自分でいることができたから。


 拓真がいるとどうしても取り(つくろ)うとしてしまう。それは自分の心の負担になる。そうして自分を追い詰めてしまったら、ますます拓真を見送ることが難しくなる。


 天国に行って、その先のことは真守は聞かされていない。


 だが輪廻転生(りんねてんせい)なんて言葉があるぐらいなのだから、どこかで生まれ変わる未来だってあるのかも知れない。それはきっと喜ばしいことなのだ。


「真守、こちら早乙女(さおとめ)さんな」


「よろしゅうな。早乙女言います」


 早乙女さんは西の方のイントネーションで挨拶をする。


「こんにちは。よろしくお願いします」


「なんや飯食わしてくれるて聞いて。頼めるやろか」


「俺が作れるものだったら。何ですか?」


蕎麦(そば)やねん。僕、蕎麦がめっちゃ好きでな。蕎麦職人になりたい思って修行中やったんや。道(なか)ばでこんなことになってしもてな。せやからせめて好きな蕎麦食いたい思ってなぁ」


「さすがに俺、蕎麦は打てませんよ。どうしよう」


 真守は困ってしまう。蕎麦は素人が見よう見まねで打てるものでは無い。


 テレビなどで打っている場面を見たことはあるが、とてもでは無いが一朝一夕でできるとは思えなかった。早乙女さんは「わはは」とおかしそうに笑う。


「いくらなんでもそこまでして欲しいとは言わんわ。好きな乾麺があるんや。それが食べられたら嬉しいんやけどなぁ」


「わかりました。スーパーで見て来ます。メーカーとか商品名とか分かります?」


「うん、分かるで。えーっとなぁ」


 真守はスマートフォンを手繰り寄せ、メモアプリに言われた銘柄(めいがら)をメモした。




 スーパーで指定された蕎麦の乾麺を、棚の下の方から見付けた真守は、腰を折って取ったそれを手に「ふぅ」と小さく息を吐く。


 今日は、朝ご飯こそ拓真と一緒だったから、トーストを用意してもそもそと口に入れたが、拓真がいなかった昼ご飯は食べる気がぜす抜いてしまっていた。空腹を感じなかったのだ。


 まるで拓真が死んでしまった時に戻ってしまったかの様な感覚に襲われている。


 ろくな食事もできなかった数ヶ月。それは良く無いことなのだと頭では解っていても、心が追い付かない。


 真守は浮かない顔のまま、かごに蕎麦といくつかの食材などを入れてレジに向かった。




「ありましたよ」


 買って来た蕎麦をエコバッグから出して早乙女さんに見せると、「わぁ」と嬉しそうに顔を綻ばす。


「嬉しいわぁ。楽しみや」


 早乙女さんはそう言って笑う。


 この蕎麦は早乙女さんの心残りだ。確かに真守は食欲を落としてしまっているが、それと早乙女さんの心情は関係無い。


 美味しく食べていただいて、(うれ)いなく成仏してもらいたいと真守は思う。そうすると、ほんの少しだが生気が戻った様な気がした。


「じゃあ()でますね。待っててくださいね」


 真守は家にある一番大きな鍋を出す。いつもカレーなどを作る鍋だ。


 乾麺に限らず麺類は、大きなお鍋で踊らす様に茹でるのが良しとされている。いつもなら洗いやすい適当な大きさの鍋を使うのだが、今回は手間を惜しまない。


 水をたっぷり張って火に掛ける。沸くまで少し時間が掛かるので、その間にめんつゆと簡単なお惣菜を作る。


 真守の食欲は戻っていないが、早乙女さんと拓真は蕎麦だけだと物足りないかも知れないからだ。食べないのなら置いておける。


 まずはめんつゆを作る。片手鍋に水を入れて沸かし、たっぷりの削り節で丁寧にかつお出汁を取る。


 鍋に戻したそれにみりんとお醤油を多めに入れて、ふつふつと沸いてアルコールが飛んだら完成だ。手早く冷ますためにタッパーに入れて冷凍庫に入れる。


 続けてお惣菜だ。めんつゆ作りに使った片手鍋をさっとすすぎ、水を入れて火に掛ける。


 こちらはすぐに沸くのでだしの素を入れて、短冊切りのお揚げとざく切りにした小松菜を入れる。さっと火が通ったらお酒と塩で調味をし、再沸騰したら一旦コンロから降ろす。


 もう一品。炒め鍋を出し火に掛けてごま油を引く。温まったら千切りごぼうと人参を入れて炒めて行く。


 全体がしんなりして来たら味付けだ。お砂糖と日本酒、みりんとお醤油。香りよく炒め上がったら白すりごまと削り節を絡め、仕上げにごま油を回し入れた。


 小松菜の鍋の仕上げに掛かる。炒め鍋と入れ替える様にコンロに戻して強火に掛ける。くつくつと表面の煮汁が踊るところに解いた卵を2回に分けて回し入れる。


 菜箸(さいばし)を軽く動かしながら鍋を揺らして、卵全体がふんわり半熟になったらできあがりだ。


 さて、大鍋が沸いたところで蕎麦を入れておいた。麺同士がくっつかない様にすぐに菜箸でゆるりとかき混ぜる。


 一旦落ち着いた表面がまたぐらぐら沸いて来るので、吹きこぼれない様に火加減を調節してある。


 続けて薬味の準備だ。小口切りにした青ねぎを小皿に移し、チューブの生わざびを絞った。


 やがてキッチンタイマーが麺の茹で上がりを知らせる。真守はシンクに置いたざるに一気に開けた。


 すぐに水をくぐらせて両手を使って洗う。乾麺なのでぬめりはそう強く無い。


 ざるの下のボウルに溜まる水が透明になれば大丈夫だ。ざるを下に叩き付ける様に振ってしっかりと水気を切る。


 出したお皿に買って来たばかりの竹ざるを敷いて、蕎麦をふんわりと盛り付けた。


 お惣菜も小鉢に移す。食器類は最初はそう数も無かったのだが、自炊を始めたり両親が遊びに来ることもあって、少しずつ増やして行った。


 食器選びもなかなか楽しく、似た形の皿でも同じ柄は買わず、いろいろと買って楽しんでいる。


 冷凍庫からめんつゆを出す。粗熱は取れたがまだそう冷えてはいない。真守はそこに氷を入れた。そのために少し濃いめに作っていたのだ。


 とはいえ早乙女さんは西の方の人みたいなので、お醤油が強すぎない様に心掛けた。


 そばちょこを持っていないのでとんすいで代用する。こぼれない様にそっとお玉で注いだ。


 こうして料理をしていると、そう()ったもので無くても不思議と心が落ち着いて行く。拓真のことで(ざわ)ついていたが、少し平常心を取り戻せた。


 まだ穏やかに拓真を見送れるかどうかは判らない。だが拓真が良い様になれば良いのでは無いか、そう思える様になっていた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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